かくもフツウは難しい

@mrkk_

第1話

「私は空想なんぞ信じませんね」


真面目な男はいつも言う。


「竜だの吸血鬼だの、そんな想像上の生き物はいませんよ」


頑固で冗談が通じないと評価される典型的な堅物で、仕事一筋とくに趣味もないと噂されるのも当然の流れ。



「そうだな。私も同感だよ」

「お疲れ様です。お先に失礼いたします」


今日も完璧な業務報告を受けて、特に問題はない満足な上司は、いつも通りの相づちを打った。



2人は思うのだ。

竜も吸血鬼も、想像とは違うのだと。


空想は人間の特権で、実際を知るなら架空は不可能なのだ。



同族の竜を燃やし尽くした男と、故郷の吸血鬼を灰燼に帰した女は、たまたま第二の生を人間でと定め、出会った。



今度は真面目に、静かに、特筆すべき能力など持たずに、普通に生きようと。



飛び抜けるから狙われるのだ。


変に正義感など出さない方がいい。

悪は野放しにすればいい。


狙われたら逃げればいい。

くだらないなら見なきゃいい。



この世界は、竜も吸血鬼も嘘っぱち。


味わった過去は、御伽噺としてでさえ誰も知らない、単なる記憶の断片だった。




「私は、自分と自分の故郷のことはよく知ってますよ」

「私もだな」


兎角、人間は弱いのだ。

今は人間の2人は思う。


「自分以外のことは大して知らない。あなたのことは少ししか知らない」

「同じだよ」


これは危機だろうか。


ああとうとうこうなったかとか、所詮自分は自分からは逃れられないのさとか、自嘲して肩でもすくめるべきか?


「「はっはっは」」


それすらできないから弾かれたわけで。



その程度の、並外れたと言えるくらいの凄さなら、自分以外を滅ぼしたりはしなかった。


仲間と呼べるものがいない未来は、選ばなかった。



「竜は大群で人間を襲いに来たりはしませんね」

「吸血鬼は片っ端から人間を眷属に変えたりはしないのさ」


人間がよく思う概念を否定する。


だって、竜は私しかいない。

すでに、吸血鬼は私だけ。


なら、あれらは何だろう。

押し寄せ、人間を喰いたそうな、襲来者は。


「「何だろうな」」


竜の大群と吸血鬼の群勢に見えるあれは。

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