第2話 用命

 リッティアが暮らしているのは『カシュア領』内の端――鬱蒼と生い茂る森が近くにある『マルーダ村』だ。

 森の近くと言っても村からは歩いていくにはそれなりの距離があって、魔物の素材やリッティアが作るような魔法薬の素材が豊富で、それなりに狩りに出る人はいる。

 そのため、魔物の被害はほとんど村ではなく――いわゆる、平穏な村であった。

 リッティアも、栗色の髪に肩にかかるくらいの長さの髪――可愛らしい少女であるが、人より目立った恰好をするわけでもなく、普通の村娘という感じで馴染んでいる。

 こういった暮らしには随分と慣れていて、今日も朝から魔法商店の開店準備をしている最中のこと。


「よし、これで大体終わりかな――ん?」


 リッティアの目に映ったのは、馬車と周囲を護衛するように走る騎兵だ。

 この辺りにも常駐の騎士はいるが――明らかに風貌が違う。

 おそらく、王都からやってきたのだろう。


「何かあったのかな……?」


 すぐ近くで危険な魔物が出たとか、そんな話は耳にしていない。

 護衛の騎士に馬車ともなれば――中にはそれなりの地位の人が乗っている可能性がある。

 その馬車は、リッティアのいる魔法商店の前で停まった。


「失礼。ここにリッティア・ベルロード殿は居られるか?」

「えっ、私、ですけど……?」


 前を行く騎士に声を掛けられ、動揺しながらも答える。すると、


「それは丁度良かった。王都にて騎士団長、オーリエ・バルトー様と聖騎士の一人であられるフェイン・ケルフェン様の連名で、リッティア殿を王国騎士団の本部へお連れするように、とのご用命で参った」

「!」


 リッティアは、思わず驚きに目を見開く。

 騎士団長と聖騎士――それは、王国の騎士における最高位の者達だ。

 だが、そんな人達に呼び出された以上に、名前の方を良く知っていたからだ。

 フェイン・ケルフェン――かつて、孤児院で共に過ごした相手。

 ずっと一緒で、誰よりも仲が良かった獣人の少女。

 リッティアにとっては、いわゆる幼馴染で、家族にも近しい存在だ。

 風の噂で、こんな田舎でも――フェインの活躍は耳にすることがある。

 王国で六人しかいない聖騎士の一人に選ばれ、今や英雄と呼ばれるほどにまでなった彼女から――突然の呼び出しだ。

 問題は、フェイン一人ではなく、騎士団長との連名ということ。

 別にリッティアが何か悪いことをした、というわけではないだろう――馬車の中にどちらかいるのかと思えば、どうやらリッティアを迎えるためだけに護衛の騎士まで連れてやってきたようだ。

 ――すでに、要人のような扱いだ。


「あ、でも、魔法商店の方が……」

「別にいいよ。あんたがいないと困るってことはないんだから」


 話を聞いていたのか――リッティアが世話になっている店主が店の中から顔を出して、答える。

 心の準備ができていない、というものあったが、こうなってしまうと断るような口実もない。

 そもそも、地位の高い人の用命を断れるような立場にないのだが。


「では、参ります」


 騎士に声を掛けられ、萎縮するようにリッティアは頷いて――馬車の中、一人で考え事をすることになる。


(……え、どうしてこんな急に……? 私、何もしてないよね? フェインだけならともかく……騎士団長様まで? フェインに会えるのは嬉しいけど、一体どうして……)


 王都からも随分と距離のある場所だ。

 ――リッティアがその答えを知るまで、数日の間は悶々とする日々が続くことになった。

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