アイオーンの小物屋さん

新渡戸レオノフ

序章『待ち人来たらず-rib-』

 壁面へきめんつるが這った、どことなく幻想的な雰囲気の、古風な映画かアニメで見る様なおまじないの品々を取り扱う小さな小間物屋があった。

 店内には、飾り気の無いシンプルな黒のイブニングドレス風の姿で墨を垂らした様な黒髪が印象的な店主と、ひど興奮こうふんした男性客とが居た。

「おい、あんた! なんて物を売りつけてくれたんだ!」

「なんて物も何も、私はあなたが心から欲しがる商品を、あなたにとって適切な価格でお売りしただけです」

 店主の女性は興奮した男性客に対して淡々と言うが、彼にその言葉は真っ当に聞こえておらず意味の通らない言葉を吐き続けるだけだった。

「こんなもん要るかよ! とにかく! 金輪際こんりんざい! こんな店には! 二度と来ないからな!」

 興奮した男性客はふところから、この店で買ったとおぼしきハンカチを取り出して地面に叩きつけ、そしてそのままきびすを返した。

「あら、お客様。こちらの商品は返金には応じては……」

「要るもんかよ! 二度と顔を見せるんじゃねえ!」

 興奮した男性客は乱暴に店のとびらを開けて、大股で店を後にした。店に残されたのは店主の女性と、彼がかつてここで購入こうにゅうしたハンカチだけだ。

「このハンカチ、お気に召さなかったのかしら? 折角あの人にピッタリの商品だと思っって、見繕みつくろったのに……」

 店主の女性は残念そうに溜息を吐き、捨てられたハンカチを拾った。

「まっ、いいわ」

 店主の女性は憂鬱ゆううつそうな表情から一辺、快活な様子でレジカウンターに戻った。

「早く来てくれないかしら? 私の理想のお客様」

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