第17話 テミストクレス

 さて3学年も2回目のクラス代えとなったが、代えた先の教師には少しだけ認識があった。と言うのは早春の2学年の終わりの記念撮影の中にその姿があったのと、同じ学年の他のクラスで担任をする姿があったからだ。

 そのクラスも学級で笛の演奏をするとよくそれが聞こえて来るくらい教室が近かった。

 真隣のクラスではなかったと思うが、その笛の演奏の曲が毎回同じだった。

 覚えていないにしろ、確か音楽の授業だけは別で、専門の教師が専門の教室で担当していたと思う。

 音楽の授業でない時に曲が一般の教室から聞こえて来るのだ。

 今考えると少し精神が病んでいたのだと思うが、俺はその教師の担当するクラスに移ることになった。


 この教師は学校の中でも年配で古い時代の人だとは思ったが、少し背が高く体格も大きかったが太ってはいない。

 悪気は感じられなかったが、俺はとにかく彼の琴線に触れまくったらしく、もしかすると一番殴られたかも知れない。

 あれだけ往復ビンタの痛みを味わせられてもクラスで放埒に暴れまわった俺も相当なものだっただろう。

 彼が傍にいても生徒の誰かの振る舞いが気にいらないと大声を上げて抗議したりもした。


 学芸会の催しのクラス合唱の練習に集中していないことで往復ビンタ。

 教師のいる教室の中で他の生徒と揉めて往復ビンタの後床に正座させられる。

 授業中の顔が気に喰わなかったらしく往復ビンタ。

 ある一度は身体ごと飛ばされて後頭部を打ち、鼻血を出して保健室で手当てを受けるしまつ。

 保健室から戻って来ると教師と目が合い怒りはまだ収まっていないと言う感じだった。

 それ以外でも何回かあると思うが、ある程度歳を重ねて思うに、何故あそこまで厳しい体罰をふるったか疑問に思えてくる。


 それでも20代をすぎても年嵩の人や年配の人、目上の人の居丈高な態度をするのが常態化して完全に諦めていた。

 これらの人間関係の中にこの往復ビンタ群が埋没したのだが、9歳かそこらの者にあそこまでするのかと。

 これらの体罰がやがてただ単に年嵩と言う理由だけで人を見下す態度の人に対しては俺は常に腹を立てるようになった。

 頭髪の白い者に道をゆずるとか、姿勢を正すと言う旧約聖書で言う正しい若者の振る舞いなぞまるで出来なくなっていた。


 外的に人を押さえつけることは感情と欲求に支配される子供には時には必要なことがある。

 しかし、ただ痛みを味わわせることによる支配は納得がいかなくなる。

 暴力の支配と言うのはその力関係が逆転すると支配していたものが支配される側になるだけだ。


 甘やかし過ぎて何をしても許されるようにすることも弊害があるが、痛みと言うものを甘く見ると大変なことになる。この痛みが性に結びつくと破壊的な結果をもたらす。

 子供に体罰をしてはならないと声高に広まるようになったのはシリアルキラーの研究から由来するものだと思う。その研究の影響は高いと思う。


 子供を殴ると言う行為は大人にとってある一定の壁が存在すると思う。大人になってから子供を見ているとそういう確信をするようになった。

 子供に体罰を課すことに平気な人はそのたががどこかで外いる。

 社会的命令だったり、それをする人の感情だったりする。

 しかし、最初からその箍らしきものすらない人、暴力をすることに快感を感じている人もいる。


 ある日、この古風のビンタ担任が何らかの理由で授業から外れる日があった。

 臨時のある男性教師が授業を受け持つことになったが、この教師は誰もが知る体罰教師だった。

 罰と言うからには何らかの罪があるわけで、その罪を認めたが故に怒られ痛い思いをする。

 担任のビンタ教師はそのペナルティを課す行為を確認してのことだ。

 この臨時教師は別に生徒の何の所業も見ていない。

 あるクラスメート女子がこの臨時教師に耳うちをする。

 そこでこの臨時教師は言う「このクラスで文句のあるやつが1人いるとのことだ」と言い、俺の方に向かって歩いて来て俺に往復ビンタをした。


 この女子は問題のあるで常に何かにつけて俺に辛く当たっていた。どう言うわけか知らないけれど俺はこの女と教室の中で接する機会が多かった。


 これでは古代ギリシャで嫌疑をかけられたらもうお仕舞と言い事と同じだ。

 訴えられたらそこで体罰である。

 この女子生徒に虚言癖があるとか、サドヒズムがあるとか関係無くお構いなしだ。

 実際この女はそんなものだった。


 テミストクレスが政敵に嫌疑をかけられて敵国ペルシャ王のもとへ行く以外に道が無いようなものだ。子供の俺には敵国の王など何処にもなかった。

 この教師はただ単に生徒を殴りたいだけなのだろう。

 当時クラスでは陰湿ないじめやある女子生徒に対しての嫌がらせをする者も何人もいた。

 実際担任の古風教師に往復ビンタされる生徒も何人もいた。


 現代の世で2000数百年前の古代のレベルに劣る大人が、しかも教師にいるとは俺は大人の世界に対して何の期待も湧いてこない。


 俺たち子供の中で大人イコール悪と言う図式が支配的になっていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る