第15話 煌めく太平洋と暴力

 さて、跨線橋の上にあがると海が見えると述べたが、夏のある日のこと遠方からいとこ家族が遊びに来た。夏休みと言うこともあっていとことこの跨線橋の上に来ると海が見えるので、簡単に行くぞと言うことになりこの2人に連れられて海へ行った。


 歩いて行ったが学校へ行くのに毛が生えた程度の感覚で海にたどり着いた。

 これに驚いたと同時に、あの2歳児くらいの頃に行った沼のある海水浴場の海を思い出した。

 太平洋の煌めきが再びやって来たのだ。

 天気が晴れと言うこともあり青い空と青い海が素晴らしかった。

 それ以後どんな季節にもかかわらず海通いをするようになった。


 いとこ家族の滞在は何日かあり、近くの観光地へもタクシーをチャーターして行った。

 ロープウェイを使って山上の展望台へ行った時初めて小さなトカゲを見て驚いた。捕らえられるのかどうかと逡巡し、親兄弟に伺いに行ってから再び同じ場所へ行くともういなかった。

 昆虫のように手で捕らえたかったがその生態がわからなかったので恐れもあった。


 そしていとこは遠く九州の人なので、ここにいない昆虫も多く接している。彼らの家の近くの林で捕らえたカブトムシやクワガタをかごに入れて持って来てくれた。

 これらの虫は前から見たは見たが金を出して買えばの話である。

 これを住んでいる近隣の林で無料で取ってくるのだ。彼はこんなものどこでもいるとか言って、これらを家の近くの空き地や庭に放ったりした。


 そんな夏休みの思い出はあの学級での体罰を忘れさせていた。


 そして、海通いを続けるうちに、あるテレビアニメを見てこの物語と重ねるようになる。

 後の記すが、この頃から両親の雰囲気は険悪になって行き、その余波が子供に及ぼされるようになってきた。

 それに学級生活も暴力に満ちてきた。


 大人を中心にあまりの暴力的状況が信じられなくなり、この世界は本当の世界ではないと思うようになった。

 人は生きていって理性や徳を少しずつ身に付け良い人になっていくのではと子供心に何となく思っていたが、今いる世界は逆だ。

 大人の方が理性も徳も無く、常に悪い感情の奴隷になっていた。


 むしろ理性的なのは子供たちの我々の方にあった。

 そこには子供たちが少なくとも学校で感情的に振る舞うことの許されない空間だ。もしそんなことを表出しようものなら苛烈な体罰が待っている。

 それから学級で生徒同志のあいだで人生を諦める噂まで出始めていた。

 10歳未満の年齢のうちに自分の人生を諦めはじめた背景はそんな感じだが、それは子供にとっては世の中がどうだとか、法律がどのように施行されているのかとか何の知識も無い事情からであった。

 大人の暴力は法で守られているのだと


 無理もないことだ、身長が1メートルかそこらで大人とは体重なら何分の1かしかない。

 体格ではとうていかなわない者が圧倒的力で殴りつけてくるのだ。 

 ただ、どう言うわけか、そんな中でも教師の前でも私語暴言の騒然としたクラスの状況が時々あるのを覚えている。

 おそらく女子生徒が体罰を受けないと言う背景があるのだろう。これに男子が引っ張られるのだ。


 それら学校での事情に加えて俺の家では両親が戦争を始める。父は俺が母の側についていると思い込んでいるふしがあるし、父の前では母はそう振る舞う。

 それで父は俺に当たるようになる。

 2度ほど父が水の入ったボトルを俺に投げつけて俺の頭に当たったことがある。

 この町での勤務が父をそうさせるのか、母への不満が父をそうさせるのか、かつてのあの歯を食いしばって苛立つ父は実際に手を使ってこれを表現しはじめる。


 前の学校では陰湿な嫌がらせでストレスが限界に達していたが、ここでは暴力の支配に身の危機まで感じるようになる。


 逃避する場所も何も考えられなかったが、そのテレビアニメの物語の現実化を本気で考えるようになる。

 著作に触れるのであまり詳しくは書かないが、海から言葉を話すイルカの群れが現れて主人公を導くと言うものだ。その後はテレビアニメのステレオタイプで敵の悪党と戦うストーリーが続く。


 そのテレビアニメの主人公のように俺を迎えに来るイルカに乗って大海を乗り出すと言うことを本気で信じ込むようになった。


 徒歩で行ける砂浜の海岸へ行くごとに今日はまだイルカは来ないのか、来るのは何時になるだろうかとも本気で考えていた。

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