第二十一話
決意を固めたあと私達は085号に続くようにして、扉から廊下へと出た。正面に真っすぐ伸びた通路。085号は余程急いでいたのか、もう姿は見えなくなっている。
私達は周囲を確認しながら一歩ずつ進んで行き、幾分か歩いたところで気付いた。
「この廊下、実験体達を収容するスペースになってる……」
等間隔で牢屋が配置され、その中には実験体達が一部屋に一人ずつ収容されている。
先程までいた部屋で同じで天井や壁は白で塗られていて、それが鉄でできた牢とあまりにミスマッチに思えた。
「それに、見てください……」
閉じ込められた実験体を外から確認し、新たに気付く。
「男の子、だよね?」
「一人や二人ではありません。ここの実験体はすべて性別が男性です」
どの子を見ても間違いなく女ではなく男。
過去話からするに実験台はすべて少女だったはずなのだが。三人も困惑しているようで、彼らを見るなり訝しむ。
「んで実験体に男が使われてんだ?それも何十人も……」
「ウチらが研究所にいたときは、たった一人すらいなかったのに……女の子しか魔法少女になれない。だから自然と男の子は実験の対象外になるはず……」
「ぺポ達の知る実験体が見当たらないのも気になりますね。二年経った今でも顔ぐらいは覚えていますよ」
「わかんねえが、別の場所にも実験体を収容するスペースがあんだろ」
「それとも、二年前からいた子達はもう……処分されてる、とか」
滅子は気まずそうな声色でそう言う。彼女の台詞に空気が張り詰めた気がした。
「……ねえだろそれは、絶対……」
デス花ははっきりと否定する。が、声や表情からはどこか不安そうな様子。
きっと彼女もああ言いつつ心の中ではわかっているのだろう。
彼女達が二年間も助けたいと思っていた相手が、もういない。なんて可能性を否定できる根拠などないことを。
目を伏せ、独り言のようにデス花は。
「だから、みんな……今も生きて……」
「助け、て……」
どこからか声が聞こえ、視線を向ける。声の主は実験体の中の一人。牢の前まで来て、こちらに向かって助けを求めるのだった。
「助けて、助けて……!」
大半は私達に無関心か怯えるだけ、だが当然助けを求める子もいる。
酷く痩せていて表情も引き攣ったもの、普段奴にされていることは想像に難くない。常日頃から誰でもいいから自分を救ってくれる人間を待っているのだろう。
つい彼を見て足を止めてしまう。が、すぐに歩みを戻す。
(彼らのために今できることは……できるだけ早くあの男を倒すこと)
「何故実験体の中に男が混じっているのかわからねえが、はっきり言えるのはあいつらも被害者だってことだ。絶対に助ける……!」
悔しさを抑え、先に進む。
真っすぐ伸びた道を私達は抜け、突き当たりを右へ。
更に歩みを続けるとある部屋に辿り着いた。
「ここは……?」
室内に照明はなく薄暗い。目を凝らしつつ辺りを確認すると、床にあらゆる物が散乱しているのが見えた。
注射器、実験体の首に付ける通信機、何らかの資料。そしてどうやらここも部屋全体が白一色。
「おい……何が起きるかわかんねえ、気を付けろよ」
「大丈夫、あの男がいたらすぐにウチがちぇんそーで斬り刻むから」
私達はホルダーのステッキに手を伸ばしつつ、奥へと進んで行く。目標の男はいないか、警戒していると突然部屋の明かりが点いた。
「!?」
目が眩む中何とか前を見ると、部屋の奥にある異様なものが視界に映った。
宙に浮かぶ三つの大きなホログラムウィンドウ。
それらすべてにノイズが走ったかと思えば、とある男が画面に映し出される。
「ギャッハ! 懐かしい顔ですねェ……こうして久し振りに顔を見れて嬉しいですよォ」
ウェーブがかった黒髪に黒フレームの眼鏡、口角を吊り上げた邪悪な笑みと滅子から聞いた特徴と同じ。
「まあ初見のメスもいますが……」
三つのマゼルリルの顔がすべて私に向けられた。
「彼女ら三人に付き従っている謎の魔法少女。見たところ協会の者でもない一般の魔法少女のようですが……彼女達は言わば社会というレールから外れたクズ。親に捨てられ孤児となり、私の実験に使われるしかなかった人生。何故そんな三人に力を貸しているのか」
「なっ……!」
社会というレールから外れた、クズ。あいつが実験体として引き取らなければ、真っ当な人生が送れていただろうに。
「人に拷問紛いのことをしておいて、その上クズだなんて……お前を――――――」
「落ち着いて下さい。奴の挑発に構う必要などありません」
「今更……何言われてようが」
「わかってる。けど……」
そうは言うが、気付いているのだろうか。
自分達がどこか引き攣った表情を浮かべていること。言われても黙ったままで、それでいいのか。
「ふゥん……随分信頼し合っているようですねェ。まァはっきり言って貴方には興味はありません、何があったのかなんてどうでもいいです。私が目を付けているのは元実験体の三人のみ。数日前に貴方達がここに来るとわかったとき、とても嬉しかった」
「ああ? てめえさっき、オレらがここに来ることは予想出来なかった……なんて言ってただろ」
「あァ、そうでした。そういう設定なのでした。計画を止められる可能性を危惧しなければならないのでした」
「何が言いてえクソ野郎……チッ、まあいい……てめえを今すぐにでもボコしに行きてえが、その前に教えろ。お前の言う計画ってのは何だ? 何の理由もなく地上に魔獣を放っていたわけじゃねえよな。そもそもだ、オレらのような強い魔法少女を作って何をしたかったんだ?」
「前者はともかく、後者は貴方達と出会ってすぐ伝えたつもりですが? そうですねェ、折角こうして会ったわけですから改めて伝えて差し上げましょう」
マゼルリルについてはわからないことだらけだった。
チミドロフィーバーズ達を極悪非道の実験を行い、昨今繰り返し発生している魔獣が街中に突如出現する現象を引き起こしている悪人だということは知っている。けれど、それ以外の情報が見えてこない。
何故そのようなことを行う必要があるのか、そもそも奴は何者なのか、滅子の話を聞いてもそこは明かされなかった。
私が最強の魔法少女を作りたかった理由は、弱者を蹂躙するため。
三つの口が同時に開く。
「私が最強の魔法少女を作りたかった理由は、弱者を蹂躙するためです。人にはそれぞれ好きな物があるでしょう? 動物が好きだったり、機械が好きだったり。私はそれが、弱者の蹂躙だったのです」
マゼルリルは話始めると、見ているだけで嫌悪感の湧く笑みをより深めた。
「複数体のライオンが一頭のシマウマを捉える瞬間に、RPGゲームでレベリングをしボスを圧倒的な力の差で捻じ伏せる瞬間に、ガキに暴力を振るい屈服させる瞬間に。私はたまらなく興奮するのです」
「とんだ変態ですね、気持ち悪い……」
「その欲求を満たすために注目したのは、魔法少女。魔獣を圧倒して倒すことができるほどの力に魅せられ、最強の魔法少女を作り魔獣を蹂躙する計画が頭に浮かびました。そして魔法少女協会に加入し一般的な研究員として活動していましたが、いくつもの強力な戦闘兵装を開発した功績を認められ、自身の研究所を持てるようになりました。この先は貴方達もご存知でしょう?」
つまりこいつは自身の欲求のためだけにあれらのことを。何人もの人生を壊して、ただ気持ちよくなるために。
「……そんなことだろうと思ってた。お前は自分の欲求のためなら、平気で人を傷付ける人間だってわかってた。今更何を言われてもどうでもいい、そう思ってたのに……」
そう呟いたのは滅子。
「けど今本人の口から告げられて、怒りが湧いてきた。ウチら実験体は精神も人生も狂わされた、中には死んだ子もいる。欲求、そんなもののためにッ……!」
視線を向けると、そこにはいつもの彼女とは違う怒りを露わにした姿があった。ハートの瞳孔は失せ、語気は荒く、唇を強く噛んだせいか端から血を流して。
滅子が見せるのは敵意どころではない、殺意。
「ギャッハハハ! そう怒らないでください、弱者が強者に食い物にされるなんてこの世界では当たり前のことなのですよォ?」
「……」
「少女の孤児、言わば弱者。私のような強者に好き勝手扱われる存在。むしろ感謝して欲しいですねェ。誰にも必要とされてない存在を有効活用しているのですから」
挑発を耳にし、滅子は自分の爪先が自身の肌に突き刺さるほど強く拳を握る。そしてはっきりと呟く。
「あんな最低のクズでも、殺してしまえばあいつと同じの犯罪者に堕ちる……誰でもいいから、殺してしまいそうになったらウチを傷付けてでもいいから止めて」
「いいぜ、滅子。お前が人の道を外れそうになったら、それより先にお前をぶん殴る」
デス花は怒りからか血走った目を滅子に向け、それに答えた。言葉は過激だが、だからこそ強い決意が読み取れる。
一触即発の空気の中、ペポが相手を睨めつけるような目付きで見上げつつ、無理やり激情を抑えた声色で質問。
「……まだ大事な箇所を聞いていませんが? 話しを聞くに目的を達成したはずです、最強の魔法少女と言えるペポ達を作り出した。なのに、何故捨てたのですか?」
「はい? それも前にちゃんと告げたはずですが……」
「お前の頭がイカれているのは元より承知ですが、それでも納得出来ませんでした。まさか本当に『飽きた』という理由だけで……」
「確かにそれだけではありませんねェ、その辺りも教えてあげましょうか」
マゼルリル口元に手を当てる。そして過去を思い出すようにして話始めた。
「圧倒的な蹂躙。それは魅力的ではありますけれど、飽きやすいんですよねェ・・・・・・ゲームだってそうでしょう? あまりに力に差ができると最初は楽しくても、単調になり過ぎて後につまらなくなる。貴方達が完成したときは嬉しかったし、興奮もしました。けれど、数日したら飽きちゃったんですよねェ、その強さに」
三人の人生を滅茶苦茶にしておいて、飽きたら捨てる。ホント、どこまで自分勝手なの……
「そして魔法少女に飽きた直後、別の新たなものに惹かれました。それは魔獣」
「魔獣? 何故蹂躙しようと考えていた相手に惹かれて?」
「貴方達を作ったあと考えたんですよねェ……魔獣なんかを潰すより、数も多く悲鳴もたっぷり聞くことができる人間の方が蹂躙しがいがあると。そして自分ではなく他者が暴れても気持ちよくないと」
答えは聞けた。耳にして、この男は一般的な人間と大きく違うのだと感じた。
そんな理由で魔獣を研究しようと。きっと何か悲しい過去で考えが変わったわけではない。この男は生まれながらにして悪。
そう思わせるほど邪悪な本性がはっきり見えた。
「そして私は新たな計画を考えました。それは、私自身が最強の魔獣になるという計画です」
次いで語られた計画に、私達の間に大きな沈黙が流れた。あまりに突飛で、空いた口が塞がらなかったから。数秒経ってようやく一音節発した。
「……は?」
「魔獣になるだぁ? ……てめえ、何言ってやがんだ?」
「何って、そのままの意味ですが?地中から突如湧き出し、欲望を持つものに近付く謎の物質……魔素。近くにいる獣に寄る性質がありますが、その対象は人間も含まれます。極稀に人に憑くケースが確認されているのはご存知ですか。もしそうなっても魔法少女の力を使えば、簡単に取り除くことが可能なんですが……」
袖口から魔素のたっぷり詰まった試験管を取り出す。そしてそれを愛おしそうにベロリと舐めるのだった。
「しかし、適切な処置をせず放置すると体が完全に飲み込まれ、魔獣に変貌してしまうことが独自の研究によりわかりました。しかも他の生物より感情の昂ぶりが大きいためか、魔法まで使える……そうですね、魔人と呼称しましょう。私はこの計画により最強の魔人となる」
「……だから、あんなに男の子の実験体がいたんだ。女の子みたいに魔素と適応しないから、魔獣の研究に使いやすいから……」
明かされた奴の目的。そこから導き出される男児が何人も実験体対象にされている理由。
誰より早く察したのは滅子だった。
「聞かせて、ここ数日で魔獣を何度も地上に送っていた理由。あれはその魔人になるという計画に関係してるの?」
「いえ、全く」
マゼルリルはあっけらかんとした様子で言い放った。
「魔獣は魔素を体内に溜め込むほど強くなるというのはよく知られていますが、それには限界値があることを知っている人は殆どいません。そして限界値まで魔素を溜めこんだ魔獣は、世界を破壊しうるほどの力を持つということも。だが、問題がある。魔素がどういった条件で現れるか未だわかっていなく、採取が難しいと言うこと。一応協会も人工的に魔素を生成し増幅させる技術を有し、実際にマジカルバングルに使用されていますが……オレ個人で同じことをするのは難しい。しかし、簡単に魔素を生成する方法を発見したのです」
何だか話のスケールが大きくなって少し頭が混乱し始めた。世界の破壊だの、魔素を人工的に生成だの。
ただはっきりわかるのは、この男をここで止めないとマズいということ。
「その方法を使い二年もの間魔素を溜め続けていたのですが、ついヤり過ぎてしまいましてねェ。限界値を有に越えてしまったので魔素が余ってしまったのです」
「まさか……魔獣を地上に送っていたのは、ただ魔素が余ったから。それだけの理由で、ですか……?」
「ええ……ご名答ですよォ、022号ちゃん。あれ、027号でしたっけ?まあどっちでもいいです。魔素を生成できるようになったとはいえ、貴重な物質を余らすのはもったいなかったので、適当な獣に魔素を注入して転送魔法で送ってあげました。死体を回収し分解すれば別の用途に使えるので、軽い気持ちで地上を混乱させていたのですが……まさか貴方達が釣れるとは」
「チッ! クソ下衆野郎が……」
敵意の滲み出た舌打ちを無視しつつ、マゼルリルはふっと一息。
「これでオレの話は終わりです。みなさん、理解していただけましたかァ?」
「ああ、クソ理解だぜ。てめえが相変わらずのイカレ野郎ってことも、そしてこれで心置きなくてめえの元に向かってぶっ倒せるってこともな」
「今お前がどこにいるのか知りませんが、必ず見つけてみせます。震えて待っていなさい」
「あァ、怖い。とても怖い。ですので……」
呟いた後マゼルリルは首元から自身の服の中へと手を突っ込み、取り出したのはスマートフォン。画面を数度ドラックし、数度タップ。すると天井にあったハッチが開いた。
「ここで貴方達を仕留めさせてもらいます。貴方達のいる部屋の真上は、魔獣の管理室になっています。大量の魔素で肥え太った魔獣が、餌を今か今かと待っています」
その言葉のすぐ後、開いたハッチから化け物が落ちてきた。
――――――ドスン!
響く地響き。見れば覚えのある魔獣が三体。猿、犬、蜘蛛。それなりの大きさだった部屋内が、一気に窮屈に感じるようになった。
「愛しの実験体ちゃん達、残念ですが……魔獣の夕飯になっていただきます。では」
散々言うだけ言って、マゼルリルを映していたモニター群は一斉に電源を落とす。
「あいつ、魔獣にウチらを相手させてその隙に逃げるつもりじゃ……」
「かもな、流石のオレらでもこいつらを一瞬で片付け、奴を追うことは簡単じゃねえぞ」
赤く染まった複数の双眸が私達を囲むように見る。今にでも襲い掛かって来そうなのを見て、デス花達はステッキを構えた。どうやら戦いは避けられそうにない。
ここは戦力を分けるべきだ。
「デス花、あなただけは先に行って」
「あ? ばけつ……何言ってんだ」
「奴を逃さないためにもここは分かれるべき。匂いで相手の元ヘ確実に辿り着けるデス花と、魔獣を対処する私達で」
「いい案……だけどよ」
デス花は部屋の奥に見える、先に続く通路に目をやった。
表情はどこか不安そう。きっと私達のことが心配なんだ。死を恐れる彼女は、三人に戦闘を任せて大丈夫なのかとそう思っているに違いない
「ペポの達のこと、信用していないのですか? あいつらなんて三人でブチコロです」
「ここはウチらに任せて先に行って」
二人は慣れた手付きでステッキを振って、ホログラムウィンドウを宙に展開する。指で操作しそれぞれの得意武器を選択、転移魔法を使い戦闘兵装を手元に呼び出した。
「……そうだな。仲間のことは信じねえでどうすんだって話だよな。行ってくるぜ!」
言い残したあとデス花は走り出し、奴の元へと向かって行った。彼女の姿が消えたのを見届けたあと、私もステッキに手を伸ばす。
「仲間というものは、神なんざよりよっぽど信用に値します」
自身も得物である弓を召還。魔法陣から出現させ、構える。
「何度祈っても見守るだけの神に対し、仲間は共に戦ってくれる。背中は任せましたよ、二人共」
「了解……!」
「私達に任せてっ!」
遂に仕掛けてきた魔獣たち。奴らに向けて強く矢を引く。
二人の背を守り、背を預けながら。
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