太陽と空を飛ぶ船

へびのなまたまご

第1話 太陽

 緑色の船が、空を飛んでいる。

 ように見えた。

「わぁ・・・・・・!」

 思わず、声をあげる。

 珍しく雲ひとつない青空。視線に合わせ、半透明の船が進む。

 空を見上げる私を、ロスが肘で小突いた。

「フレア、誕生日おめでとう。六歳だっけ?」

「んー」

 私は空返事をして、空を眺めたままでいた。ロスは不服そうに、はぁ、と言う。

 私たちがいるこの丘は、ほんの半年前から二人だけの丘になった。深い森に囲われているので、城や街からは見えない。地位の違う私たちが話しても、咎める人は誰もいない。

 そのくせ、真正面の崖からは青い青い海が見える。流石に港までは臨めないが、帆を張った船が進む様子をよく観察できた。カモメが横切る。

 春の陽気が潮風に乗って、私たちの座る丘を通り抜ける。そこらに生えた背の低い草花が音もなく揺れ、地につけた手を撫でていく。

 日差しがあまりにも眩しくて目を細める。太陽が天頂から私たちを見下ろしていた。

 ぼんやりしていた私に、ロスが呼びかける。

「なぁ、次期国王の俺から直々に贈り物があったんだぞ。もっと、こう・・・・・・なんか、なんかないのか?」

 私は彼のほうを向いて首を傾げた。ロスの目がこちらを見る。真っ白で高そうな服だな、座って汚して怒られないのかな、と私はあまり関係ないことを考えていた。

「・・・・・・じゃあ、さ、ロスの誕生日に何かあげるよ」

「俺なんでも貰えるんだが」

 この場合の『なんでも』は、文字通りの『なんでも』であることを知っている。ぐ、と言葉に詰まり、なんとか答えを捻り出す。

「王族でもあげられないもの!」

「なんだそれ・・・・・・絶対だな?」

「絶対!」

「よーし」

 ロスが満足気な笑みを浮かべ、頷く。

 私は再び空を見上げたが、すでに空飛ぶ船は見えなくなっていた。あるのは青い空だけ。思ったよりあっさり消えてしまうのだな、と頬を膨らませる。

 彼は下瞼を持ち上げて、なだめるように言った。

「いつでも見れるよ。補色残像っていって、色の円環の中で反対側に位置する色同士を見続けると、目の前からその色が無くなっても、目にある網膜や脳に光の刺激が残って」

 難しい話は勘弁だ、と私は海原に浮かぶ船を見た。

 ロスが言った通り、視界の真ん中に船を置き、眺める。

 そのまま三十秒。待つ。瞬きはしない。

 いつか船を作って乗ってみたいな、と独り言のように口走る。

「ふーん」

 ロスは心底どうでも良さげに返事をした。

 ばれていないと思っているのか、彼はよく私の目を眺めている。王族にも、お付きの人にも、兵士にも、目が金色の人は見た感じいなかったから、物珍しいのだろう。実際、私自身もこの太陽のような目を気に入っている。

 三十秒数え終わり、空を見上げた。

 右へ左へ目をやれば、忙しそうに船が動く。海を見れば、海に落ちる。かと思えば、空へ打ち飛ばされる。新しい体験をするたびに、世界が開けていくようで気分が良い。

「あっ、そうだ!」

 パッと、電気がつくようにある考えが浮かんだ。

「思いついたよ!」

 振り返り、私を見ていたであろう彼とかっちり目が合う。彼はふいと目を逸らして尋ねる。

「・・・・・・何を?」

「ロスへの贈り物!」

 私は空に背を向け、大げさに両手を広げた。

「空を飛ぶ船だよ! 私が作って乗って飛ばしてみせるんだ!」

「・・・・・・は?」

 彼は開いた口が塞がらないようで、しばらくの間固まっていた。髪が風にそよぐ。

「無理だろ。俺の誕生日、七月だぞ」

「十年待ってて」

「長いよアホ」

 えーっとね、と呟いて、私はにやりと笑った。思いついたことをそのまま、口を挟まれないよう一息で言う。

「この国のどこからでも見えるくらい高く・・・・・・そうだ、太陽光使えないかな! 王家も共同作業ってことでさ! 色はもちろん緑色で、高く高く飛べるように帆も大きくして、それから・・・・・・」

 大きなため息。むに、とほっぺたを摘まれる。

「あのな、電気の供給が王族だけの仕事なのは、太陽の、光が、神聖な、もの、だからだ!」

 話すリズムに合わせ、彼が私を小突く。いひゃい、と言ったが、聞いてはいないようだった。

 ロスの指からなんとか逃れ、今度は私が突き返す。

「もう! それくらい誰だって知ってるよ! 許可くらいロスが出してくれればいいじゃん、次の王様なんだしさ!」

「許可が出せないから神聖なんだ、このアホ」

「またアホって言った!」

 それに、とロスが続ける。

「仮に十年後お前が許可を貰いにきたとして、俺の誕生日に俺が許可をあげてどうするんだ」

「十年後の贈り物は太陽の許可でよろしく」

「おいこら」

 私はお叱りを受け流しつつ、首にかけていた望遠鏡を通してもう一度船を見ることにした。大きく見えればそれだけ得だと思ったからだ。

 思った通り、赤く塗られた船が数隻佇んでいる様子がよく見える。木にペンキを塗って水を弾くようにしているのだと、いつだか造船所の人に教えてもらった。さっきまで虫のように小さく見えていたのに、今は手が届きそうなほど近くに感じる。

 左目で除く船には、揃いの橙の服が数人。可愛くはない。着てみたいけれど。

 先程と同じように船を真ん中に見据える。

「お前、隣国の革命は知ってるだろ?」

 そうロスが問いかけてくる。さっきの話の続きのようだ。

「一部の国民が課税の義務を抜けたから、例外があるのはおかしいって王城にまで襲撃があって内乱になったんだ」

「え、そうなの?」

 船から目を離しはしなかったが、驚きが声に出た。ロスは呆れ果てたという表情をして(見えていないが絶対にしている)、説明を続ける。

「・・・・・・ああ、一年前から、ポリーテイアーでだ。時々武装蜂起が起こるくらいだが」

 ロスは賢いなぁ、と私は年相応と呼ばれるようなことを感じた。

「あ、何秒たったかわからなくなっちゃった」

「はぁ・・・・・・」

 何度ロスはため息を吐いただろうか。だが、何秒か忘れてしまったのは全部彼の小難しい話のせいなので、私は全然悪くない。

「まぁ、もう三十秒たったかな」

 そう言って、私は勢いよく空を見上げた。

 太陽。

 光。

 空に、船が無い。

 それどころか、空も無い。

 あるのは暗闇。

「いたっ」

「フレア?」

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