第6話 家を買ってしまった

 日が暮れるまで王都で商売に精を出す。

 結果、一財産を築き上げた。

 具体的には、一軒家を買えそうな額になった。


 俺はいずれ実家を出る。

 そのときの住まいを今から確保するのも悪くない。

 というわけで日を改めてから不動産屋に向かう。メイド服ではなく、ちょっと高そうな服に着替えた。抜かりはない。


 不動産屋は最初、子供の俺に舐めた態度だったが、男爵家の長男だと言ったら丁寧な接客になった。やはり実家にはまだ利用価値がある。


「……この資料の家。庭も建物も広いのに、えらく安いですね。王都から遠いと言っても、馬を使えば三十分ほどだから、そこまで不便ではなさそうだし。湖畔に建っているのでしょう? 眺めがよくて、別荘に丁度よさそうなのに」


「ああ、それですか……私どもとしては完全に持て余している物件でして……買っていただけるならありがたい。しかし事情を説明せずにお渡しすればトラブルになるのは分かりきっているので、説明いたしましょう」


 いわく。

 その建物は、俺が指摘したとおり、別荘として売り出す予定だったらしい。

 買手もついていて、湖の周りにはほかに何件か建てる計画になっていた。

 ところが、計画は頓挫した。

 湖に魔物がいたのだ。いや、魔物がいるのは最初から分かっていたが、冒険者に討伐させるはずだった。


「私どもにも意地があります。最初に雇った冒険者で足りないならと、もっと大勢を雇って向かわせました」


「なのに駄目だったと」


「……実は私、その別荘地計画の責任者をしていました。なので湖の魔物が死ぬところを確認するため、冒険者たちに同行したのです。そして魔物が倒れるところを見ました。木っ端微塵と称していいほどバラバラでした。なのに……次の瞬間には再生してしまったのです!」


 倒しても倒しても生き返る。

 そんな魔物がいたのでは、恐ろしくて住めない。当然、契約は破談になり、ほかの建設計画も白紙に。


「冒険者ギルドには討伐依頼を出したままです。しかし計画頓挫から十数年。今となっては挑む者さえいないようです」


 だったら、俺が魔物を倒して討伐報酬をもらってしまおうか。

 いや、危険な魔物がいなくなったら、この家の値段が上がってしまう。

 家を買ってから倒すべきだ。

 なんなら不動産屋には、魔物が湖に居座り続けていると思っていて欲しい。そうすれば湖畔を独占できる。

 ……むしろ、この不動産屋が持っている土地を、俺が全て買うというのはどうだろうか。


「湖の周りの土地は、どのくらい保有しているんですか?」


「全てです。湖畔も、湖そのものも。別荘だけでなく、ボート乗場や釣堀を整備するつもりでしたので……」


「なら、この家に湖の全てをセットにしてください。値段は変えずに」


「ええ!? それはさすがに……」


「むしろチャンスではありませんか? この湖を開発できる見込みはないでしょう。処分できるならありがたいと言ったのはそちらです」


「ですが、ウォンバード男爵家にとってどんなメリットが? そもそも……失礼ですが、あなたは本当にウォンバード男爵のご子息なのでしょうか?」


 当然の疑問だ。

 問われるだろうと思っていたので、そこに説得力を持たせるための仕掛けも用意してある。


「こちらの剣をご覧ください」


「ほう見事な……なっ、刃が七色に輝いている!? それはもしかして!」


「そうです。三百年ほど前に活躍した剣聖、セオドリックが使っていたという、あの魔法剣です」


「ただの鉄がこんな光を放つはずがない……本物ですね! 剣聖の剣は市場に出たら、いくらになるか私には想像もできませんが、庶民には手が出せないのは確実。それを所有しているあなたは、少なくとも只者ではない!」


「剣聖の剣は、いまやウォンバード男爵家の家宝です。それを俺は預かっている。つまり俺は、当主の全権代理人としてここにいるということです」


「な、なるほど! 疑ってしまい、申しわけありませんでした!」


 想像以上にスムーズに話が運んだ。

 剣聖の七光りは三百年経っても強かった。


「いえ、分かってくれたなら、それで結構です。ところで、ご存じかは分かりませんが、我が家は戦闘魔法師の家系です」


「知っていますよ。特に、アンディ・ウォンバードは有名じゃないですか。まだ十三歳なのに、いくつもの武闘大会で優勝し、天才の名を欲しいままにしています」


 そうなの? 知らなかった。あいつ強かったんだな。

 だったら名声を利用させてもらおうか。


「アンディは俺の弟です。あいつの才能を知っているなら話は早い。凡人が束になっても勝てない魔物を、あいつなら将来、倒せる。倒してやるとアンディ本人が豪語していました!」


「本当ですか!?」


 嘘である。だが妙に食いつきがいいので、このまま話を盛り上げよう。


「本当です! あいつは武闘大会に沢山出場していることからも分かるように、向上心の塊のような男です。自慢の弟です! そんな奴が、湖の魔物を倒すと言っている……けれど、いくら天才でも今は勝ち目がない……アンディが成長する前に、もしかしたら別の誰かが湖の魔物を倒してしまうかもしれない! それを避けるにはどうしたらいいか? 湖の魔物の懸賞金を取り下げればいいのです」


「なるほど! 湖が弊社のものでなくなれば、弊社は冒険者ギルドへの依頼を取り下げる……そのために湖を買うのですね! なんて素晴らしい向上心でしょうか。しかも討伐に成功すれば、極上の資産運用になる……感服しました!」


 この店員、テンションが上がって、冷静な判断力を失っている。

 今のうちに押し切ってしまおう。

 俺は冒険者ギルドに走って必要な金を下ろし、不動産屋に戻ってサインした。

 おかげで「なぜ当主ではなく子供が?」という疑問を口にさせることなく契約できた。契約した以上、湖の周りは俺のもの。

 ウォンバード男爵家ではなく、レイナード個人のものなのだ。

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