「世界最強」はひとりじゃない。

ミヤツコ

前日譚、side神木零次 1※残酷な描写あり 

 神木が目を覚ましたのは、四メートル四方ほどの暗い部屋だった。ボロボロのカーテンは閉まっていて、一切日の光が入ってくる様子がない。辺りを見回すと、同じく朽ち果てた机と椅子、ベッド、家具一式。ドアの金具は錆びついている。植木鉢に観葉植物。枯れているように見えた。


 ……記憶がない。なぜこんなところにいるのか、神木は何一つ分からなかった。いや、正確には直前の記憶はあった。確か、車に轢かれた。大型トラックだったような気がする。それに轢かれて、でもあまり痛みは感じなかった気がする。


「……外に出よう」


 立ち上がり、木製のドアを開けた。鈍い音を立ててドアが開き、赤いビロードの絨毯が敷かれた廊下に出た。目の前には、同じようなドアが横一列に並んでいる。自分がいた部屋以外にも、似たような部屋がいくつかあるようだった。それらを横目に、神木は廊下の先へと歩き出した。


 突き当りに絵画が見えた。竜……というのだろうか。うろこに覆われ、羽が生えたトカゲのような生き物の絵だった。背景には、大きな城と青々とした木々が描かれており、周りの暗く朽ちた雰囲気の中で異彩を放っていた。


 左に曲がり、少し進むと、開けた場所に出た。ここまで歩いてきた場所は二階だった。下に降りる幅六、七メートルの階段があり、その先は「大ホール」といったところだろうか。その奥に、大きな両開きの扉が見えた。とりあえずこのよく分からない洋館の外に出よう。神木は足早に階段を降り、扉に手をかけた。


 ……どれだけ押しても引いても、扉は開かなかった。ものすごく重い。神木はため息を吐いた。他に外に出ることができる場所を探そうと思った。ビロードの上を引き返そうとした。


 振り返ると、そこには一人の少女がいた。神木よりも少し年下だろうか。中学生くらいに見える。長い黒髪に、大きな目。白いワンピースが似合っている。


 自分以外にも人がいた。神木は驚きつつも、少女に話しかけようとした。


「なあ、君――」


「……お兄さんさ」

 少女の頭が肥大化し、縦方向に真っ二つに割れた。その内側、真っ赤な中に、無数に並んだ鋭く白い歯が見えた。


「オIしsoウなニOイdAねeeeeee」


 神木は本能的に危険を察知した。少女のような化け物は、およそ少女とは思えない速さでとびかかってきた。神木は横に飛んだ。逃げなければいけない。生憎、一階の構造は全く把握していない。


「なんだよこれ!」


 二階と似たような作りになっている廊下を、ひたすら全速力で走った。突き当りの絵画は、二階では竜が描かれていたが、一階では印象派の風景画だった。右に曲がり、適当な部屋のドアを開けて転がり込んだ。


 中には、やはり色褪せたいくつかの家具と、大きなソファ、閉じたカーテン、そして、クローゼット。


「そうだ、クローゼットに」


 神木は足音を立てないように近づき、中に入り込み、扉を閉めた。真っ暗だ。うまく隠れられたと思ったその時、足音が近づいてきた。バリン、グシャ、ドゴッ、ガラガラ……部屋の中を物色している音だろうか。色々な音が聞こえてくる。息を殺して、音が過ぎるのをじっと待つ。


「行ったか……?」


 数十秒後、音がしなくなった。扉に手をかけた、その瞬間。


 バキッ。


「え?」


 手を掛けようとした扉に亀裂が入り、同時に、四方の木壁も歪みだす。体が空中で一回転するような感覚に襲われる。クローゼットの上下が逆転し、クローゼット内で転がされた末、床がめりめりと音を立てて破砕されていく。クローゼットが木片と化してゆく中で、神木は自分が置かれている状況を理解した。足元に覗いているのは、鋭く尖った無数の歯。そして最後に見えた喉奥は、まるで虚無であるかのように真っ黒だった。


「オ兄saん、OイしそuなKAらダしteルネ」


 化け物の口がゆっくりと開く。唾液が滴る牙が見えた。そして次の瞬間には、その大きな口が神木の上半身を呑み込んでいた。


「う……あ……」


 生暖かい吐息が顔にかかる。ぬるぬるとした唾液が服を濡らした。必死に抵抗するも、化け物の力にはかなわない。


 化け物は神木の上半身をゆっくりと咀嚼し始めた。意識が遠のいていく。縦の亀裂から見えた瞳は、紫色に光っていた。


  グシャ、グシャ、バクン。二、三回咀嚼された末、呑み込まれた。

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