01.04 :ブルー・ヘヴンにサドン・サンダー~セイテンノヘキレキ~

「インドール君、よく来てくれたね」


 ユリン嬢から婚約解消願いというスリーピング・イヤーにウォーターな手紙が来てから数日後、俺は家族の許可を得てゴフジョー辺境伯家を訪れた。

 そんな俺をユリン嬢の両親、ゴフジョー辺境伯家当主夫妻は歓迎してくれた。2人の姿を見る限り、何かよく分からん内にゴフジョー家から嫌われた、という訳ではないようだ。

 では、何かよく分からん内にユリン嬢から嫌われたのか、と迎えに出て来なかった彼女を想像してそんなイメージもしたが……彼女のこれまでの性格を考え、それはないと思い直した。

 では……と考えを変えようとしたところで、付き添いで来た母がゴフジョー辺境伯家当主夫妻に挨拶し、それと同時に今回のことを訊ねに出た。


「本日は私達の突然の訪問を受け入れて頂きましてありがとうございます。何でもお嬢様たってのご希望で我がバウルムーブメント伯爵家次男インドールとの婚約を解消されたいとか。私共に、この子に、何か不手際でもございましたか?」

「いいえ。いいえ! 貴方達は何も悪くはない。私達両親は、そしてきっとあの子も、インドール君に不満がある訳ではない。ただ、あの子が言うのです。あたしはインドール様に相応しくない。このゴフジョー辺境伯家の後継に相応しくない。インドール様との婚約を解消し、何処ぞの修道院へ出家したいと」

「…………」


 そう言ったとするならば、解消願いの原因は俺でもなければバウルムーブメント家でもなく、ゴフジョー家でもない。原因は彼女自身だ。

 俺は彼女の母親へ確認する。


「そのようなことを言い出すようになったキッカケはありますか?」

「あれは、選定の儀の後くらいだったかしら?」


 ビンゴ! それは俺の予想通りであった。彼女はそれで残念な能力を授かってしまったのだろう。

 ただ……彼女の母親はさらに言葉を重ねる。


「で、でも! あの子ったら私達両親にもどんな能力を頂いたのか教えてくれないのよ?」


 成程、理由はそれだな。大きなコンプレックスを抱いてしまうような能力を授けられたか?

 神とやらはとても性悪だ。俺にしても、兄にしても、変な能力ばかり授けやがる。ユリン嬢もそのクチだろうが。

 そんなの関係ねぇ。どーでもいい。俺は彼女の両親に訊く。


「ユリン嬢に会わせてもらえませんか? 部屋、案内してもらえませんか?」


 ユリンは君に会いたくないってさ。

 そう言わせないような物言いを俺はした。会いたくないと思われているのは百も承知。それでも会わねばならないのだ。


「…………分かった。案内しよう」


 ユリン嬢の父上は少し考えてから、そう言った。このままじゃ膠着しているだけと分かってもらえたようだ。

 俺と母はご両親の案内でユリン嬢の部屋へと向かった。その道程も含め、ゴフジョー辺境伯家の館は派手ではないものの立派な造りな、質実剛健と呼べるようなものになっていた。要するにとても立派で良い館だった。


「此処だよ」


 案内されたユリン嬢の部屋は、重厚感溢れる木造りのドアで閉ざされていた。どうやら彼女は、食事以外の時間のほぼ全てで此処に引き篭もっているらしい。そこまでしているので、 ご両親は授かった能力について訊きづらくなってしまったらしい。

 大事なことなので、もう一度言う。そんなの関係ねぇ。

 俺はドアの前に立ち、ノックした。


「ユリン嬢、ユリン嬢。お久し振り。貴女の婚約者、インドールでs」

「帰って!」


 ですよ、と言い切る前にユリン嬢からそう言われてしまった。珍しく俺、真面目モードなんですがねぇ。お久しブ★ーフとか、オッ■ッピーとか、この異世界では誰にも通じない太古のギャグをやらずに耐えているのだし。

 嗚呼、明日の天気は曇り後飴だな。そう、雨じゃなく飴。と、閑話休題。何か逸れた。

 そんなのはどーでもいいんだ。俺は再度ノックした。ドンドンドンドンとしつこいくらいに。


「ヘイヘイヘイ、ハロー。ハロー。ハロー。ミス・ユリン。ディアー・ユリン。ラブリー・ユリン!」

「……………………」


 ドンドンドンドン。ドンドコドンドコドンドコドンドコ♪

 しつこいノック音も段々と良いリズムになってきたが、それでも返事はない。ただの引き篭もりのようだ。

 ドン、ドンドン、ドンドコ♪ ユリン!


「……………………」


 このままでは埒が明かないな。さらなる強攻策が必要か。開かぬなら、開かせてみせようユリン・ドア!

 俺はバックステップでちょっとドアから距離を取った。そして、右の拳に気を籠めた……つもりになって、勢いよく前へと踏み出し、全力の右ストレートパンチでユリン・ドアを殴り飛ば……そうとしたが。

 ゴイ〜〜〜〜ン…………

 良い音は響いたが、ドアには何の影響もなかった。ドアはダメージを受けなかった、というところだった。そして……


「痛ッ……」


 ドアの凹凸部分を殴ったせいだろう。俺の右手は負傷し、ちょっと出血した。とは言え、筋や骨には影響がなさそうな軽傷だ。

 そんな俺の姿を見て、スコーンと母は俺の頭に拳骨を落とした。


「このお馬鹿。困ったことがあったら、相談しなさいと言っているでしょう?」


 母は俺の負傷した手をそっと取って下がらせた。無理はするなということなのだろう。

 ところで……


「相談しなさいなんて言われましたっけ?」

「言・い・ま・し・た。貴方は色々なものに気を取られ易いので覚えていないだけです」


 それは俺が認識してないってことで、言われた内に入らないんじゃねぇかって思ったけど、言ったらパワーの増した拳骨が来るだけなので、俺は黙っておくことにした。

 母はユリン・ドアの真正面に立った。そして、軽く振り返って彼女の両親へ宣告した。


「では、このドア開けさせてもらいますね」

「「え、ええ。どうぞ」」


 出来るのならば。そんな意味合いを込めてユリン嬢の両親は首を縦に振った。

 母はそのドアの前にただ立っただけだった。何の詠唱もせず、何の動きも見せない。だが、1秒経たずに俺の方を向いて、そして言った。


「インちゃん、開いたわよ〜?」

「!?」


 俺は半信半疑でユリン・ドアに触れると、今まで固く閉ざされていたそのドアは簡単に開いた。……どういうこと?

 俺は目を丸くして母の方を見ると、母は俺に耳打ちでその疑問に答えてくれた。


「この世に小さい生物は何処にでもいるでしょ? たぁくさん、いるでしょ? そこまで言ったら、インちゃんにも分かるでしょう?」

「まあ、そうですね」


 母の能力は小動物理解。手より小さな生物を理解し、ある程度操れる。つまり、近くにいる虫を使役して鍵を開けさせた訳だ。

 恐ろしい母である。されど、此処では頼もしい。俺は母にお礼を言ってからユリン嬢の部屋へ足を踏み入れた。


「え、嘘!?」


 ユリン嬢は俺の姿を見ると驚いて、そして逃げ出した。とは言え、このユリン嬢の部屋は2階にあり、外へ逃げる道はドア以外ない。ユリン嬢はバッと駆けると、ベッドに飛び乗って布団を被って隠れた。……隠れたって言うのかね?

 俺は少しだけ苦笑いすると、布団に包まってダンゴムシ状になっている彼女の隣に座った。そして、話し掛けた。


「ユリンさん、ユリンさぁん。おかわできゃわたんな、最&高なユリンさぁん? インドール君ですよ? 貴女のアチチでウフフでヒャッホゥな婚約者、インドール君ですよぉ?」

「帰って! 帰ってって言っているでしょっ!」


 布団製のダンゴムシはそう叫んだ。正直、面倒くせぇなぁと思う気持ちも少しありはした。ユリン嬢と文通はしていたが、逆を言えば会う機会は滅多にないので、それだけだったとも言えた。なので、愛情と呼ぶようなものはない。そして、俺には前世の記憶がある。そんな俺からすれば、幼児に対して愛情を抱くなんてことは、自身の肉体年齢がどうであったとしても気持ち悪く思えるものだった。

 とは言え、此処ではいそうですかと帰るのは違う気がした。そうしたら、此処まで来た意味がないどころか、寧ろマイナスとも言えよう。俺はゆっくりと、穏やかな声でユリン嬢に問い掛けた。


「俺のこと、嫌いになっちゃった?」

「そ、そんなことないっ!」

「でも、俺との婚約をやめたいんだよね?」

「そ、それはあたしがダメな子だから……」


 ユリン嬢は布団の中から顔を上げ、俺の方を向いてそう言った彼女は泣いていた。ボロボロと涙を零して泣いていた。

 彼女のその頭を俺は黙って撫で、言葉の続きを促した。が、ひっくひっくとしゃくりあげるばかりだったので、俺の方から話を振ってみた。


「それで、俺との婚約を無しにしてどうするつもりなんだい? ゴフジョー辺境伯家の跡継ぎも無しにしたいと聞いたけど」

「領地外れの修道院に入って、修道女にでもなるわ」

「へ? 修道女?」


 どうしてそういう発想になるのだろうか? ゴフジョー辺境伯家の後継を目指して頑張っていた子が、突然そういう発想にはならないと思うのだけれど……

 俺がドアの向こうにいる彼女の両親の方に目を向けると、彼女の母親がそんな話の素を教えてくれた。


「ああ、分家の娘さんで10年位前に素行が悪い子がいて、行ける場所もなくなってしまったので、そこのご両親がとても怒って非常に厳しいと有名な修道院に修道女として入れた。その話を何処かで耳にしたのかしら?」


 まあ、そんなところでしょうなぁ。そのキッカケ、ぶっちゃけどーでもいいけれど。それより大切なのは、何故ユリン嬢がその素行の悪かった娘さんと自分を結びつけるようになったかだ。

 俺は再度ユリン嬢に確認する。


「どうしてそんな人と同じように修道女になるって思ったんだい? そんなに悪い子だったのかい?」

「そんなことないわ! ユリンは良い子よ! 何処に出しても恥ずかしくない、とても良い子よ!」

「そうだ! 何処の誰よりも素晴らしい子だぞ!」


 ユリン嬢の母親、父親と次々にそう言った。まあ、そうでしょうねぇ。俺もそこは疑っていない。

 ということだけど、どうなんだい? 俺はユリン嬢に目を向けて回答を待った。すると、少ししてからユリン嬢は観念したように回答した。


「あ、あたしが人には見せられないような能力を授かってしまったから……」


 実に予想通りの回答を。何の意外性もない回答を。まあ、そんなところですよねぇ。

 それ故に、俺もまたそんなユリン嬢へノータイムで切り返した。


「じゃあその能力、別に使わなきゃいいんじゃない?」

「え?」


 ユリン嬢は目を丸くした。そして、彼女のご両親もまた同じように。

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