00.05 :義姉が来たりて……?
ファイナル・デスティネーション、それは昔のアメリカンホラー映画。言葉の意味は直訳だと「最終目的地」なのだが、意訳だと「死」となる。
俺は兄の必殺技に、そんな名前をアイデアとして出した。
「魔力を籠めた手で相手に触れ、叫ぶのです。ファイナル・デスティネーション! って。すると、相手は死ぬ!」
「死なないよ。下痢になるだけだよ」
「死にますよ、人ならば。……社会的に」
「え?」
何のことか分からない。そう言いたげな兄と母を横目に、俺は父へ目を向ける。
ちょっと困った顔をした父に俺は問う。いや、確認する。
「父上ならば分かりますよね? 人と人が真剣に戦い、バチバチにやり合っている最中、突然お腹がピーゴロゴロっておトイレを我慢出来なくなってしまったら」
「……死ぬな。とりあえず致命的な隙はできるだろう」
「それがみんなの前で戦う決闘のようなものだったら? ブベリベリブッシャーって出してしまったら?」
「……死んだな、そいつ。そいつはMr.ブシャーデンと呼ばれ、伝説となり、永久に嘲笑され続けるだろう」
父は遠い目をした。
兄は屈んで俺と視線を合わせ、一息ついてから諭すように言ってきた。
「インド、そういう卑怯なマネは良くない。良くないよ」
「卑怯じゃないですよ? 純粋な力と力のぶつかり合いじゃないですか。ただその結果、相手が盛大にお漏らしするだけです」
「そうだけども!」
困った顔をした兄を尻目に、俺は兄の姿を想像した。全身黒ずくめの衣装を纏い、敵と相対する兄の姿を。
想像の兄は敵に告げる。必殺技を披露する。
『我のこのデウカリオーンの左手が貴様に終焉をもたらしてやろう。ファイナァアアアル、デス、ティネーーーーショォオオオンッ!』
ピカッ! ブベリベリブッシャー!!
兄、カッケェエエエエッ(笑)!!
と、そんな妄想をした俺を尻目に、兄は父に真っ直ぐ向いて告げた。
「父上、僕はこれから立派な領主になれるようこれまで以上に頑張ります。この能力を使わなくて済むように!」
「うむ、頑張れ。ただ、無理はせぬようにな」
「ハイッ!」
兄はそう言って、満面の笑顔を見せた。そうして、何か良い感じで話をまとめてしまった。解せぬ。
ただ、そこに母が茶々を入れた。
「あ、今少しだけ思ったんだけど、クリスちゃんの能力って便秘解消にもってこいよねぇ。あ、私が便秘って訳じゃないけれどね」
「じゃあ、そんな必要性があった際だけは協力します」
兄は苦笑いを浮かべ、俺は笑った。
俺は手を掲げ、身振り手振りを加えながら披露した。
「じゃあ、その際はこうするといいです。ファイナァアアアル、デス、ティネーショォオオオン!」
「嫌だよ、恥ずかしい!」
兄は非常に嫌そうな顔をして、そう叫んだ。クリスター・X・バウルムーブメント8歳、まだ厨二の心を理解するには早過ぎたか。それとも引っ込み思案の恥ずかしがり屋故か。
そんなことを思った俺に、母は溜め息をつきながら訊いてきた。
「インちゃん、その動きと叫びは何でやるの?」
「そうするとカッコイイからです!」
「やらないと出来ないということは……」
「ないですね」
「「「……………………」」」
皆は理解不能とでも言いたげな顔をして溜め息をつき、母はそうしながら俺の頬を無言で引っ張った。むにーーーー……
……解せぬ。
「ジル・M・スルフィドです。よろしくお願い致します」
ある日、義姉(仮)ができた。どうやらこの世界の貴族子女は8歳の選定の儀が終わると、父母による婚約者探し、所謂婚活がスタートされるらしい。
早くね? なんて思うのは、俺に現代日本での記憶があるからだろう。そんなものだと思うことにした。何より兄はこの伯爵家の跡継ぎで、俺はただの次男。関係ねーだろって他人事のようにも思っていた。
「おおっ! スルフィド家の皆様、よくいらっしゃられた。歓迎しよう!」
「ああ、ありがとう!」
父が代表者として出て笑顔で迎え入れる。スルフィド家の当主、義姉(仮)の父も同様な笑顔。両家共に伯爵家で、当主同士も同年代で、兄と義姉(仮)も同い年。超絶理想的なカップリングのようだ。
そんな様を、俺はちょっと離れた所で眺めていた。家族だから近くにいなければならないが、余計なことは喋られたくないようだ。……解せぬ。
「僕がクリスター・X・バウルムーブメントです。スルフィド伯爵令嬢、貴女と会えて嬉しいです。僕のことはどうか、クリスと呼んで下さい」
「わ、私もお会い出来て嬉しいです。どうか私のこともジルとお呼び下さい」
兄が一歩前へと出て、しゃんとした姿勢で挨拶した。大丈夫? お腹痛くない? ピーゴロゴロ具合は不明瞭だが、現状では大丈夫そう。
その兄の挨拶に義姉(仮)もはにかんだ笑顔を見せた。そして、早速とばかりに「ジル」「クリス様」と意味もなく呼び合っていた。
嗚呼初々しいカップル、初々しいリア充だった。爆発すればいいのに、具体的に言えば尻穴辺りが。ファイナル・デスティネーション!
そんなリア充共は両親達に場を離れる許可をもらうと、いの一番に俺の所へやって来た。いいんですよ、リア充は来なくて。
そんな願いは虚しく打ち砕かれ、兄は俺を義姉(仮)へ紹介する。
「ジル、こちらが僕の弟であるインドール。賢い子、だよ?」
おい、兄よ。今ちょっと、賢い子と言うのを躊躇しなかったか? 賢い弟(笑)にはお見通しですよ? どーでもいいけど。
俺は来ちゃったリア充の片割れに、やむなく自己紹介する。
「スルフィド伯爵令嬢、今兄に紹介されました弟のインドール・S・バウルムーブメント、5歳です」
「私はジル・M・スルフィドです。気軽にジル義姉さんって呼んでね♪」
「ジル義姉さん?」
「!」
リア充の片割れ、義姉(仮)が満面の笑顔でそうお願いしてきたので応えたところ、その笑顔のままジル義姉さんはガッツポーズをした。どういうこと?
ジル義姉さんはそんな俺が抱いた疑問に、問われるよりも先に答えた。
「私は末っ子でしたので、ずっと弟か妹が欲しかったのです。お母様とお父様に何度もお願いしていたんですが、二人は天からの授かりものだからと困った顔をするばかり。でも、今日! 私の夢は叶ったのです! お姉ちゃんになったのです!」
……感涙しながら。ジル義姉さん、大人しそうな貴族令嬢かと思ったら変な人だった。
とは言え、ここまでのやり取りはまだ俺にとって平和な代物だった。しかし……
「久々にバウルムーブメント家に来たんだが、いつの間にか領都の街並みが凄く綺麗になっていないか? 一体何があったと言うんだ?」
「ああ、それはウチの次男の手柄だな。アレが住んでいる人達の為に街をもっと綺麗にしようって言い、下水面を整えさせたのだ」
少し離れた場所で父達が繰り広げている話が、街の光景から下水方面、俺の話へとシフトしていた。面倒臭くなりそうな予感がした。
我が父の話に、ジル義姉さんの父は驚いた顔をした。
「整えさせたって、次男坊はまだ5歳だろう? 超天才だな」
「ああ。父親である我が身で言うと親馬鹿丸出しのようだが、アレは紛れもなく天才だよ。変な子だけど」
余計な一言がついていた。どーでもいいけれど。
それよりも面倒臭いことになりそうな予感がしていた。そして、その予感はすぐ実現した。
「下水か。何かよく分からんが、いいなぁ。あんなに街が綺麗になると言うならば。金は出す。我がスルフィド家の領都にも置いてくれないか?」
「んー、そう言われてもなぁ。インドールはまだ5歳だからなぁ」
「色々な意味で心配よね〜」
父は首を捻り、唸った。5歳の息子を他の家へ出張に行かせられない。そう考えているのだろう。
母も困った顔を見せた。色々な意味の心配って何ですかね? ロクな意味じゃないって予感しかしないぜ。
これ以上変で、悪い話になる前に、俺は両親達のいる所へ行き、提案した。
「父上、母上、別に俺がスルフィド家へ行かなくても良いのでは?」
「「「えっ?」」」
俺の両親とスルフィド伯爵家領主が揃って驚いた表情をし、驚きの声を上げた。
そんなに驚くことか?
「此処に下水道の施設はあるのです。実際に見て、そこで働く者から話を聞き、学び、経験を積んで、それを持ち帰ればいいじゃないですか」
「「「それだっ!」」」
俺の両親とスルフィド伯爵家領主が揃って驚いた(以下略)。と、そんなに驚くことか?
ちょっと疲れた気分な俺を放置し、父親ズの領主二人はビジネスな話を繰り広げだした。
「では、学びの為の人員をひとまず5人くらい送らせてもらおう。学習期間はまず2ヶ月として……」
「前例のないことだからなぁ……」
「父上、父上!」
そうじゃない。そうしてはダメだ。
俺は父の裾を引っ張った。
「何だ、インドール。父さん達は大切な話をしているんだ。邪魔は……」
「こんなことで金を取らないで下さい。下水道はそこに住んでいる人達の為のもの。そんなもので金儲けは良くないです」
贅沢を言えば、下水道なんてものは全ての街や村に至るまで引いておきたいもの。目先の利益にとらわれては普及がとても遅れてしまう。
それを考慮すれば、スルフィド伯爵家以外の家が学びに来るのも大歓迎だし、下水処理場で使う微生物達もタダで分けて構わない。
俺は父へ言う。
「全ては住んでいる人達の為ですよ、父上。お金儲けはもっと別のことでしましょう?」
父は俺の言葉を聞きながら母へ目を向けた。母は少し考えた後、その首を縦に振った。
父は俺の言葉に従った。
「そうだな。そうしようか」
スルフィド伯爵家から下水道について学びに来るのを、バウルムーブメント伯爵家は歓迎し、学習料金は課さない。その上で、下水道に関することは全て教える。
スルフィド伯爵家以外の家が学びに来るのも構わないし、他所の家へ教えても構わない。しかし、それを営利目的に使用してはならない。
俺の考えを纏め、父からスルフィド伯爵家当主へ提案された。
「おぉぉぉぉ、おおおおおおおおっ!」
スルフィド伯爵家当主は少し唸った後、叫び、そして涙を落とした。
その上で俺をハグし、また叫んだ。むぎゅーーーー!
「素晴らしい。素晴らしいぞ、インドール君! 君は聖人か? 聖人に違いない! 巨万の富を得られたかもしれんのに、庶民の為にその機会へ目も向けんとはな! 何たることだ!」
オッサンに抱き締められても嬉しくないわ。と言うか、痛い。マジで痛い! 痛痛痛痛痛痛痛痛!
痛がっているから。父はそう言い、オッサンの胸板のせいで叫ぶことすら出来なかった俺を引き離した。そして、母へ渡した。カミング・ホーム♪
母はいつも通りの強さで俺を抱えた。むぎゅー……って、逃げませんよ?
スルフィド伯爵家当主は少し困ったように笑いながら謝罪してきた。
「すまん、すまん。あまりに感激してしまい、ついな」
「別に怒ってはいないので、大丈夫ですよ? 怪我はなかったですし、中身も特に出なかったので」
「そうか、それは良かった。……中身?」
茶色い固形物や黄色い液体です。
「…………まあ、それはともかく、善は急げとも言う。なるべく早く当家の者と、後はもう一つの家の者で此処へ再訪したいと思う。あまり一辺に多くの家々が来てしまったら混乱させてしまうだけだしな。他の家には我々も学んだ後に教えるなりし、少しずつ普及させていこうじゃないか」
「そうですね、それが良いかと」
俺がそう答えるとそれが今後の方針の決定事項となり、お話はお開きとなった。皆の盛大な拍手が屋敷に響き渡った。
俺はこれが下水道普及の第一歩になると確信していたが、それ以上に何か厄介なことになる予感もしていた。
その予感はすぐ実現してしまった。一週間後、スルフィド伯爵家の皆は此処へ再訪してきた。他家の人達と共に。
ただ、その来た他家が……
「私はゴフジョー辺境伯家当主のネフロン・J・ゴフジョーだ。これからよろしく頼むぞ」
辺境伯家は侯爵と同等。つまり、一緒に来たのは大物だった。
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