その5の1「猫と出会い」




「それでは中へどうぞ」



 テリーを先頭にして、三人は寮へと入って行った。



 テリーは玄関から廊下を歩き、階段の方へと向かった。



 そして二階に上がるとカイムに対してこう言った。



「ストレンジくんは2年生なので、


 部屋も2階になりますね」



(そういうものなのか)



 学生寮に馴染みのないカイムには、些細なルールも新鮮に感じられた。



 テリーは廊下を歩くと、とある部屋の前で足を止めた。



 そしてドアを開けると、カイムに室内の様子を見せた。



「ここがストレンジくんの部屋です。


 時期が時期だったので、一人部屋になりますが」



「はい……。って、先生?」



「何でしょうか?」



「何って……その猫は?」



「みゃあ」



 室内では猫が堂々と座り込んでいた。



 見覚えのある黒猫だ。



 カイムがニャロリーメイトを食らわせた猫で間違いはなかった。



 どうしてこの猫が男子寮に居るのか。



 カイムの混乱に気付かず、テリーは穏やかにこう言った。



「だいじょうぶですよ。


 この寮は猫オーケーですから。


 とはいえ、教室は猫立ち入り禁止ですけどね。


 授業の妨げになっては困りますから」



「そうですか。


 ……パパ? どういうことですか?」



 カイムはなかば睨むようにして、ジムに視線を向けた。



「俺は知らんぞ」



 そう言ったジムの口調からは、後ろめたさなどは感じられなかった。



 どうやらこの件にジムは無関係らしい。



 とはいえジムは、演技もできる男だ。



 本気になればカイムを騙すこともできるだろうが。



 ジムで無ければいったい誰が。



 カイムの脳裏に、一人の男の名前が浮かび上がった。



(ミッチャムさん……。


 俺に猫を押し付けやがったな……?)



 カイムの脳内のゴタゴタを知らないテリーは、さらにのんびりと言葉を続けた。



「教科書などは学習机の上にそろえてあります。


 問題無いとは思いますが、


 その隣に目録を置いておきましたので、


 抜けが無いか調べておいてください。


 教科書の中にも目を通して、


 落丁などが無いか確認しておいてくださいね」



「了解しました」



 カイムがかしこまって言うと、テリーは思わず笑みを浮かべた。



「ふふっ。


 そんなにかしこまらなくても良いんですよ」



 自分の言葉遣いは学生らしくなかったのかもしれない。



 そう思ったカイムは、砕けた口調で言い直してみることにした。



「……オッケー」



「それはちょっと砕けすぎな気もしますが。


 それでは寮の施設をご案内しますね」



 テリーによる寮の案内が続いた。



 カイムは食堂、浴場などを案内された。



 やがて案内が終了すると、三人は寮の玄関へと戻った。



「それでは、寮の案内はここまでとさせていただきます。


 空き時間は自由にしていただいても構いませんが、


 夕食の時間には遅れないようにしてください。


 明日は朝のホームルームが始まる15分前までに


 授業に必要な教材を持って


 職員室のぼくの所へ来るようにしてください。


 学校施設の位置につきましては、


 正面口を入ってすぐの所に


 学内地図が掲示されています。


 もし不安なようなら


 あらかじめ調べておくのも良いでしょう」



「はい」



 カイムは寮に残ることになり、ジムとテリーは猫車で去って行った。



 やがてジムたちを乗せた猫車が、校舎の前で停止した。



 二人は猫車からおりた。



 ジムはテリーに向かって深々と頭を下げた。



「それでは、息子をよろしくお願いします」



「はい。お任せください」



 ジムは再び猫車に乗り込んだ。



 猫車は学校の敷地を出て、南へと去っていった。



「……がんばれよ。カイム」




 ……。




 カイムは寮の玄関から自室へと向かった。



 部屋に入ったカイムは、テリーに言われたとおり、教材をチェックすることに決めた。



 紙に書かれた教科書の一覧を見て、欠けた本が無いか確かめてみた。



 問題が無いのを確認すると、カイムは本をぺらぺらとめくってみた。



 そしてスパイの鍛えられた動体視力で本に落丁が無いことを確認した。



 やがて確認作業は終わった。



 最後に手にしていた教科書を、カイムは机に戻した。



(教科書には特に問題は無さそうだな。


 夕食まではまだ時間が有る。


 俺がただの学生なら、


 このまま遊び呆けているのも良い。


 だが、俺はプロだ。


 三つ星の……いや。もう違うが。


 とにかく、スパイとしての役目を果たす必要が有る。


 少しでも情報を集めるべきだな。


 ……ちょっと出歩いてみるか)



 カイムは部屋のドアに手をかけた。



 そのとき。



「みゃ」



 黒猫が短く鳴いて、カイムを呼び止めた。



 カイムは黒猫へと振り返った。



「ん? おまえも来たいのか?


 猫は目立つから


 できることなら一人が良いんだが……」



(というか、こいつは敵スパイが飼ってた猫なわけで、


 敵組織の連中がこいつを見たら


 俺がスパイだってバレるんじゃないのか?


 ミッチャムさんは何を考えてるんだ?


 ……猫のことしか考えてねーのかなぁ。あの人は)



「うみゃ」



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