その4の1「国境と冒険者学校」



 やがて、じゃれることに飽きたのか、カイムは無事に解放された。



 それから黒猫は、カイムたちが見ている前でニャロリーメイトを完食してみせた。



 今までの意地の張りようは何だったのか。



 実に良い食べっぷりを見せた猫は、おかわりまで要求してみせた。



 そして2本目もすぐに完食した。



「助かったよカイム」



 猫の食事に区切りがつくと、エリオットがそう言った。



「なんか上手く行ったみたいで良かったですけど。


 次からは自分で何とかしてくださいね。


 俺、明日からは任務で居ませんし」



「そうなんだ? どこに行くの?」



「たとえ仲間でも、別の部署の人に


 任務の詳細は話せませんよ」



「それもそうだね。


 まあ、この子のことはなんとかしてみるよ」



「はい。


 ……任務の準備が有りますから、


 失礼させていただきます」



「うん。気をつけてね」



 カイムはねこハウスを出て、通りを歩いた。



 それから彼が向かったのは、町に有る小さな書店だった。



 カイムがきょろきょろと店内を見回していると、店員が声をかけてきた。



「何かお探しですか?」



「あー……学校に関する本が欲しいんですが」



「学園モノですか? それでしたら、最近はこの本が人気ですよ」



 店員はそう言うと、平積みになっている本の所へ向かった。



 そして本をいっさつ手に取ると、カイムの所へ戻ってきた。



 カイムは本を受け取ると、その題名を読み上げた。



「リバーヒルズ青春日記……?」



「はい。若い子たちに人気のベストセラーなんですよ」



「そうですか。それなら間違いは無いですね。


 ありがとうございます。勉強させていただきます。


 それともう何冊が見繕っていただいてもかまいませんか?」



「お任せください」




 ……。




 カイムは本を抱え、自宅である集合住宅へと帰還した。



 家の中に入ると、リビングに同居人の姿が見えた。



「お帰り」



 ジム=ストロングは新聞に目を通しながらそう言った。



「ただいま帰りました」



「その本は?」



「参考資料です」




 ……。




 翌日。



 四大国の国境地帯であるウェルムーア地方。



 その南側のへんぴな田舎道を、猫車が走っていた。



 車の中ではジムがカイムに話しかけているところだった。



「必要な教材なんかは寮に運び込んである。


 着替えもちゃんと用意してあるはずだから


 心配することは無いぞ」



「ありがとうございます。パパ」



「やめろよ気持ち悪い」



「慣らしておかないと、


 いつどこでボロが出るかわかりませんからね。


 そういうわけで、


 よろしくお願いします。パパ」



 ジムはカイムの保護者だが、父親では無い。



 だが今回の任務においては、ジムが父親役をやることに決まった。



 それでカイムは息子になりきる練習をしているようだった。



「……じんましんが出そうだ」



「慣れてください」



「わかってるよ。


 ……おっ、見えてきたな」



 ジムは猫車の窓から外を見た。



 そこから立派な外構と、大陸でも最大規模の校舎が見えた。



「あれがオーンルカレ冒険者学校だ。


 あのすぐ近くに大型ダンジョンの入り口が有る。


 名前は……ウェルムーアダンジョンだったな。


 ここいらの地方の名前と同じだ。


 それと学校の北には、冒険者街も有るぞ」



「立派なものですね。


 俺たちの国の一流の学校と比べても遜色が無い」



「エスターラ王国の国家事業だからな。


 大型ダンジョンの攻略は。


 そりゃあ校舎も立派にもなるだろうさ」



「大したものらしいですね。


 ダンジョンが産む利益というのは。


 ダンジョンの出現位置が


 ほんの少し西にずれていれば、


 ダンジョンの所有権は


 隣のクリューズ帝国のものだった。


 おもしろくないでしょうね。帝国は」



「まあそれは、ウチの国も同じだけどな」



「そうですね。


 見事なまでに、


 四つの国の国境ギリギリに


 大型ダンジョンが出現している。


 これは偶然なんでしょうか?」



「ダンジョンの考えてることなんか、


 俺にはわからんさ」




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る