その2の2



 カイムの所属は、秘密情報部と呼ばれる機関だ。



 任務失敗の翌朝。



 カイムは秘密情報部の本部に呼び出されていた。



 7階建ての、縦よりは横に長いビルディング。



 その最上階に、情報部長官の執務室が有った。



「大失態だな。エピックセブン」



 高級な革張り椅子に身を預けた長官が、ぎょろりとした視線をカイムへと向けた。



 彼の名は、ジョン=ゴールドダガー。



 年齢は60ほど。



 そろそろ引退を考えても良い年だが、その覇気は未だ衰えを見せない。



 大きなメガネレンズの奥で、ぱっちりとした眼が、鋭い眼光をはなっていた。



 髪は金のオールバック。



 広い肩幅にオーダーメイドのスーツが良く似合っていた。



 そんな貫禄有るジョンの物言いに対し、カイムは子供っぽくムッとしてみせた。



「何ですか。わざわざコードネームで。


 当てつけですか」



「ああ。当てつけだ」



 ジョンが真顔でそう言うと、カイムは黙るしか無かった。



「…………」



「きみが犯したのはそれだけの失態ということだ。


 現場の詳しい状況は、


 ストロングから聞いている。


 弁解が有るというのなら、一応は聞くがな」



「……弾を外したのはストロングさんも同じですよ」



「ミスには二種類ある。


 仕方の無いミスと、避けられたはずのイージーミスだ。


 高速で走りながら、猫上のターゲットを狙い、射撃を外す。


 これはやむをえない。


 それに、いちおう猫には当てて、


 ターゲットの逃走を阻害してはいる。


 だから成功と言っても良いだろう」



「猫に流れ弾を当てるなんて最低ですよ」



「そうだが。


 任務の成否とは関係の無い話だ。


 それで? 最高のキミは?


 安定した体勢で


 近距離のターゲットに二発を発砲、


 これを両方とも外した。


 間違いは無いか?」



「……そうですけど。


 誰だって、射撃を外すことくらい有るでしょう」



「いいや。ありえない」



「そんなムチャな」



「きみが常人であれば、凡人であれば、


 イージーな射撃を二発続けて外すということも


 有り得ないことではないだろう。


 だがきみは、三つ星のエージェントだ。


 チームエピックのナンバーセブンだ。


 最高のスパイというものは、


 その国で最もタフな存在でなくてはならない。


 末端の連絡員とは格が違う。


 人気スポーツのトップアスリートだとか、


 高名な冒険者、


 そういった者たちよりも次元が上の存在だし、


 そう有るべきだ。


 トップエージェントとは、国家の命運を握る


 生ける命綱なのだから。


 訓練生にもできるような射撃を


 外しているようでは話にならない。


 きみにその自覚が無かったとは残念だ。


 あるいは……。


 本当は当てられたのに、


 わざと外したんじゃないだろうな?」



「えっ……」



「今までのきみは、


 立派なトップエージェントだった。


 危険で困難な任務を、


 見事にこなしてみせてくれた。


 それらの活躍は、


 三つ星の名に恥じないものだった。 


 だからこそ、


 私も他のメンバーも、


 今回の失態には困惑させられている。


 そして疑ってもいる。


 まさかきみに……二心が芽生えたのではないだろうかとな」



「ありえない……! どうして俺が


 みんなを裏切る必要が有るんですか……!」



「さあな。


 ……女とかはどうだ?


 色恋のせいで目が眩むというのは、


 スパイの世界でも珍しく無い」



「興味ありません」



「そうか。男の方だったか」



「違います!」



「そう慌てるな。図星に聞こえるぞ」



「とにかく俺は、恋愛なんかのために


 みんなを裏切ったりなんかしません」



「だと良いが。


 思想なんかはどうだ?


 新しい理想の世の中のために


 既存の国家は滅ぼさねばならない……だとか


 先鋭的で野蛮なアカい思想に染まってはいないか?」



「無いです」



「それは困ったな」



「何がですか」



「きみがわかりやすく裏切り者であるのなら、


 わかりやすく処理をすれば良い。


 だが今の所、


 きみが裏切ったという明白な証拠は無い。


 かといってシロでも無い。


 今のきみは私にとって、


 まったく灰色の存在ということになる」



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る