第18話 堕ちた勇者と禁断の果実
呪いをかけるには何よりもまず繊細さが必要である。ひとたび手順を間違えば全く異なる効果を及ぼすどころか、ときに己の破滅をもたらすだろう………
(呪いのおしえ・1)
「ホラよ。アンタが捨てた竹馬」
ジェリーが二本の竹を拾ってきてくれた。さっきまでは魔法陣に侵されていた竹馬だが、ここまで来れば魔法陣は追って来ない。
「これも解体しないとな」
名残惜しそうにレオナは呟いた。竹馬はなんせ長いので、そのままずっと携帯するわけにはいかないのだ。
そしてレオナは「よっ」と竹馬をカポンと外す。まるでおもちゃのブロックのようだった。
ジェリーは絶句した。
「え……?初めからそういう仕組みなの……?」
一般的な竹のイメージと全く違うのでツッコまざるをえない。レオナは平然とした態度で
「品種改良された特殊な竹らしい」
「そんなんで言い訳できると思ってんのか?」
取り敢えず竹馬の解体は終わったがまだ身体が痛い。もうしばらく足を休ませたかったので二人はピクニックを始めた。シワシワのビニールシートを敷き、冷めたサンドイッチを食べる。途中でソロが起きたので、食べ終わった後は自然と雑談モードになった。
「ねーねーレオナ兄さん!あの竹馬の極意は、誰に教わったの?」
「………おれが作った」
ソロは凄い!と無邪気にはしゃぐが、ジェリーはレオナが一瞬見せた恥ずかしそうな表情を見逃さなかった。
「なーに照れてんだよ勇者様ァ。アンタ頑張ったんだから堂々としてろよ」
「う、うるさい……!そうだソロ。例のネックレス、引き続きお前が持っていてくれ」
レオナはステルス魔法陣が見えるネックレスをソロの中に入れる。
そうこうしているうちに体力も回復したので三人は旅を再会する。次の目的地は目と鼻の先だ。
北西の都市クラーク。ふもとの村からちょうど北にあるこの街は、多彩な人や物であふれている。
「ここはニンゲンの流動がヨソより多いのが特徴だ。商人はもちろん、研究者、留学生なんかもいるぜ」
ジェリーが街を案内をする。観光の為に来たわけではないが、都会は歩いているだけで頭を刺激されてトキめいてしまう。
「あんなに高い建物初めてリーン!」
「商品の品揃えも凄いな」
「おーいオノボリ二人、いつまでも突っ立てるんじゃねえぞ」
はーい、とレオナとソロは声を合わせる。
「ジェリーは都会が珍しくないのか?」
「たりめーだ。何でも知ってる俺様だぞ」
歩きながらレオナは遠くを見る。かつて彼は勇者として色々な街や村を巡ったが、こんなに大きな都市とは最後まで縁がなかった。
もし冒険が続いていれば、呪われずに勇者のまま旅をしていたら、レオナは人間のままこの都市に来ていたかもしれない。実在するのか分からない魔王を探しながら、強敵と戦い、人々に感謝されながら、この街を歩いていたかもしれない。
もし、レオナは内心で独り言をいう。もしそうだったら、おれはジェリーと出会っていただろうか。この、何を考えているかいまいち分からない友達と、旅をしていただろうか。
「今日は一旦ホテルに泊まろう」
レオナは立ち止まって口を開く。
「ソロを風呂で洗ってやらないと」
「僕は平気リン」
「俺は今すぐベッドで寝たい」
ジェリーが欠伸をする。まだ外は明るいが、ステルス魔法陣のせいでいつもより消耗している。
「たたた大変だぁ〜〜〜!!」
するのどこからともなく大変そうな声がした。振り返ると、こっちに向かって男が走って来た。
「どうした?」
「あそこで魔物が……!」
男は向こうを指さした。そこには怒りの形相を浮かべた猪に似たモンスターがいた。大きさは足底から頭部まで150センチもある。とんでもない大きさだ。
「荷車から死に損ないが逃げ出したんだ……!なんとかしてくれ!」
あんた強そうだし、と男はレオナの両肩をゆさぶる。
「わ、分かった。あれだな?」
レオナはサングラスを投げ捨て、今にも走り出しそうな猪モンスターに狙いを定めながら、後ろの三人に避難を促す。男とソロは心配そうにしていたが、ジェリーはいつも通りの態度で言う通りにした。
「おい!」
レオナは先ほど解体した竹を投げつけ、頭部にヒットさせる。
「…………フンゴー、フンゴー!」
モンスターは凶暴な叫び声をあげながらこちらに向かって突撃する。レオナは両手両足を構え、大きな体躯を受け止める。巨大な肉の激突にレオナは軽く呻くが、これでやられるなら初めから立ち向かっていない。
「はああっ!」
レオナは右腕を後ろに引いたと思いきや、五本の指でモンスターの眉間を抉るように穿つ。
「フンゴオオオ!」
モンスターの全身から力が抜けたその隙に、今度は左の拳で鼻を打つ。顔をめちゃくちゃにされたモンスターは更に悲鳴を上げ、さっきまでの威勢が嘘のように倒れる。
「や……やった!」
助けを求めた男は大汗をかきながら駆けつける。素早くサングラスを掛け直したレオナに礼を言って、謝礼を握らせた。
「中は全部銀貨だ……。好きに使ってくれ」
「あ、ああ……けど、なんでこんな街中に?」
男は気絶したモンスターを忌々しげに見つめて
「こいつは本来とっくに死んでいて出荷される所だったんだ。なのにハンターが手を抜いたのか、実はギリギリ生きてたってわけ……」
珍しいモンスターを狩り、その死体を売り渡すことで生計を立てる人々がいる。彼らは主にハンターと呼ばれ、地方によっては勇者やヒーロー以上に人々に頼られ、また恐れられていた。
「でもちゃんと確かめなかった俺も悪いんだァ……。やっぱ金儲けするなら慎重にならなきゃね」
「………」
レオナは先程の手応えを感じていたのか、手の指を握ったり開いたりする。
「レオナ兄さんはとても強いリン。さすが僕の見込んだ人リン」
「あぁ。あの手の敵ならアイツは絶対負けねえよ。けどな……」
「………?」
ソロは不思議そうにジェリーの顔を見た。その表情はジェリーにしては不気味なほど真面目で、まるで何かを本気で悩んでいるようだった。
「ソロ!ジェリー!早くホテルに行こうぜ」
すっかり汚れたレオナがこちらに来て笑う。緊急の戦闘でマネーも手に入れたので、彼の心は幸せでいっぱいだった。
三人はとある小さなホテルに泊まる。
「あ〜気持ち良い〜〜〜」
風呂でレオナに洗われながら、ソロはハンドベルのような声を出した。
「あ〜〜〜入浴剤はリンゴの香りか。シャレが利いてんなァ………」
ジェリーは湯船に浸かりながら鼻唄を歌う。ご機嫌なその様子を、レオナは目を細めてそっと見つめる。
「はい、ソロ」
洗い終わったソロを湯船に入れる。ジェリーはニヤッと笑い
「禁断の果実にカンパーイ」
「カンパーイ」
楽しい夕暮れが過ぎていく。
就寝の時間。レオナはランプをつけてホテルの一階に置かれていたパンフレットをめくる。
『貴方に呪いを教えます』。パンフレットには、やたらおどろおどろしいフォントでこう書かれていた。写真やイラストは一切ない。そして全ページがモノクロである。そもそも学校の名前すらよく分からず、住所くらいしかまともな情報がなかった。
「…………楽しみだな」
パンフレットを置いてレオナはそう呟いた。それは根っからの本心だ。隣のベッドで寝ているジェリーもまた
「ああ。本当に愉しみだ」
消灯。真の暗闇が訪れる。しばらくの間、ソロの寝息だけが二人の耳をうるおしていた。
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