第3話 序盤のヒーローはムカツクくらいクソガキな時あるけれど、そこを含めて好きしかないっしょ!


「ちょっと待って! 土石流がヤバいことになってるんだけど? え? え? え?」


 ジェイスが奇声を上げる。そうそう、三傑のなかで臆病――いや、慎重派のジェイスだった。だからこそ、ジェイスルートは、困った弟をお世話するような錯覚に陥るワケだけれど……。


(今はジェイスを愛でている余裕はないけどねっ!)


 自分で彼を誘導しておきながら、なんて身勝手だなって思うけれど。運命の時は、刻一刻と迫っている。そして、遺跡の封印解除が、ここまでの大災害になるとは、思いもしなかった。


 だって、ゲームをプレイしていた時は、スマートフォンのバイブが揺れる程度だったんだ。そう思ってしまっても、仕方がない。こんな大災害を、震動一つで片付けた、運営。本当に許すまじ。


「ねぇ……?」


 併走しながらジェイスが聞く。山道に慣れた私に、息を切らさず追随するあたり、やっぱりジェイスの身体強化の魔術は一級だ。中級魔石を惜しみなく使うその姿は、流石はお貴族様って思うけれど。


「ねぇ、だから待って! ちょっとおかしくない?! 君がさっきから使ってのるって、風魔術? しかも魔石なし――」


 ちっ。流石は、次期宮廷魔術師、最有力候補。魔石頼りの貴族様とは、一線を画する。このゲームでは、魔術の行使には、魔術書と触媒、そして魔石が必要なのだ。

 魔術書は、知識。これはレアガチャもしくはログインボーナスガチャでたまに引ける。


 触媒は、魔術の作用効率をあげる。これは、ノーマルガチャで。ボーナスガチャでも引くことができた。ただ、通常、貴族であっても潜在魔力は低い。本来は魔石ナシで、魔術を起動させることはあり得ないのだ。


 そして【天球儀の契り】では三傑や英雄ユニット達のサポートしか、プレイヤーはできない。でも信頼度を蓄積することで、愛の魔術(はずぃ)を起動できる。それも、プレイヤーレベル100を越えてから。序盤ではどうにもならないが、私は以前のプレイデーターを引き継いでいる。強くて、ニューゲームが可能な状態だった。


「……今、舌打ちしたよね? そりゃ、変な気遣いはして欲しくないけど、ちょっと度が過ぎてない?」


「ちっ」

「ちょっと?! また舌打ち?」


 ノリの良いのも、ジェイスの良いところ。つい、頬が緩みそうになるのを、私はなんとかこらえる。


 この間も、ずっと思考を巡らしていた。


 シナリオ通りなら、きっとウィリアム王子が悪魔デーモンに魂を食われる。

 犠牲になるのは、騎士団長の息子、レン。


 私がジェイスと接触したから、シナリオはもう動き出している。下手に、ジェイスを説得して、時間を浪費しなくても良い気がしてきた。


 だから私は、初級風魔術の出力を上げようとして――。


「待ってよ」


 私の手を掴んだのは、ジェイスだった。


如何いかがされましたか?」


 私は、できる限り失礼がないように、振る舞った。正直、前世は日本人。現世は村娘。まったく、社交界の礼儀なんて、知りもしなかった。今となっては、ホテルマナーの講義を取っておくべきだったと後悔する。


「ねぇ? こうも道が分断されたら、たどり着くのは無理だって。君は、僕をウィリアム殿下のところに連れていきたいんでしょ?」


 そりゃ、お見通しよね。序盤のジェイスなら、きっとココでごねる。ヘソを曲げてしまう。


 ――あんな奴ら、放っておけば良いんだ。


 あぁ、今もそう顔に書いてある。

 それだけ、元平民の彼には、貴族社会は窮屈なんだろう。まして、成人の儀式なんて、知るかって話で。儀礼を強要され。養父への恩を踏みにじるほど、恥知らずにもなれない。


 そこにプレイヤーが気付くのは、イベントをこなしてから。序盤のジェイスは、単なるクソガキにしか見えなかったけれど。それには、相応の理由があったワケで。


 ても、それなら彼に真意を問えば良いだけの話だった。

 ジェイスルートも。どのシナリオでも。


 彼らは、後悔を続けながら、次のシナリオを進めていく。それはそれで、胸を打つけれど。でも、どうせなら、最初からパーフェクトに行動して欲しい。


 だって、彼らは、この国を救ういずれ【英傑】になるのだから。規定通りに、シナリオを進めていけば、それは叶わない泡沫の夢とプレイヤーは知ることになるけれど。私は、もうそのシナリオは


「ジェイス様は、どうされたいのですか?」


 今も、余震で大地は揺れ続けている。

 後ろで、また木々が倒れるその音を聞きながら。


 正直、怖い。

 前世、最後の日と同じ光景に、動悸がする。抑えられない。。


 朦朧とした意識の中、妄想が私を支えてくれた。

 天球儀の契り――英傑の三人が、私を支えてくれたんだ。


 考えてみれば、ヒロインばかり選択肢の選択を強いる、乙女ゲーって、いったいどうなんだろう?


 私の選択で、世界が変わる。

 そしてシナリオが進む。


 でも、君の選択で、世界を掴み取っても良いんじゃないのだろうか? だって君は三傑ヒーローなんでしょう?


 ヒロインに重要な選択肢を託すなと言いたい。

 だから――。


 私は、ジェイスの銀髪をそっと撫でた。

 不敬罪って言われるのかもしれないけれど。


 ずっと、三傑キミたちを見てきたから。

 戸惑うジェイスを尻目に、やっぱり笑みが溢れる。


  ――だからさ、もっと格好良いジェイスを見せて?


 私、たくさん格好良いジェイスを知っているから。


 やっぱり自然と唇の端から、微笑みが溢れた。

 




■■■








 生温かい風が、頬を撫でる。それがやけに気持ち悪かった。


 何かが腐った臭いが、すぐそこまで押し寄せているかのような錯覚を憶えた。不快感が込み上げてくる。ダイアログで解説されるまでもない。事態は刻一刻と、悪い方向へ転がり始めていた。

 


「……君の名前を教えてくれないか?」


 ジェイスはそう言う。こんな状況だというのに、私は、自分でも破顔しているのが分かる。


 これでもかってくらい、きっと今の私は満面の笑顔を浮かべている気がする。

 だから私は――。


 ジェイスに向けて、小さく言葉を紡いだんだ。






________________


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