第40話 説明と諸部族連合

 ここは城塞都市エィル。その都市庁舎内部、都市長専用の応接室です。

 そこでわたくし、セラが出会ったのはかつて各地を流浪していた時訪れた、公国の北にある国家。諸部族連合に所属する外交官のリィナさん、そして妹で護衛武官のルゥさんでした。

 そのお二方は諸部族連合が察知した公国の危急を伝えるため、諸部族連合の国境から比較的近く、なおかつ伝手もあるここへ来訪されていました。

 もっとも、その情報は一歩遅く、既に王国の手によって公国首都は陥落。公王をはじめとした公族の方々も……。


 それを聞いたお二方は無念そうに顔を歪めていたわけです。

 それも仕方ありません。諸部族連合とアルデン公国は比較的友好な関係を築いていた隣国。その国家が実質的な滅亡をしていた、というのであれば……。

 ですが、お二方はお知りではありませんでした。アルデン公国公族の中では、公王陛下を除いてもっとも有名な姫騎士。公女殿下たるリーゼロッテさまが落ち延びられていることを。


 そのことを知ったお二方はしばし興奮していた様子でしたが、少し落ち着きを取り戻してきたように見受けられるので、改めてその経緯について説明します。


「まずはじめに、王国が公国首都アルデンを奇襲した時、リーゼロッテ姫殿下も首都におられたとのことですが、偶然か必然か。姫殿下麾下騎士団の副団長。氷塵のアリアさまが――」

「氷塵のアリア! 傭兵上がりの……!」


 わたくしの話を遮るようにルゥさまが驚きの、しかし喜色のはらんだ声をあげました。

 どうにもルゥさまはリーゼロッテさまとアリアさま。お二方にシンパシーを感じているようです。

 まぁ、確かにお二方もルゥさまと同じく魔法と剣、どちらとも扱える魔法剣士、とでも呼ぶべき存在です。そのことでシンパシーを感じてもおかしくありません。


 それはともかくとして、中断された説明を続けます。


「――こほん。ともかく姫殿下はアリアさまと協力して首都を脱出。追手を掻い潜り、時に切り捨てながらこちらまで逃げ延びられました」

「……ここに、いるんですか?!」


 リィナさんが驚きの声をあげられました。エィルに潜伏していると思われたのでしょう。ですが、それなら――。


「いいえ、こちらでは殿下を確認しておりませんなぁ」


 都市長より否定の言葉が入る。そうでしょう、ここにリーゼロッテさまがおられるなら、わざわざ隠す意図がありません。

 それを聞いたリィナさまは、どういうことだ。とばかりにこちらを睨んできます。


「それはそうです、わたくしが出会ったのはここではなく別の場所でしたから」


 ……正確には、わたくしは出会ってなかったんですけどね。


「今回、わたくしがここに来たのはその辺りのことも関係していまして」

「……ふむ?」


 都市長が考え込む仕草をなさいます。なぜエィルへ来訪されなかったのか、理由がわからないのでしょうね。


「そも、姫殿下が首都を脱出した後も追撃を受けていたらしいのです。それで、その一部がこの都市の先にある開拓村を襲撃しまして……」

「なんと、そんなことが……」



 開拓村が攻撃されたことに驚く都市長。なんと言ってもあの開拓村は、本来、公国の貧民の流刑地という側面もあった。

 しかし、セラの話ではリーゼロッテたち二人はその場に現れ、人々。罪人やその家族を救出したように感じさせる。それを困惑していた。



 もちろん、真実は少し違います。リーゼロッテたちは開拓村がそんな意図を持っていたことなんて知らなかったでしょうし、さらに言えばダンジョンマスターの誘導がなければ、おそらく集落があることに気付いてすらいなかった筈です。

 そして、わたくしはその意図を話す必要がなかったので何事もなく話を進めます。


「ともかく、そういうことで姫殿下とアリアさまが開拓村の窮地を救われたわけですが、それでも一定の被害は出てしまっていました。ですが、姫殿下も逃亡中の身。それで偶然開拓村へ居合わせたわたくしに後を任せ、村を去られました」

「それで、リーゼロッテさまは何処へ……?」


 諸部族連合の外交官として気になるのでしょう。リィナさんはわたくしへ問いかけます。


「えぇ、姫殿下は婚約者。アレク殿下を頼られ、帝国へ落ち延びられましたよ」

「……帝国へ」


 リィナさんの口からぎりぃ、と歯の軋む音が聞こえました。仕方ありません。諸部族連合にとって帝国、そして王国は仮想敵国。そこへ姫殿下が落ち延びられたなどという情報を得て苛立つな、というのは無理な話です。

 そもそも、なぜ王国と帝国。この2つの国家が仮想敵国なのか。それは二ヶ国に同じ特徴があったからです。

 それは、二ヶ国とも亜人の人権を認めていない、というもの。

 ゆえに公国には存在しませんでしたが、二ヶ国には亜人――エルフやドワーフ――の奴隷が存在していました。

 また一部の貴族ではそれらの奴隷を得るのが目的の、エルフ狩りやドワーフ狩りなどが公然と行われていました。


 それらが公然と行えるのは二ヶ国と諸部族連合の力に圧倒的な差があったからです。

 たとえアルデン公国が協力したとしても、精々王国か帝国。どちらかの国と拮抗するのが精一杯で、まず勝つことが不可能。しかも、この件に関しては二ヶ国が協調する可能性が高く、そうなってしまえば連合も公国も滅亡をまぬがれません。

 現状では打つ手なし、というのが現実です。

 ……しかし、未来はわかりません。もしダンジョンが、マスターさまが力を伸ばすことができれは……。

 まぁ、そちらも帝国の援助を得た姫殿下の意向次第で流れが変わる可能性は十分ありますが……。


 ともかく、今のうちに。リィナさんたちが平静さを失っている今のうちに伝えておきましょう。すなわち、スラムの民たちについての話を……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る