の消失


俺はシャーペンを握り直す。するとホウが再び口を開く。


「しかし、乳房はなくても母乳は出るぞ」


「えっ、そうなのか」


しまった。つい反応してしまった。


「男性だろうと、乳腺さえあれば母乳は出せるんだ」


「ふーん、ならおっぱいって何のためにあるのさ?」


「それを今から考えようじゃないか」


ホウはパチンと指を鳴らす。


「たった今、世界から    が消えた」


なぜか部分的に声が不明瞭になるが、

何を言いたいのかは、伝わってくる。

    が不要かどうか検証したいなら

    が無い時に何が困るかを

考えてみればいいじゃないかという魂胆。


今、少なくともこの部家の中にいる人間は、

誰も    の事など知らないし、

誰も    の事を思い出せない。


「まず、世界から    が消えても、

人間には相変わらず雌雄の区別はあるし、

有性生殖は普通に持続できるだろう」


「うん、    が無くなるだけだからね」


「そして    が無くなることで

誰かが不自由するわけでもない

    はなくてもミルクは出るし、

    があったら肩が凝るだろうし、

走りにくいし、動きにくくなるだけだ」


「    があっても困るだけだったら

本当に必要ないってことになるね」


「いやいや、デメリットこそ

メリットかもしれないだろう」


「というと?」


「    は基本的に切り離せないが、

邪魔ではあれど致命的障害ではない」


「うんうん、ちょっと邪魔、くらいな」


「しかし    が邪魔であることは

覆しようのない事実であるから、

    ホルダーは配慮されるべきだ」


「ホルダーて」


「結果、    を持つ人間は

戦闘員からは外されてしまう代わりに、

激しい動きを伴わない作業を担わされる」


「話がジェンダー論めいてきたけど

その理屈だと    の無い人は

家事を任されないことになるはずだよね」


「もちろん、先天的な要素としては

他にも筋肉量とか肺活量とか、

どうしても埋らない性差はあるだろう」


「オリンピックでも男女でだいたい

基本出場規格が別々だもんね」


「    はそうした性差を考慮せよと

視覚的に伝える顕明なシグナルとも言える」


「つまり    は性別分業を促す

自然からの贈り物だったってことか?」


「自然と言うには、社会学的すぎるかもしれない」


「おい、まだ議論するつもりかよ、勉強しろ」


俺の忠告なんて無視してホウは指を鳴らす。


「いまからおっぱい復活だ」

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