第16話 沖縄に向けて

夫と沖縄旅行に行く日が近づいてきていた。顔を合わせれば言い争いになる今日この頃だけど、沖縄は行きたいし、キャンセル料はかかるし、ということで、暗黙の了解で予定通りいくことになっていた。


いままで旅行に行くときは、どんな服を持っていくか、夫にいろいろ見せて決めてもらっていたけれど、今回私は、自分一人で決めることにした。


胃カメラから1か月が経った。この人は、本当に検査に行かないつもりなんだな、ということと、検査を拒否しているんだから、余命、という言葉が現実味を帯びてくるんだな、ということがやっとのことで腹落ちし始めた。


今まで、どれくらい、どんなことで夫に頼っていたんだっけ?お金の管理。旅行の行先や持ち物。家具の選択。考えてみたら、私がこだわりがないからなのか、面倒くさがりだからなのか、ほとんどのことを夫が決めていたことに気づいた。


私、一人になるんだ。そしたらどうしよう。


だからと言って、検査なんか行かなくて大丈夫だと言い張っている人に、お金の管理ってどうやってやってるの、とか、いなくなる前提の質問ができるはずもなかった。


旅行の日。こんなに楽しみじゃない旅行はしたことがない。空港の雑踏も、クリスマスの華やぎも、すべてがうっとうしく感じられた。


夫は離陸までの待ち時間、ミチコに電話してくるわ、と言って荷物を置いてどこかに行ってしまった。


私、何やってるんだろう。本当だったら沖縄に行くなんて、すごく楽しみなはずなのに。夫がミチコに電話をする間、なぜ荷物番なんかしてるんだろう。


搭乗開始のアナウンスがあり、夫が戻ってきた。


お待たせ。行こうか。


そしてこんな時、なぜ何事もなかったかのようにふるまえるのか。ミチコが勝手に私に会いに来たからと言って、私が認めていると思ったら大間違いだ。とはいえ、私が認める、認めない、などは二人の関係にこれっぽっちも影響しないということもわかっていた。


沖縄なんか行って、楽しいのだろうか。


私は搭乗の順番を待ちながら、楽しいことを全く考えられずにいた。


飛行機の中で、夫は確実に寝るだろう。いつもそうするからだ。私はその時間、ガイドブックでも読んで、何か楽しみなことを見つけよう。惨めな気持ちでいたら、もったいないし。


とはいえ、自分たちの席を見つけて座ったら、急に眠気に襲われた。少し、目をつむって休もうか。しかしここで眠ってしまったら、永遠に起きられないかもしれないなどと不思議なことを考えていた。

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