第十三話 教会侵入

「仔空。仕事を頼みたい」

「またですか。教会に繋がる傭兵を何度も使うとは豪胆な方だ」


 哉珂が協力を仰いだのは教会の傭兵である仔空だった。以前と同様、金で寝返ってもらう作戦だ。


(仔空は教会の中を知ってる。でも信仰心は無くて強いなら手を借りるには最適だ)


 それでも哉珂の頼みは困る内容だったのか、仔空は苦笑いをして腕を組んだ。

 けれど哉珂はすかさず朱の部屋から持ってきた箱を開けて見せる。片手で持てるくらいの大きさだが、黄金の装飾が施されていて箱だけでも高額そうだ。

 だが開けた中身はもっとすさまじい。中には金がぎっしりと入っていた。

 金を見た仔空は目を大きく見開き、無意識的にか前のめりに覗き込む。


「こんな物を持ち出すなんて。一体どういうおつもりで?」

「そういうつもりさ。給金は言い値でいい。依頼内容は教会内の偵察と案内だ」

「はは! そんな大金を見せて言い値ですか。ではその箱ごと全てと言ったら?」

「構わない。先払いで一箱と、成功報酬でもう一箱渡す。それでどうだ」

「……これはこれは。豪胆どころではありませんね」


 何のためらいもなく哉珂はぽんと箱ごと渡し、仔空は枚数を確かめ始めた。

 金は上だけだったり上げ底だったりするのだろうかと威龍も疑ったが、中身は間違いなく金だった。

 こんな大金をほいとやり取りするなんて、節約が基本の隊商が不憫になってくる。

 仔空は金を全てを数え終わり箱の装飾の隅々まで確認すると、にっと笑って大きく頷いた。


「ご依頼お請けする。見合う働きをすると約束しよう。具体的にやることは決まっていますか」

「まず教会内部を教えてくれ。大人数を隠せる場所と来賓を招く場所はあるか?」

「ありますよ。用途はともかく、建物自体は一般的な役所と変わりません。執務室や書庫、多目的広間、食堂、調理場。そして地下室」


 仔空は木の棒を拾って地面の土に図を描き始めた。大きな円の中央にもう一つ円を描き、その横に長方形を描く。


「敷地はおよそ円状。中央にある祈りの塔を境に、奥が教徒である職員専用の区画で手前が一般開放区です。一般開放区は元々役所。ここの職員は役人で、必ずしも教徒じゃありません。純粋な教徒職員は羽根飾りを付けている数名でかなり少ない」

「教徒職員と一般職員の扱いは違うのか?」

「違います。教徒職員は正規雇用で一般職員は有期雇用。実働の差異は神子に会えるか会えないかくらいですね。でもこれはあまり重要じゃない。教徒以外は神子に興味がないですから」

「なるほど。じゃあ来賓と対面するならどこだ?」

「祈りの塔です。対外的に立派な教会と思ってもらえる建物はあそこくらいですよ。教徒職員区画は普通の建物ばかりなんで。けど他の神子は祈りの塔にはいません」

「祈りの塔って笙鈴さんがいるんだよね。笙鈴さん以外の有翼人っているの?」

「いますよ。ただし祈りの塔ではなく聖堂の地下に隔離されています」

「やっぱりな。地下ってのは牢か?」

「入ったことが無いので分かりません。ただ備蓄倉庫も地下にあるので全域が牢ではないでしょう」

「その有翼人たちに会いたい。見つからないよう地下へ手引きして貰えるか」

「いいですが、危険の伴う依頼は別料金ですよ。頂いた分とは別にいただく」

「しっかりしてる。前払い金一で成功報酬は金一。どうだ」

「いいでしょう。では私が警備に当たる今日の夜決行でどうですか。宿泊者の世話で職員がばたついてるので注視されにくいでしょう」

「いいな。よし、じゃあ夜に行こう。荒事になれば威龍と雛の保護を優先してくれ」

「承知しました」


 哉珂と仔空はぐっと握手を交わした。荒事にも戦闘にも不慣れな威龍はどうしていいか分からず、分かってるふりをしてうんうんと頷いて誤魔化していた。


*


 そして夜になり、威龍と哉珂は当初集められた会場へと戻った。

 会場にはぎっしりと布団が敷き詰められていて皆眠っている。


(子供も年寄りもいたと思ったけど、若い大人ばっかりだな。個室にいれたのかな)


 僅かにだが状況は変わったようだったが、やはり監視されている印象はある。

 威龍と哉珂は彼等を横目に仔空と共に奥へ向かう。一般開放区と祈りの塔との境界には仔空と同じような傭兵が立っていた。

 哉珂と仔空は目を合わせ無言で頷くと、仔空は見張りの傭兵に声をかけた。

 威龍には会話が聞こえないが、二、三会話をすると傭兵はあくびをしながらその場を離れて行った。その姿が完全に見えなくなると仔空が手招きをしてくれて、哉珂と威龍は足音を立てないよう近寄った。


「夜が明ければ交代です。それまでにお戻りを」

「分かった」


 仔空は地下へ向かう通路を指差した。扉は無いが、壁には何かが取り付けてあった跡がある。おそらく扉を取り外したのだろう。


「有翼人は匂いに弱い。通気口にするため扉を外したようです」

「そんな大事な場所の警備を傭兵に任せてるの? 普通神官同士でやりそうだけど」

「その通りです。ですがここの教徒職員は傭兵を使い慣れてるんですよ。傭兵専用契約書は雛型まで用意されている。裏切ればどうなるか、行動一つ一つに緻密な罰則があるのでこちらも順守せざるを得ない。とても温室育ちの神官とは思えません」

「つまり単なる神官じゃないってこと?」

「私が見る限りではおそらく。少なくとも法を理解しきった知恵者がいるでしょう」

「そういう重要な事は先に言ってくれよ。打つべき先手が変わってくるじゃないか」

「聞かれなければ必要以上の情報は渡しませんよ、傭兵は。全情報を開示しろというご依頼は請けていませんよ」

「なるほど信用できる。あとで追加料金を払おう」

「有難うございます。ここは誰一人通さないようお約束いたしますよ」


 哉珂と仔空は顔を見合わせて、理解し合ったかのように笑った。

 そして仔空は地下への階段を降り始め、威龍と哉珂も付いて降りて行く。

 少し進むと幾つか個室があった。しかしその全ての扉が取り払われていて、換気には相当気を使っているようだった。


「地下のわりに埃っぽくないね。空気も籠ってないし、何か良い香りまでする」

「目的はどうあれ有翼人が生活しやすい状態にしてるんだろう。ああ、ほら」


 哉珂が指差した先にあったのは大量の薫衣草だった。

 一面紫色の薫衣草畑で、辺りにはふわりと良い香が漂って来る。


「有翼人は川や花、自然を好む者が多い。自然が無ければ羽変色をするくらいだ」

「へえ。雛もそうかな。魚も焼いてあるより生が良かったりする?」

「知らん。生活面は薄珂に聞いてくれ。有翼人専門医との繋がりもあるから詳しい」

「……薄珂たち無事だよね」

「絶対無事。あいつほど利用価値が高く、自ら利用する頭を持つ奴を俺は知らない」

「でも朱さんは分からないじゃないか。代理をするだけの人なら薄珂ほどの価値が無いんじゃないの?」

「薄珂が守るさ。お前も言ったろ。信頼できる保護者が必要って。薄珂には朱が必要なんだ。味方が多ければ多いほど立珂を守る手段になる。絶対に朱を手放さない」

「あ、そっか。立珂もまだ小さいもんな」

「それより困るのはこっちだ。もし薄珂たちの意思で教会に付かれたら俺らは一方的な侵入者で簒奪者になる」

「でもそれは、助けちゃえば」

「教会に付く方が立珂に良いなら分からないさ。薄珂の最優先は立珂であり、そのためなら今の味方も迷わず切り捨てる。金や情じゃ繋いでおけないんだよ。そして立珂の最優先も薄珂だ。厄介だぞ、あの兄弟は」


 ぞくりと威龍の背に寒気が走った。

 あの優しい笑顔から非情な事をするようには見えないが、立珂とじゃれている姿を想えばそうするようにも思える。

 威龍はちらりと哉珂を見た。威龍は長く世話になった隊商を離れたが、同じように哉珂と離れる時も来るのだろうか。

 だが人は一人では生きていけない。だから隊商は多種の技能を求めるし、威龍はそうするのが正解だと思っている。

 けれど薄珂はそれらをすてても生きていくだけの力があるのだろう。


(それくらいできなきゃ一人で雛を守り切る事はできないってことか)


 知れば知るほど薄珂は遠い存在に思えてきて、今自分が助けに行く必要があるのかさえ分からなくなっていた。

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