第五話 羽民教教会(二)

「どういうおつもりです! 勝手にこのような!」

「俺が良い状態にするって言ったろ。侵入者対策だよ」

「侵入者⁉ まさか我らが神子様に何かをするとでも⁉」

「万が一賊が入り込んだらって言ったのあんただろ。同感だ。俺も対策を取る。それも『神子様』を守るため。複数の目線で防御を敷けば雛の安全度はさらに増す。何か問題でも?」

「……護衛を連れて参りました。ご確認ください」


 神官は否定も肯定もしなかった。ここまでされるとは思っていなかったのだろう。

 哉珂にも聞こえるような大きなため息を吐いてから後ろを振り返ると、そこにいたのは筋肉の盛り上がった屈強な男だった。

 腰に剣を下げており、軽装だが神官には見えない。戦闘要員である事は明らかだ。

 哉珂はまた一歩前に出て護衛だという男に向き合った。


「名前は」

仔空しあと申します。神子様のお世話係も兼ねますので何なりとお申し付け下さい」


 仔空は恭しく頭を下げた。筋肉が盛り上がる屈強な体系で、見るからに強そうだが赤い指輪というお洒落もしていた。服も上質な生地のようで上品さも感じる。


(隊商も傭兵を雇う事はあるけど大違いだ。教会って金持ちなのかな)


 不慣れな土地や野生の獣が闊歩する深い森を抜ける時は、戦闘ができる傭兵を雇うのはよくあることだった。

 だがそれも金額により兵の質は大きく異なる。こんな立派な傭兵を見るのは初めてだった。


「神官の体つきじゃないな。武器類は全て預かろう。あんたに悪意が無くともこいつらが怪我を負う可能性がある」

「そんな。それでは戦う事ができません。神子様をお守りできません」

「嘘を吐け。その拳、あんたは肉弾戦だろ。常時剣を扱ってる手じゃない」


 神官は驚いたような顔をして、威龍も仔空の手に目をやった。

 仔空の手の甲や指の節々は腫れあがっているが手のひらは綺麗なものだ。剣を使う訓練をしているのなら手の内側にたこができるのが普通だ。

 つまり彼が戦闘中に使うのは剣では無く拳の外側という事になる。

 仔空はくすりと笑みを浮かべると、胸に手を当てぺこりと頭を下げた。


「素晴らしい観察眼でいらっしゃる。ご指摘の通りです。武器は全てお渡ししましょう」


 仔空は腰に下げていた剣と懐から短剣を一つ取り出し、哉珂に渡した。


「どっちも南東で主流の形状だな。西の瀘蘭では見ない。私物か?」

「はい。基本的に使いませんが、野営では動物を狩る事もございますので」

「短刀だけ威龍に持たせてもいいか? こいつは武器を持ってないんだ」

「構いません。差し上げますよ。ですが剣技に覚えが無いのなら逆に危険だ。見たところ筋力はおありのようですし、こちらの方がよろしいかと」


 仔空は腰に下げていた革袋を外し威龍に差し出した。

 紐を解き開けてみると、中には片手で握れる程度の石が詰め込んであった。


「これを投げるの? ぶんって」

「はい。人は多少肉が切れても動けますが脳震盪を起こせば倒れるし、目を潰せば動けなくなります。必ず頭部と顔面を狙って下さい」

「……自信はないけど頑張る。有難う。顔ね、顔」

「いいな。あんたは俺が雇おう。教会との契約は今ここで破棄してくれ」

「なんですって⁉」


 哉珂の言葉に驚き前のめりになったのは神官だ。ついに拳を握りしめ震えている。

 仔空は一瞬目を丸くしたが、過剰には驚かず微笑み返してくる。


「一日銀一でどうだ。教会との違約金が必要ならそれも俺が払う」

「では違約金の金一と先払いで銀一を頂きます。ただし現雇い主への恩もある。勤務地は教会とさせて頂きたい」

「構わない。依頼は威龍と雛の警備だ。それ以外の現場指揮は教会に従って構わない」

「良いでしょう。神官殿、そういうわけですので」

「……教会と契約の無い者を置くわけに参りませんね。それは許可できません」

「何言ってんだ。こいつは教会が認めた手腕で神子様を守るんだ。しかもあんたらは給料を払わなくていい。神子様を守りたいなら最高じゃないか」


 神官はぎりぎりと拳を震わせ、ふんっとそっぽを向いた。

 ここまでされたら追い出してもよさそうなものだが、それでも神官は無理矢理溜飲を下げてこくりと頷いた。


「神子様の御身のためです。ご提案の通りに致しましょう」

「どうも。じゃあ鍵を寄越せ。開閉は全て俺がやる。俺以外の入出も威龍と雛への接触は許さない」

「分かっております。ではあなたのお部屋もご案内致しましょう」

「いい。俺は窓の外で待機する。他の神官に不審者ではないと共有してくれ」

「そんな。危険は無くとも夜は冷え込みます。お風邪を召されますよ」

「一晩くらい問題無い。それとも保護者の俺がこいつらの護衛をすると困るのか?」

「……よろしいのなら構いません。部屋がご入用になればお声掛け下さい」


 やはり神官は肯定も否定もしなかった。こちらの不信感を煽る素直な反応は後ろ暗いことなど無い証拠に思えてくる。

 神官は鼻息荒く部屋から出て、仔空は礼儀正しく頭を下げてから出て行った。


「けっ。なーにが神子様保護者様だ。ふざけるなっての」

「厳しすぎない? ちょっと可哀そうだったよ」

「こんな怪しい連中を信用できるかよ。とにかく一先ず休め。朝起きたら窓から出て来い。教会の中はうろつくな」

「分かった。雛はゆっくり寝てて大丈夫だからな。いっぱい休むんだぞ」


 それから日が暮れるまでは窓越しに哉珂と話しをしながら過ごした。

 食事を用意すると言ってくれたがそれは断り、哉珂が街で買ってきてくれた弁当を食べた。干し肉だけの生活も多かった威龍には辛い事ではない。

 雛には薬局で買った離乳食を食べさせるとすやすや眠ってくれた。

 眠った雛を寝台に寝かせ、自分も寝ようと思ったが雛に万が一の事があるかもしれないと思うとなかなか寝付けない。


(徹夜でいいか。飛んで逃げるなら起きてないといけないし。雛は抱っこしておこう)


 威龍は身体を起こし、いつでも鳥になれるよう服を全て脱いで布団を羽織った。

 ふいにぐずり始めた雛を膝に乗せて寝台に座ると、ふいに窓の外でばさばさと大きな鳥が飛んでいるのが見えた。


(鴉じゃないな。鷹? 野生にしちゃ大き――あれ? こっちに向かってないか?)


 鷹は迷わず一直線にこちらへ向かってきた。思わず雛を強く抱きしめるが、鷹は窓の外でばさりと羽ばたき哉珂の前に降り立った。


(ここまで人に慣れてるなんて野生じゃない。獣人だ。鷹獣人なんて初めて見た)


 威龍は隊商案内を仕事にする者以外で鳥獣人を見たことが無い。

 特に鷹のような猛禽類は軍人や傭兵として登用される者が多く、一般人が目にする事はほぼ無いと言われている。

 哉珂はしゃがみ込み、ぼそぼそと鷹に何かを告げていた。話している内容は聞こえないが、鷹の方はこくこくと頷き再び飛び立っていった。


(考えがあるって言ってたけどそれかな。徒歩で華理目指してたなら案内役の鳥獣人を雇ってても不思議じゃない)


 哉珂との付き合いはまだ数日だ。それでも考え方は現実的で用心深い性格なのは分かっている。そうでなければ労働契約書の穴など気付きもしないだろう。

 そんな細かな気付きをする人物が案内役無しに山道を行くとは思えない。


(俺ももっと注意深くいるようにしよう)


 雛はすやすやと眠っている。あまり夜泣きもしない子で、日中はしゃいだりお腹いっぱいだとすぐに眠る。

 威龍は雛を抱いたまま寝台に座り、眠らずに見張りをした。

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