田中の青春ブルース

家ともてる

第1話 愚か者のフィロソピー

 私は他人を解ったように語る奴が嫌いだ。


 高校生になり一ヶ月、幾分か大人になったように感じていたが、やれ誰君が誰さんを狙っているだあの子は性格が良いだ悪いだの、中身の無い話ばかりではないか。


 まったく。他人の人格について、第三者にさも「私は彼のことを解っている」とでも言いたげに語ってしまうのは非常に傲慢かつ、愚かしい行為である。

 かくいう私は中学生時代、その傲慢で愚かしい行為の対象としてクラスの調和を守り、時には笑いを生み出すムードメーカーな存在であった。

 そんな思い出したくもないような過去を捨て、私は今、クラスで一人なのだ。


 そんな私の脳内トークを遮るかのように、男子クラスメイトのうるさい顔がスマホを見る私の視界に入ってきた。


「田中!おまえ部活は決めたんか?部員が少ないから一緒にソフトテニス部に入ってくれよー。おまえ、どうせやりたいことないんだろ?」


 先生が来たら授業が始まってしまうというタイミングで、なんてやつだ。決めつけから入るタイプにろくな奴はいない。

 そんな輩には中学校時代にラップの練習で鍛え上げた私の活舌を披露してあげよう。


「すまない。私は将来のことについて思索を巡らせているところだ。ソフトテニスか。主にアジアで発展を遂げ、1990年代前半にルールの改定と共に正式名称が定まった競技だな。主にダブルスで行う競技という認識でいるのだが、あいにく私はシングルプレーが好きな性分であるので、この度の招請については遠慮させて貰う。すまない。」


 電光石火の早業である。

 大半の者は、私の言葉が新幹線ハヤブサがトンネルに突っ込むような速さで、頭の中を突き抜けたであろうことは間違いなかった。


「お、おう。そうか、なんか悪かったな...」


 そう言い残して去っていく背を見て私は、はっと重要なことを思い出した。確かにあいつの言う通り、入部する部活動を決めないといけない時期になってきていたのだ。我が校では部活動への参加が生徒の義務になっている。


 それを遵守しない者は不良学生としてのレッテルを貼られ、小部屋でアツい指導を受けた後に誰もその活動内容を知らないような部活動に強制的に入部させられるという噂もあるのだ。


 しかし、入試という振るいによって一定以上の学力を保証された生徒たちの中にルールを犯す者は少ない。

 いったい、数十年前の学生らによって示された意志や論意をお上に主張する、果敢なる実行主義の精神はどこへ身を潜めてしまったのか。

 これは学校による我々の自由意思への冒涜ではないか。校長を呼べ、私は屈指ないぞ!


「ほら、星野!授業を始めるぞ」


 私が憤っている間に、先生が到着していたようだ。見境なく部活動勧誘をするあいつを注意している。

 私はそれを横目に、入学時に配布された部活動の一覧表を思い出しながら教科書を開いた。




 午後三時半。すべての授業が終わった。

 さて、帰りにある、昔からの文具店の代わりに入ったカフェにでも行ってショーペンハウエルの『知性について』でも読もうか。そう腰を上げかけた時、そいつは私に声をかけてきた。


「自分、暇やったらメンツに入ってくれへん?もう一人くらい欲しいんよ」


 顔を上げると私よりも頭一つ分は高そうなやつが壁のようにして立っていた。

 そいつの後ろをちらっと見ると机の上に置かれたオセロ、トランプ、将棋を囲むようにして男女数人が急かすようにしてこちらを見ている。


「これから帰宅道中に出来たカフェにでも行こうかと思っていたところだ。すまないが別の人をあたってくれ」


「まーまー、そー言わんと一時間くらい付き合ってや。悪いようにはせんて」


 まるで違法賭博にでも誘っているような言い回しである。

 元来、私は人付き合いが嫌いであったり、苦手というわけではない。何なら友達は百人でも二百人でも欲しいとすら思っているので、良い機会と思われた。


「わかった。では一時間だけ」


「おっ!良いやん。ほなこっちに来て座り。これから誇りをかけたバトルをすんねん。負けたら1つ、なんでもそいつの言うことを聞くって罰があるさかい、本気でせえよ」


「ちょっと良助!私そんなの聞いてないよ!」


 1人の女子クラスメイトが楽しそうに抗議しているのを横目に、私は軽い憤りを覚えた。

 なんということか。結局のところ、この男子クラスメイトと女子クラスメイトがイチャイチャしながら、勝った負けたの乳繰り合い、最後には一緒にディズニーにいこ?のようなハッピーエンドで終わらすつもりか。そんなの茶番ではないか!


 私はハッピーではない。

 その権利は平等であるべきだ。

 女子生徒とディズニーでお揃いのカチューシャをつけイチャイチャしたいなどとは網戸のマス目ほども望んでいないが、私にも女子生徒とディズニーに行く権利くらいはあるはずなのだ。


「ほんなら、最初はUNOやろーや」


 良助とやらがゲームを指定し、私の放課後が幕を開けたのである。

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