奪われ続けた少年が機械仕掛けの鬼になる話

へぶほい

第1章 誕生編「名前はサムデモン」

第1話 奪われた星

 ――21世紀、現代。とある大国の、とある街にて。


 光輝くファミリーレストラン。その裏路地のゴミ箱を漁る少年が居た。忙しなく手を動かしており、疲れているのか額には汗が見える。

 お目当ては、客が残した残飯と、ごくたまに見つかる金銭とその価値があるもの。

 彼は、ストリートチルドレンだった。

 

 彼には自分を擁護してくれるような保護者が居なかった。というより実の親に捨てられ、このような生活を強いられていたのだ。もっとも、親の元を離れなかったとしても、貧困なのは同じため、結果は大して変わっていなかっただろうが。



 街灯に照らされる彼の姿が、通行人の目に映る。しかし、通行人は眉をひそめるだけで、スタスタと歩き去ってしまった。

 この街では、それが当たり前の反応だった。今ゴミ漁りをしている彼だけが特別なわけではなく、似た境遇の子供はいくらでもいる。そして、生活が安定している人間からしてみれば、あまり関わり合いたくない存在だった。


 しかし、それでも少年は生きる意志を曲げたりしなかった。それも、彼なりの拘りがあり、人間として自分を尊ぶ健全な精神さえも持っていた。

 彼は、命が掛かっていても自分のポリシーに合わない事は絶対にしないし、将来は普通の生活をする、という夢をも抱いている。

 最低な状況に立たされてなお、人並みに生きるという目標が心にある彼は、自身のプライドに従って今を生きている。決して現実的とは言えないが、それこそが今の彼を動かす原動力だった。


 それに、彼には同じ志を持つ相棒が居る。


「サム! 店員がこっち来る!」


 件の相棒に、少年は「サム」と呼ばれた。名前が無かったサムに、この親友が仮として名付けたものだったが、サムはこれを気に入り、結局そのまま定着している。


 そして、焦った様子でサムに警告をする少年の名はビリー。

 サムと同じく、ビリーという名は、親友であるサムに名付けられたものだ。

 ビリーには生みの親が付けた名前があったが、実の家族と絶縁し、サムと同じ道を行くと幼いながらも決心した時に、その名前は捨てた。


 それから2人は、一緒に食事をし、同じ時間に寝るほど、ほとんど同じ時を過ごす家族になり、人生を共にする親友となった。



「マジか……! まだ全然とれてないのに!」


「何やってんだよ! 今すぐ逃げないと捕まるぞ!!」


「ちっ、クソ!」


 大した収穫を得られないまま、2人は路地裏の奥へと駆け出した。食いかけのピザやパンがそのまま入っているリュックが、走る度に重々しく揺れている。

 少し走ったところで、先ほど漁っていたゴミ箱の元に大柄な男がやって来る。男が首を回して辺りを見ると、不幸なことに2人は逃げる姿を目撃されてしまった。

 大柄な男は、彼らを逃がす気は無いのか、サム達を全速力で追いかけ始める。


「まずい! 急げ!!」


 ビリーの切羽詰まった声色と、後ろからドンドンと迫ってくる大きな足音に、サムの緊迫感が増す。さらに不幸なことに、2人はここ数日、まともな食事をとっていなかったため、体力がほとんど残っていない。

 すると、こんな時に何かに躓いたのか、ビリーが派手に転んでしまった。サムは体を静止させ、後ろを振り返る。

 縋るようにサムへ目を向けるビリーの背後から、今もなお、勢いを落とすことなく男がこちらへ迫ってきている。絶望的な状況だったが、サムの選択はひとつだった。


 ビリーを起こそうと踵をかえしたサムだったが、想像よりも相手の動きが速い事に気が付く。内心で舌打ちをしたサムは、そのまま男へ飛び蹴りを仕掛けた。

 しかし、子供と大人では話にならない力の差がある。体格はもちろんの事、まともな食生活を送れていないサムの身体は、同年代の子供よりも遥かに軽く、相手の体幹を崩すほどの大した力は出なかった。


 繰り出した足は易々と受け止められ、相手の勢いが凄まじい突進に、サムの身体は吹っ飛ばされてしまう。


「このガキ……!」


 男は蹴られた腹いせとばかりに、横たわったサムの身体へ思い切り蹴りを入れた。

 腹を抉るようなとてつもない衝撃に、サムは嘔吐感をこらえることが出来ず、吐き出す物も無いため、代わりに胃液を地面にぶちまけた。


「やめろ!!」


 起き上がったビリーが、男の背中を力いっぱいに何度も殴りつけた。しかし、男は鬱陶しさを感じるだけ。

 男の矛先がビリーに変わり、その小さな体躯を吹き飛ばした。サムはそれを見て声をあげようとするが、息を吸うのがやっとで、うなだれることしかできない。


「てめえら、まえ来てたのと同じ奴らだな!? ネズミみてえにゴミ箱なんざ漁りやがって……もう二度と俺の店に近づくんじゃねえ!!」


「う、ぐ……どうせ捨てるもん貰って何がわりいんだよ!!」


「知るか!! てめえらが店の前うろつくだけで客が寄ってこなくなんだよ!! 人の迷惑考えて物を言えガキどもが!!!」


 男の言い分は非情であったが、間違いではない。実際に、彼らのようなストリートチルドレンを含め、物乞いを生業とする人間が良い印象を与えることは無いのだ。客として店を利用する人間からすれば、それは不快なだけだろう。

 貧富の格差が激しい街だった。こうして大の大人が子供を痛めつけても、きっと金で免罪符が買えてしまう。この光景に声を上げる人間は、きっと居ない。


 あれから数分、ビリーとサムは代わる代わる殴られ、蹴られ続けた。呼吸することすらままならない。時折、体を震わせる以外に目立った動きを見せること無く、2人は地面にひれ伏していた。


「はぁ、はぁ……そのカバンの中身は勘弁してやる。だが、これに懲りたら、身の程を弁えやがれ」


 疲れたのか、それとも加虐心が満たされたのか、男はそんなセリフを吐き捨て、悠々と光あふれる街の中へ去っていった。

 男がうす暗い路地裏から消えると、まずサムがゆっくりと起き上がった。あちこち痛む体に鞭を打ち、横たわるビリーへ声をかける。


「おーい、生きてるか」


「う……もう少し休ませて」


 うめき声をあげながら仰向けになったビリー。頑張って起き上がろうとしたみたいだが、どうやらサムより容態が悪いらしい。

 力になってやりたいと思うサムだったが、彼にもそんな余裕は残されていない。


「ほらよ」


「ああ、サンキュ」


 サムはせめて、リュックの中にあった食糧をビリーの方へ投げた。ビリーは寝転びながらピザの欠片を食べ始め、サムもリュックの中から適当なものを食べる。

 なるべくエネルギーを温存するためか、2人は食事中に喋ることが無かった。

 そして2人は、あえて言葉を交わすことなく、今日はこの場で野宿しなければならない事を、段々に悟っていった。


「……なんでこう上手くいかないかな」


 ビリーがポツリとそう呟いた。らしくもない発言をするビリーに、サムはその言葉の真意を理解できずに黙っている。サムのその様子を察したのか、ビリーは補足するように言葉を紡ぎ始めた。


「本当だったら、こんなにボコられたとしても少しは腹が膨れてる筈だったろ。……それなのに、今はあちこち痛む身体を休ませようとしても、腹が減ってるせいで寝れない。……なんでかな、って」


 ビリーは無表情のまま、雲がかった夜空を見てそう言った。

 しかし、サムはそれを聞いてもビリーが何を言いたいのか分からなかった。ビリーが言っている事は、今起きている出来事をそのまま説明しているだけだったからだ。その言葉に別の意味があることはサムにも分かっていたが、考えれば考えるほど混乱を極めるだけだった。


「なんで、って……普通にしくじったからだろ。なんだ? 肝心なところでコケたのがそんなショックだったのか?」


 ビリーの発言の意図を汲み取れないサムは、あっけらかんとそう言った。


 ビリーは、また自分なりに言いたいことを伝えようとするが、その前に、先ほどのサムの発言が、彼の中で引っかかってしまった。


「は? なんだそれ……。まるで俺がコケたから失敗したみたいな言い方」


「ん? 実際そうだろ。あのまま逃げきれてれば、収穫は少なかったけど……家には帰れたしな」


 サムに悪気があるわけではない。理屈を優先する彼の性格が災いし、言葉を選ぶのが下手なだけなのだ。こんな言い方だが「さっきは仕方なかったことだ」とサムも心の中で割り切っている。


 しかし、少なからず負い目を感じているビリーにとっては、サムの言葉に意地の悪い悪意を感じざるを得なかった。


「ふざけんな……! そもそもお前が漁るの遅いから、さっきの奴に見つかっちまったんだろ!」


「はぁ? なんだよ急に。俺が悪いってのか?」


「ああそうさ。いつも動きが遅いんだよ、お前は」


「あ? 本気で言ってるのか?」


 10になるか、ならないかの歳で自制心を学ぶのは難しいことだ。そんな事を教えてくれる大人も居らず、必然的に抑圧された生活を送る彼らにとっては、更に至難の業である。それゆえに些細な事で喧嘩をするのは日常茶飯事だった。


 比較的冷静そうに見えるサムも我の強い人間だ。気心の知れた人間が相手となると、こういう熱は更に広がりやすい。不毛な争いが始まるのに、そう時間はかからなかった。


「ハッ! そうかよ。俺はビクビクしながら店の中を見てたチキンの方が、よっぽどちんたらしてたと思うけど」


「はぁ!? お前が言い出したんだろ! なに俺に擦り付けようとしてんだ!」


「あんなに時間をかけろ、なんて言ってないし、店員に見つかれ、なんて事も言ってない。よくあんなに俺の足を引っ張れたな?」


「っ! そもそもお前が腹減ったなんて駄々こねなきゃこんな事になってねえ!!」


「ああ! そうだよな! 前にどこかの馬鹿がしくじってくれたおかげで、飯にありつけず、空腹で死にそうだったからな!?」


「今更それか!? 2日も前の話をいつまで引きずってんだ! そもそも――」


 売り言葉に買い言葉。両者ともに体はボロボロだったが、口の方は達者なようだ。お互いの粗探しから始まり、普段の言動にまで難癖をつけ始める始末。


 体調が万全なら、殴り合いが始まってもおかしくないところまでヒートアップした2人。素直になるのが難しい年ごろゆえに、一線を越えてしまう時もある。


「――何で役立たずなお前なんかと生きてんだろうな? お前なんか居なければ少しはマシな生活ができたかもしれないのに! あーあ、後悔しかないな」


 憎たらしげにそう言い放つサム。それを聞いたビリーは、溢れんばかりの怒りとは別に、どこか寂しく感じる気持ちを覚えた。


 先ほどまで、間髪入れずに自分と口喧嘩をしていたビリーが何も言わなくなった。

 サムがその様子に気づいた途端、場の熱が冷め、後悔だけが残った。


「あ……えっと、ビ――」


「サムが言うなら、そうなんだろうな。馬鹿な俺とは違って、いつも正しいんだもんな? ……もう寝るよ」


 先ほどまでの熱はどこへやら、ビリーは起こしていた体を冷たい地面に預け、おもむろにサムの反対方向を向いて寝転んだ。


 サムと同様、ビリーにも酷い両親が居た。

 廃屋のようなボロボロの家に両親と住んでいたビリーは、毎日のように虐待を受けていた。他でもない大人が招いた問題を、まだ幼いブルーに押し付けて不当な暴力を振るっていたのだ。

 その中でも特に、幼いビリーを追い込んだのが「お前なんて生まなきゃよかった」「お前さえ居なければ」という心無い言葉達だった。


 そんな事が積み重なり、幼くして家を出たビリーはサムと出会うこととなった。

 勿論、サムも本人からこの話を聞いて事情を知っている。人生において唯一無二の親友であり、心を許せる大切な存在だ。

 だからこそ、そんな最低な大人達と同じ言葉を放ったサムはひどく後悔し、ビリーはこうして、心に浅くない傷を負った。きっと、あの実の両親に言われるよりも辛い筈である。


 それ以上、2人は言葉を交わすことなく、路地裏で朝を迎えた。久しぶりの満腹感で眠気を覚えていたのにも関わらず、結局、サムは昨日の出来事について思い悩んでたせいで、ほとんど眠れなかった。それはビリーも同じなのか、ゴソゴソと体を動かして寝辛そうにしている。


 いつものように車の通りが多くなってきたところで、2人は起き上がり始めた。痛む体を無理やり起こしたサムは、自分よりも重体であるだろうビリーに歩み寄り、手を差し出した。


「……」


 差し出された手を睨みつけるビリー。結局ビリーがその手を取ることは無く、彼は歯を食いしばりながら何とか起き上がった。

 なんと声を掛ければいいのか分からなくなっているサムを尻目に、ビリーは1人でよろよろと歩き出した。


「お、おい。どこ行くんだよ」


 ビリーの突然の行動に不安を覚えたサムは、動揺を隠せずにそう聞いた。


「別に。関係ないだろ」


 ビリーはぶっきらぼうにそう言うと、ゆっくりながらしっかりと歩を進めた。後を追おうとサムも動こうとするが、その考えとは裏腹に足が動くことは無い。

 どこかその背を追えない気持ちを抱え、サムはその場に佇むしかなかった。



 下らないケンカはしょっちゅうしていた。時にはお互いが動けなくなるまで本気の殴り合いをしたほどだ。

 しかし、昨晩のサムの発言は越えてはならない一線だった。なんだかんだでいつも仲直りが出来ていた2人だった。しかし今回は、いつもと毛色が違う事、原因が自分にあることにサム本人も気が付いていた。


 誰にも見向きもされない馴染みの道で、サムは歩きながら考える。「何故あの時、あんな酷い言葉が口から出たのだろうか」「絶対に言ってはならない事だと十二分に承知していた筈だ」という考えが頭の中を反復し、しかし、いくら探しても答えは出なかった。ただ後悔だけがサムの頭に残り続けている。


 思考を続けるサム。ふと彼の目に、公園で遊ぶ子供たちの姿が映った。あまり裕福そうには見えない出で立ちで、自分よりも一回り小さい。

 サムは、きっと彼らも自分達と同じような境遇なのだろうと何となしに考え、その姿にかつての自分とビリーを重ねた。最初は毎日のように喧嘩をしていたが、お互い幼かったからか、1時間も経たないうちに仲直りをし、その後は決まって、本人たちでもよく分からない適当な遊びをした。

 非生産的だが、サムはその時間が無駄だったとは思えなかった。


「……また、できるよな」


 5年の思い出に浸ったサムはそう呟いた。

 サムは賢い。しかし子供ゆえに長い人生のビジョンが見えず、ビリーの件の不安を拭えない。いつもなら、子供の悩みだ、と笑い飛ばすサムでも当事者になってしまえば焦燥に駆られるものだ。


 だが、それと同時に心のどこかで理解していた。

 ビリーはサムを裏切らないし、またサムもビリーを裏切ることは無い。本人たちがそれを意識することは、きっと無いだろうが、確信を持って安心できるほどに。


 例え、離れ離れになる事になっても、それだけは揺るぎない事実だ。



「ビリ……!?」


 謝罪の言葉を用意して帰ったサムが見たものは、無残にも荒らされた自分達の拠点だった。ボロボロだった木の小屋がさらに半壊し、床には踏み荒らされた寝床やゴミしか残っていない。いつか普通に生きるため、と2人で貯めていた将来への貯金も、袋ごと無くなっていた。

 そして何より、サムの目に留まったのは、飛び散ったような血の痕だった。


 サムは拠点を飛び出し、町中を駆け巡った。今朝食べたパンを吐き戻し、もう吐くものなんか残っていないのに胃から何かが溢れてきそうな感覚を覚えながら。心臓を動かそうと、必死に流れ込んでくる空気が、サムの衰弱した肺を焼く。

 それでもサムは止まることなく走った。


 そんな彼の行動が功を為したのか、サムはビリーを見つけることが出来た。しかし状況は最悪だ。

 ビリーは、白色のバンから複数人の大人に押さえつけられながら降りてきた。必死に抵抗しているみたいだが、そのまま道路わきにある倉庫のような建物に連れ去られてしまう。


 何故こんなことになっているのか、そんな思考を巡らすサムのもとに、敵の仲間がやって来た。


「おいボウズ。こんなとこで何してる」


 突然、後ろから掛けられた声にサムが恐る恐る振り向くと、そこにはビリーを連れ去った奴らの仲間と思しき男が立っていた。絶望的なハプニングに、サムの心臓が更にその鼓動を増やす。


「あ? おまえ親無しか。ここは俺らのテリトリーだ。痛い目見たくなかったら大人しく帰んな」


「……すみません。もう帰ります」


 しかし、こんな状況下でもサムの頭は冷静だった。素直に言うことを聞いた子供に男は興味を無くし、そのままサムの横を通ってアジトに帰ろうとする。

 そして、サムは男が自分の横を通り過ぎる瞬間を狙った。必要になると思い、家に置いてあったボロボロのナイフを男の足に突き刺す。


「ってぇ!!?」


 切れ味が悪い分さらに苦痛を伴う刃物の感触に、男は思わず大声を出して倒れた。サムはそんな男に目もくれず急いで、敵のテリトリーに侵入する。


「おい誰かぁ!! そのガキを捕まえろ!!」


 動けなくなった男は声を張り上げた。仲間の異状を聞きつけ、わらわらと人間が集まってくる。そんな大人達を見据えるサムは、それでも怯むことなくその集団に向かっていった。


「止まれクソガキィ!!」


 敵の男が血相を変えてサムの前に立ちはだかる。男が大きな拳を振り上げたところで、サムは足を刺した男から、くすねていた拳銃を発砲した。

 大人といえど突然現れた銃器にすぐさま対応はできない。サムの放った弾丸は男の肩を射抜いた。あまりの衝撃に男は尻もちをつくことしかできない。


「クソが!!」


 仲間が撃たれたのを見て、相手は警戒度を跳ね上げた。子供相手に拳銃を取り出した大人たちは躊躇なく発砲し始める。物陰に隠れながら移動していたサムだったが、銃弾を躱せるはずもなく、腕と足に銃弾を受けてしまう。


「いっ!!」


 拳銃の弾とはいえ、やせ細った子供の手足と比べれば、10mm弾がつくる穴は決して小さくない。弾丸は運よく貫通したものの、それは、サムの手足の骨を削りながら大きく肉を抉った。


 あまりの痛みに声も出せず、サムは手から拳銃を放り出してしまう。大きな隙を見せたサムに大人たちは駆け寄り、イライラをぶつけるように蹴りを入れ始めた。


「このクソガキが!! このっ!!」


「ぉげっ……!」


 血が流れる手足もお構いなしに、大人はサムに暴力を振るった。体力の子供を痛めつけるだけだ。その応報は、大した時間もかからずに終わる。

 最後のトドメとして、横たわるサムに向けられる銃口。目の焦点も合わずに、サムはただ、「ビリーを救いたい」と願い続けていた。


「おい待て! こいつ、あのガキの片割れじゃねえか?」


 男の1人がサムに心当たりを感じ、仲間に待ったをかける。どうやら、こいつらの目的はサムとビリーの両方だったようだ。目的の物を殺しかけた男たちは焦って、死にかけのサムを急いでアジトへと抱えて行った。


「ボス! もう1人のガキってこいつの事ですか!?」


「サム……!!」


 朦朧とした意識の中、抱きかかえられ反転したサムの視界に映るのは、自分を心配そうに見つめている捕らわれた親友の姿。ひとまずビリーが無事であることに安堵を覚えるが、状況はむしろ悪い。


「こいつみたいだな。……おい、誰が半殺しにしろって言った? こいつらは商談で使う大事なだぞ」


「銃で撃たれて仕方なく……す、すいません」


「チッ……騒がしいと思ったらそういうことか」


 部下の言い訳に、ボスと呼ばれた男が舌打ちをした。ここでようやくサムとビリーは自分たちが人身売買の品であることに気付く。状況が悪くなる一方、部下の1人が見覚えのある袋を持ってやってきた。


「ボス、この小銭ですけど数えたら500ドルちょっとくらいありました。小銭ばっかなんであんま期待してなかったですけど……」


「はした金には興味ねえ。てめえらにくれてやる」


「お、おい!! それは俺たちの金だ! 手出したら許さないぞ!!!」


 今までサムと2人で必死に貯めていた金を奪われそうになり、精いっぱいの抗議をするビリー。しかし、大人たちはそれに反応する素振りも見せず、まるで事務作業をするかのように、淡々と金をしまう。

 自分達を、羽虫ほども気にかけない対応に、ビリーの怒りが爆発した。


「だからそれは俺たちのだって言ってんだろ!! いい加減にしろよクソ野郎どもが!!」


「! おい」


 ビリーの発言を看過できなかった部下の男が、サムを乱雑に投げ、ブルーを殴って黙らせた。ボスと呼ばれた男はそれをただ見つめ、冷酷に言葉を吐く。


「もうお前らのじゃない。いちいちデカい声出すんじゃねえ。……ハハ、それに安心しろ。お前ら2人は、あんな小銭より金になる」


 この男は、あれが2人がどんな時間と思いをつぎ込んで稼いだ金か分かっていない。だからこそ、未だ怒り足りないビリーと、上手く意識が回らないサムまでもを怒りに打ち震わせた。


「怒っているのか? ……悪いが、お前らには何の同情も無い。俺のシマを荒らしたツケを払ってもらってるだけだ。先に手を出したのはお前らだぞ?」


 この男が言っている事に思い当たりがないサムとブルー。男はタバコの煙を吹きながら、補足するように話し出す。


「昨晩だ。ドブネズミみてえなお前らが狙ったレストランは俺の管轄なんだよ。店主を任せてる俺の部下が、ピリついた様子でお前らの事を報告してきてな。穴が開いた商談が入ってたもんだから、お前らに尻ぬぐいしてもらうことにしたわけだ」


「は……? ……ふざけんな!! 何でそんなことで俺らがこんな目に合わなきゃいけねぇんだ!!」


「あんまりでけえ声出すんじゃねえ!! ……俺も気が立ってんだ。お前らも大人だろう? 無責任なのは困るぜ。……おっと、ビジネスパートナーの到着のようだ」


 男がそんなセリフを吐くと、何人かの人間が外から来る足音がする。


 焦る必要もなくゆっくりと現れた、黒いスーツを身に纏った男たち。奴らもギャングの仲間だと思ったビリーだったが、サムの方は彼らがギャングとは別の異質な何かだと直感した。


「やあ友よ! 時間ピッタリだな!」


はこれか?」


 ギャングの言葉に全く興味を示さないスーツの男は、傷だらけのサムとビリーを見つけると、そそくさと本題に入った。


「ああ、そうだ。こっちの手違いで1人は確保できなかった。こいつらも、ちょいとばかし状態は悪いが……問題あるか?」


「……そうか。ならば交渉額は3分の2に変更だな」


「ああ、もちろん。今後ともご贔屓に」


 会話が終わると、後ろから別の大人がアタッシュケースを持って現れる。ギャングの男がそれを受け取ると、スーツの男たちは手慣れた様子で行動し始める。


「おい、離せこの野郎!!」


 スーツの男たち相手にサムは抵抗できずに捕まり、ビリーは声を荒げる。しかし、彼らはそんな子供を意に介さず、暴れようとする体を押さえつけて移動させる。


「次からはミスの無いよう。それと、くれぐれも内密に」


「もちろんだ。俺らなんかに政府の友達なんか居るわけない。だろ?」


 手遅れになりそうなところで新しい情報が入る。驚くべきことに、このスーツの男たちは国営に携わる政府の人間らしい。運悪く、もう既に外に連れ出されていたサムとビリーに、その情報は伝わらない。もっとも、知ったところで状況が良くなるわけでは無いのだが。


「――番、栄――調に――――。15――、――失調――――痕。こっち――血が――。―――と止血――備」


「サ――!! 起き――サム!――!」


 サムの意識は限界だった。大きな車両の中には、サムの手当てに勤しむ大人たちと今にも泣きそうなビリーの顔。断片的にしか入ってこない情報を処理していたサムだったが、ついに気力を使い果たした。

 暗くなっていく視界の中、サムが考えたのは、自身の口から放たれることなかったビリーへの謝罪だった。



「――15番……バイタル正常。人体組織の互換性を確認。……適正を確認」


「よし、テストに回していい。試験場へ」


「……ここは」


 見慣れない景色と、見知らぬ人間の声。目覚めたばかりで混乱しているサムには、束の間の休息も与えられない。

 横たわるベッドからは無機質に流れる機械音。サムが体をよじっても、ベルトか何かで縛られているようで、軋んだ音を出すだけで徒労に終わる。


 サムは虚無感に囚われたまま目的地へと運ばれた。

 代り映えの無い廊下の風景とは打って変わり、そこは謎の電子機器が埋め尽くす、異様な空間だった。

 抵抗できないサムは、自分がこれからどうなるのか、嫌な可能性のみが頭をめぐってしまい、恐怖することしかできなかった。


 もはや抗う気力も無いサム。しかし、目に入って来たのは自分と同じようにベッドに縛り付けられ、運ばれて来た親友の姿だった。


「ビリー……!」


「!!」


 無意識に体に力が入る。自身の理性が、それは無意味だと訴えてくる。

 しかし、無意味だと分かっていても、サムは何もしないわけにはいかなかった。


「サム――」


「この子で最後だね」


 ビリーの声を遮るように、いつの間にか現れた白衣の男が言葉を放った。


「はい。すぐに始めますか?」


「そうしよう。装着を許可する」


 男がそう言うと、複数人の大人が部屋の奥へと進んでいく。


 よく見ると、部屋の奥には2人と同じようにベッドに縛り付けられ、横たわる子供が何人も居た。

 奥にいる子供から、頭に大きな何かの装置のような物を取り付けられていく。

 すると、ゴリゴリと何かを削る音と共に、子供が絶叫を上げ始めた。その光景を見た子供が、大声を出して暴れ始める。そうして部屋全体にその恐怖が伝染し、叫び声をあげる者や、甲高い泣き声を出す者が現れ始めた。


「おい! これを外せクソ!!」


 そんな狂気に当てられ、ビリーも錯乱し始めた。サムも何とか抵抗しようと、策をめぐらす。

 何かないかと辺りを見回すと、大人の手にある資料のような物が目に入った。


「デーモン、計画……?」


 男が手に持つ紙に、そう大きく書いてあった。何かは分からないが言い知れぬ不快感を覚える名前に思わずサムが声を出すと、白衣の男が反応を示す。


「これが読めるのかい?」


「……あぁ」


 先ほどまで、こちらを意に介さなかった大人がサムに話しかけた。どこか疲れているような、生気の無い眼に射抜かれながら、サムは返事をする。


「ふむ……15番の履歴を見せてくれ」


「こちらです」


 渡された資料に目を通す白衣の男。淡々と読み進め、サムに質問を投げかける。


「文字は何処で学んだんだ?」


「サ、サムは頭がいいんだ! 簡単に殺すなんて勿体ないぞ!!」


「ほう…………まさか、独学か」


 相手の腹積もりを探るため、沈黙を貫こうとするサムだったが、その話を聞いていたビリーが代わりに返答ををした。せめて、サムだけでも助けようとビリーは必死になっている。

 白衣の男は相変わらず無表情だったが、サムの知力に少し驚いた様子を見せた。


「頼む! サムだけでも……!」


「っ! ビリー!」


「サム、というのか。君の名前は」


 自分の名前を呼び、顔を近づけてきた男にサムは驚いた。眉ひとつ動かさず、男はサムを観察している。

 未だ拘束を解けずにサムはもがいている。しかし、その恨みが籠った目は白衣の男をまっすぐ貫いていた。

 その様子を見て、男は笑う。


「サムくん。君には期待しているよ」


 そう言って男が張り付けた笑顔はとても不気味なものだった。その顔を見たサムは言い知れない恐怖を感じ、この状況に絶望したのか反抗するのをやめた。


「サム!!!」


 呆然自失となったサムにビリーの声は届いていない。気づけば子供たちの叫び声は先ほどより少なくなっており、サムとビリーの番が着々と迫ってきている。


「……サム、聞いてくれ」


 もはや声も出せないサムに、ビリーが静かに声を掛けた。先ほどの大声よりもはるかに小さく、しかしどこか力強いその言葉。それは何故かサムの耳に残り、彼の正気を取り戻させた。


「昨日はごめん。うだうだ変なこと言って。……お前も申し訳なさそうにしてたから、また俺はお前を許してやるし、お前も……また俺の事を許してほしい。……喧嘩別れだけは嫌だから」


 ビリーの言葉がサムの意識に深く溶け込む。

 声を出そうとするも、何を言えばいいか言葉が見つからない。理解を拒もうとするサムの脳は、それでもビリーの言葉に耳を傾ける。


「……俺、お前のことが羨ましかったんだ。誰よりも賢くて、誰よりも自由で。お前みたいになりたかったのに、失敗ばっかりして……。また、俺のせいでこんなことに巻き込んで……ごめん。…………ごめん……!!」


 ビリーは泣いていた。サムは否定したかった。お前のせいじゃない、と。


 しかし、それが叶うことは無かった。口を開こうとした瞬間、サムの視界が暗闇に包まれる。謎の装置によって頭が固定されると、次に後頭部に激痛が走った。

 骨がゴリゴリと削られる不快感とともに頭の中へ何かが侵入してくる。箱の外からは子供たちの悲鳴と無機質な機械音がくぐもって聞こえる。しかし、そんなものに煩わされる暇もなく、サムはひたすらに苦しんだ。


 すぐさま新たな悲鳴が聞こえてくる。まるで地獄にでも居るかのような混沌の音の中で、サムの耳に鮮明に聞こえてきたのは親友の叫び声だった。


 サムは苦痛の中で考えた。「何故、こんなことになったのだろうか」「何故、こうも奪われ続けなければならない」「一体、自分達が何をしたというのだ」


 そんな意味の無い思考をしていると、段々と自分の意識がに消されていくような感覚を覚えるサム。彼の意識が段々と消えていく。


 成すすべもなく、サムは何もかもを諦めかけた。すると、記憶の中のビリーまでにモヤがかかり始める。


 写真が焼けていくように、サムの中で、じわじわとビリーが塵に変わっていった。もはや、その灰すら残ることは無いだろう。

 サムは薄れゆく意識の中、痛みと、忘却を耐えようとした。もう記憶があるかどうかも、分からない。しかし、どうしても、サムの魂はビリーを諦められなかった。



 サムは未来を思った。自分の夢を、後悔を拭い去った後を。


 が、サムの心の叫びに反応した。そのが、サムの意識に溶け込んでいく。


 サムの心に、黒い火が灯った。

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