第18話 異世界救出中
いざ出陣! というその前に、ティツァが俺に待ったをかける。
(おいおい、今更できないなんて言わないでくれよ)
内心不安になる俺に対して、ティツァは美しい動作で跪いた。
そのティツァにならうように、狐耳の獣人をはじめとしたティツァの仲間の獣人が膝をつく。
「へっ?」
「我ら獣人は、自らに戦うなかれと戒めを科している。お前の言葉でその戒めを解いてくれ」
そう言えばそうだった。
獣人は争いを忌避していて、生まれた時から戦うなと教え込まれているんだった。
ここで急に戦えなんて言われたって、ティツァの仲間以外は躊躇いが大きいだろう。
たしかに、それ以外の獣人達は、ちょっと遠巻きにして俺達を見ている。
跪いてはいるものの、ティツァの視線は俺に何とかしろっと脅迫してきていた。
俺は考えながら口を開く。
「戦いが最終的には自らを傷つけると教え、力があるにもかかわらずその力を振るわず生きる獣人を、俺は尊敬します。あなた達は真に強い種族だ。――――その上でお願いします。どうか俺にその優しい力を貸してください。俺はどうしてもアディを、人間達を救いたい。それがこの世界を救う事だと信じているから」
結局俺にできるのはお願いだった。
だって仕方ないだろう。
非力な俺が獣人を脅す事なんてできないし、かと言って大して頭も良くない俺には相手を言いくるめるような真似も無理だ。
俺はただ、深々と頭を下げる。
「ユウ――――」
『このバカ』と、ティツァのセリフの後には続くのだろう。
しかし、ティツァがそれを言う前にフィフィが感動したように声を上げた。
「ユウさま! 顔をお上げください。優しいのはユウさまの方です。私達の世界を救うために頭までお下げになるなんて。……ユウさま。フィフィはユウさまのために力を尽くします!」
うん。フィフィありがとう。ナイスフォローだよ。
若干その熱意には引いてしまうけど。
「救世主さま!」
「ユウさま」
フィフィのアツさに引っ張られた他の獣人達も、次々に叫びだす。
「あなたさまは、この世界を救うために神に遣わされたお方だ」
「我らはあなたさまに従います」
「救世主さま!」
「ユウさまっ」
良かった。
これならなんとかなりそうだ。
本当にこの世界の人々がイイ奴ばかりで助かった。
見れば、俺の言葉しかわからないだろうに、サウリアなんか感動して号泣しているし、人間達も眼差しが熱っぽかった。
みんな、純真な者達ばかりだ。
「ありがとう。――――さあ、行こう。この世界のために!」
熱気に当てられたんだろう。俺まで、うわずった声で叫んでしまう。
うおぉぉぅ~!!
雄叫びが上がった。
ティツァとエイベット卿が、似たような表情で俺を見て来る様子に何故か笑えてしまう。
2人共、困ったような顔をしているけれど、その瞳は間違いなく俺を気遣っているからだ。
……やだな。俺らしくもない。
胸の中から熱い塊がのぼってきて、息を詰まらせる。
目じりが熱い。
だから周囲がぼやけて見えるんだ。
泣いてなんかいないさ。……絶対に!
俺は、俺史上最高の熱さで、拳を振り上げた。
――――結果、再び俺は漏れそうな悲鳴を必死でこらえている。
(いったい何でなんだ!)
「ぎゃぁぁぁぁ~っ!」
俺の隣では、俺の心の叫びをそっくり表したかのような情けない悲鳴を、エイベット卿が上げていた。
彼は、自分に仕える獣人に抱え上げられて運ばれているのだ。
その獣人の耳がペッタリと伏せられている光景には、既視感がある。
あんまり騒ぐとまずいんじゃないだろうか?
まあ、気づいて近づいてくる有鱗種は、端から他の獣人に捕まっているから問題ないのかもしれないけれど。
俺達は、門衛塔を飛び降りて水門へと向かっていた。
どうして普通に階段を使わないんだ?
獣人は人を抱えて飛び降りるのが趣味なのか?
しかもそれでも動きは普通のままだし……。獣人の身体能力、凄すぎだろう。
そして、俺を運んでいるのは……フィフィだった。
うん。頼む、何も言わないでくれ。
俺は抵抗した。
それはもう、目一杯抵抗したんだ。
でも――――
「ユウさまを、他の方に任せるなんてできません!」
決意を固めた女の子は、もの凄く強かったのだ。
「大丈夫です。ユウさまは穀物袋より重くありませんから」
その比較対象は、俺のライフを著しく削ってくるんで止めて欲しい。
いや、藁よりはマシだけどね。
フィフィに穀物袋のように担がれて、俺は必死で悲鳴を噛み殺す。
これが救世主の姿だなんて誰も信じてくれないだろう。
そして、これまた情けないことであるが、水門に着き、その守りを突破する戦いは、移動だけでヘロヘロになった俺とエイベット卿が吐き気に耐えて庭の片隅に蹲っている間に、あっという間に片がついた。
(……本当に獣人5人で有鱗種10人以上を倒しやがった)
しかも獣人5人の内のひとりはフィフィだ。
「ご主人さま。大丈夫ですか?」
エイベット卿に使える獣人が心配そうにエイベット卿の背中を摩っていた。
「ユウさま、お気を確かに」
フィフィの優しさが身に染みる。
この細い腕が、つい今し方ゴツい有鱗種を投げ飛ばしたところを見てしまった後でなければ、俺はフィフィに抱きついていただろう。
……見なければ良かった。
俺はフラフラしながらも、なんとか立ち上がった。
エイベット卿も支えられながら立って、水門に近づく。
重たそうな門の外は満々と水を湛える外壕に繋がっていた。
「水門を開ける。――――その手前の鎖を引いて、次は奥の杭を……」
エイベット卿は、手順を獣人にひとつひとつ説明していく。
「後はその滑車を巻き上げれば水門は開く。……塀の上にあがれ。水が流れ込むぞ」
彼の言葉に、全員が水門脇の石塀の上に登った。
当然気絶した有鱗種も引っ張り上げる。
「合図を」
俺の言葉に従って、狐耳の獣人が大きく合図の旗を振った。
夜目の利く獣人は夜中でもこの旗が見えるのだそうだ。
「開けろ!!」
俺は、叫ぶ。
ゴオォォッ!! という地響きをたてて水門が開き、水が一気に流れ込んできた。
夜の暗闇の中、生き物のような水が城内に侵食した。
水の勢いは凄い。
飛沫を上げ、渦を巻き、城をのみこんでいく。
俺はその広がり行く様を見て、城の傾斜が水を受け入れ導いていることに気づいた。
この水門の位置を一番高くして、後は城内全てに水が行き渡り最終的に城の城門から外の壕へ流れ出て行くようにと、城の土地と建物は造られている。
(スゲェ。土地まで造成したのか? それとも自然の傾斜を利用した?)
何にしろ、アディのおじいちゃんの有鱗種対策は半端なかったってことだ。
(よっぽど、怖かったんだろうな…………有鱗種の仕返し)
ビビる気持ちがもの凄くよくわかるところが、情けない。
うん。やっぱり似てるわ。アディのおじいちゃんと俺。
大地も緑も建物も全てのみこんでいく水だが、その脅威は少し高台にある神殿には及ばない。
(やっぱり、こんな場合でも神殿っていうのは不可侵領域なんだな)
この世界の、神に対する敬慕の念が見える。
『ギャアァッ!』
『何故だっ!水がっ』
水の到達した辺りから、有鱗種の驚愕の悲鳴が聞こえてくる。
『に、逃げろっぉっ!!』
(本当に水が苦手なんだな)
あたふたと飛び出し城門から外へと逃げ出して行く者、とりあえず少しでも高いところへと上ろうとする者など、まだ燃え盛る炎に照らされ有鱗種の慌てた様が夜闇の中に浮かび上がる。
俺はムカデが大の苦手なんだが、そのムカデが大量に迫ってくるみたいな感じなのだろうか?
……有鱗種を笑うのは止めよう。
想像しただけで鳥肌が立った。
俺は自分で自分の両腕を抱き締めて摩る。
「寒いのですか? ユウさま」
フィフィが心配そうに聞いてきた。
「大丈夫です。この混乱の中であれば、ティツァさんは間違いなく陛下をお救いできるはずです。合図を待ちましょう」
見上げてくる優しい視線に、しっかりと頷き返す。
俺がそれを信じないでどうするのかと思う。
――――俺の待ち望んでいたその合図がきたのは、それから程なくしてだった。
「ユウ!!」
アディが叫び、俺の方に駆け寄ってくる。
その姿はボロボロで、殴られたのだろうせっかくのキレイな顔が青黒く腫れている。
「ユウ、ユウ、ユウ!」
いや、そんなに何度も呼ばなくとも一度呼べば聞こえるぞ。
足を引き摺っているくせに、走って来るんじゃねぇよっ。
「アディ!」
俺の声がかすれているのは、城内に充満する火災後の燻った空気のせいだ。
おかげで目まで痛くて涙目になる。
――――絶対、アディの無事な姿に安堵して泣いているわけじゃないからな。
「ユウ! よく無事で」
アディは間違いなく泣いていた。
イケメンは顔が腫れても、泣いていても、カッコいい。
クソッ、滅びろイケメン!
(――――って、うわっ! しがみつくなよ、お前っ、びしょびしょじゃないか!?)
そう思いながらも抱擁を返している俺は、アディが無事助かって浮かれているんだろう。
水もしたたるイイ男に抱きつかれて嬉しいなんて、どうかしている。
「俺の国のこんなゴタゴタに巻き込んでしまってすまない!」
謝って欲しくなかった。
アディは少しも悪くない。
どっちかって言えば、ビビりの俺が後手後手に回った付けがこの事態だ。
謝るなら俺だろう。
「アディ……」
なのに俺ときたら謝罪の言葉も満足に口にできなかった。
「――――ユウさま!」
そんな俺にもうひとり、びしょ濡れな人物が縋りついてくる。
「リーファ! 無事で良かった」
ふわふわのはずの白銀の髪を水でぺったりと湿らせ、色白の肌をなお蒼ざめさせたリーファは、俺の言葉に顔をくしゃくしゃに歪ませる。
青い瞳から涙がポロポロと落ちた。
「ユウさまこそ……よくご無事で」
濡れた衣服がリーファの細い体に張り付いて……もの凄く色っぽい。
(……ヤバい。目の毒だ)
俺は慌てて自分の着ている上着を脱いで、リーファの肩にかけた。
「かっ、風邪をひくからっ!」
俺の不審な態度に、リーファは大きな目を見開いて自分の姿を見下ろす。
ようやく服が濡れている事に気がついたのだろう、慌てて俺の服に袖を通した。
頬に赤みがさしてきて、俺はそんな様子にホッとする。
(……ホントにヤバい。彼シャツみてぇ)
――――可愛い女の子が、俺の服で彼シャツ。
男なら誰だって憧れる夢のシチュエーションが叶った。
そんな事を考えていた俺を、現実に戻す男が現れる。
「感動の再会も良いが、これからどうするつもりだ?」
冷たい声はティツァだった。
俺は恐々振り返る。
ティツァはもの凄く不機嫌そうだ。
……そう言えば俺はティツァに礼を言っていない事に気づく。
人間の王を助けるなんて、彼にとっては不本意だろう事をさせておきながら放っておかれたら誰だって面白くないに決まっている。
「ティツァ、アディ達を助けてくれてありがとう」
俺が真面目に頭を下げようとすれば、「礼なんていらない」とティツァは素っ気なく止めた。
「そんな事よりこれからの事だ。城は解放できたが王都はまだ有鱗種の手の中だ。捕まった人間も沢山いる。俺達獣人には関係ないが、お前の事だ、助けるつもりでいるのだろう? ……どうするつもりだ」
ティツァの言うとおりだった。
だがそれよりもまず、俺はアディにティツァ達獣人の事を説明しようと思う。
アディは、獣人に礼を言い獣人の話す言葉を真剣に聞いている俺を興味津々に見ていた。
「アディ、獣人は――――」
「わかっている。話は助けられた時にコヴィノアールに聞いた」
アディの視線をたどればそこにはまだ青い顔ながらきちんと背筋を伸ばし立っている黒髪の騎士がいる。
「とても信じられなかったが、見事な手腕で俺を有鱗種から救い出してくれたのは間違いなく獣人達だ。俺は彼らへの感謝を決して忘れない」
きっぱり言い切るアディは、やっぱり王の中の王だ。
金の髪が眩しくて、俺は目を細める。
――――うん。これなら大丈夫だ。
俺は覚悟を決めて顔を上げた。
「王都と、捕まった人間を有鱗種から取り戻そう。俺に策がある」
俺の言葉にアディは、びっくりしたように目を見開き、ティツァは不敵に笑った。
「どうするつもりだ?」
俺はコクリと唾をのみこむ。
「…………雨を降らす」
俺の言葉に、全員がポカンと口を開けた。
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