第16話 異世界戦闘中
ティツァの元に、仲間の獣人から刻一刻と悪化する情報が集まってくる。
既に、城には多くの有鱗種が組織的な攻撃を仕掛けていること。
城の兵士たちは有鱗種の姿を見ただけで浮足立ち、ろくな抵抗ができないこと。
有鱗種は王都全体に攻め入り、片端から人間を捕まえ、広場に捕まえた人間を集めていること。
当初は、獣人も人間と一緒に捕まえようとしたが、従わぬ獣人に暴力を振るおうとした有鱗種が何人も返り討ちにあったことから、今では獣人には手を出して来ないこと。
獣人に好意的で良好な関係を築いていた一部の人間は、獣人に助けられていること。
獣人と助けられた人間は、王都を逃れ王都近くの高台に集まりつつあること。
……王城と街の中に火が放たれたこと。
様々な情報を聞きながら、俺はどうすればロダの人々を助けることができるのか、懸命に考えていた。
え?
俺らしくもない、予想外にまともな反応だって?
仕方ないだろう。
この事態に陥ってボケられる程、俺の神経は図太くできていない。
人間、絶体絶命のピンチになれば真面目にならざるをえない。
この場面で他の何ができるっていうんだ?
俺の頭はかつてない程にフル回転していた。
『……間に合わなかった』
サウリアは部屋の片隅でがっくりと肩を落としている。
まあ、仕方ない。
獣人に捕まっていたんだ不可抗力ってとこだろう。
もっとも言葉も通じず王太后さまに会いたいだなんて、計画そのものが
「城で無事なのは神殿だけのようだ。流石に奴らも神殿には乱暴ができないんだろう。つい今し方来た奴に聞いたが、神殿以外の城内のそこかしこで炎が上がっているそうだ。遠目に見た範囲だが、その炎に浮かび上がる姿は有鱗種しか見えないと言っている」
狐耳の獣人が報告してくる。
どうやら彼は情報のまとめ役のようだった。
俺の脳裏に、夜の暗闇に炎上する城の幻影が浮かぶ。
ブルリと体が震えた。
「城から逃げ出して来た仲間は、どう言っている?」
壁に背を預けたまま、ティツァが訊ねる。
「奴らからもできるだけ話を聞いているんだが、大抵の奴がヤバイと思ってさっさととんずらして来たからな。詳しい情報を知らない。――――いや、みんな危機察知能力だけは高くってイヤになるぜ」
確かに獣人の野生のカンは鋭そうだ。
ティツァなら人間が鈍すぎるって言いそうだけど。
「フィフィは?」
俺は気になって聞いてみた。
狐耳の獣人は、渋い顔で首を横に振る。
「逃げて来た奴らの中にはいない。フィフィさんは危険を予見する能力には優れているはずなのに……」
え?
――――フィフィって「さん」呼びなの?
ひょっとしてフィフィ、偉い?
そう言えばヴィヴォが、フィフィは自分の血をわずかに引いているって言っていたよな。
容姿がヴィヴォの若い頃に瓜二つだっていうのは絶対に信じないけど、獣人のみならず有鱗種にまで名の売れているヴィヴォの親戚って、やっぱり由緒ある一族だったりするんだろうか?
「……フィフィは、おそらくユウを捜して逃げ遅れたんだろう」
そんなどうでも良い事を考えて逃げていた俺の胸を、ティツァの言葉がグッサリと刺し貫く。
うっ!
……やっぱりどう考えてもそうだよな。
(――――俺の所為だ)
俺とティツァは、フィフィに黙って城を抜け出して来ていた。
だって、不審者に会いに行くなんて言えば、フィフィは絶対反対するに決まっているからだ。
ティツァでさえ城に帰って来てから俺が行こうと言った時は、あまり良い顔をしなかったくらいなんだ。
元々は自分が言い出した事だから渋々折れてくれたみたいだけど、フィフィがそんな事を許すはずがない。
彼女に泣いて「行かないでください!」と頼まれたら、俺は即答で「はい」と答えていた自信がある。
うん。絶対言えなかった。
俺のその判断は間違っていなかったはずだけど……
でも、そのためにフィフィが城から脱出するタイミングを失っただろう事は間違いない。
(……俺は、後悔ばっかりだ)
流石の俺も落ち込んだ。
唇をギュッと噛む。
爪が喰いこみそうな程、拳を握り締めた。
(ダメだ。限界だ)
――――そう。
俺はさっきから底知れずに落ちていきそうな自分の気持ちを、ぎりぎりで持ちこたえていたのだった。
胸の奥深くから、喉を詰まらせる苦い塊が膨れ上がってくる。
窒息しそうな程に、息苦しかった。
(……俺は、バカだ)
この世界に来て、アディに会って、懸命に頑張って国を創っている彼や、それぞれの思いの中で必死に生きている他の人々の姿をあんなに見ていたのに……俺は何をやっていたんだろう。
(何時だって自分に言い訳ばかりして、逃げていた)
熱いアディの想いを小学生だなんてバカにして、何もしてこなかった。
変に知識をひけらかして、自分ひとりの力では何もできるはずはないんだと悟ったような顔をして……
(何もしなければ、何もできるわけがないのに)
そんなごく当たり前の事に目を瞑っていた。
たしかに、王太后さまとヴィヴォは、俺が何かする事は難しいことで現実には不可能なのだから自身を責めるなと言ってくれた。
その事に安心して、いい気になっていたんだ。
できなくても良いって事と、しなくて良いって事はイコールじゃないのに!
結果が同じでも、そこに至る過程で自分が努力したかしないかは、大きく違う。
無駄な努力をもったいないと思うのは間違いだ。
たとえ実を結ばなかったとしても、努力をしたって事実は、最後の最後で自分を救ってくれる。
精一杯やってだめなら諦められる。
何もしなかった時の自分の後悔ぐらい苦いものはない。
すべて、よく知っていることなのに!
石橋を叩いて壊すと言われて、何事に対しても安全策で自分から積極的に動く事の無い俺は、常に周囲からそう言われていた。
――――姉貴、両親、大学の先輩や教授、みんな口を酸っぱくして失敗もひとつの経験なのだからチャレンジしてみろと言ってくれた。
それでも俺は怖くて動けなくて…………そして、いつも後悔していたんだ。
後悔の苦さも切なさも、嫌という程思い知っているはずなのに。
それなのに俺は、また動けなかったんだ!
情けなくて、涙も出なかった。
俺が黙り込んだせいなのか、ティツァもサウリアも、狐耳の獣人も、みんな物音ひとつ立てず俺を見ている。
俺はその視線から、逃れるように下を向いた。
俺の優柔不断の結果で……国がひとつ滅びようとしている。
俺がもっと早くサウリアに会って話を聞いてアディに紹介していれば、アディは何か防衛手段が講じられただろう。
俺がティツァ達獣人の事をきちんと話して、アディを説得して獣人との関係を修復の方向に持っていっていれば、獣人は人間を守ったかもしれない。
もちろんそれはすべて単なる仮定で、俺がそうしていても何の成果もなくて、結果として今と同じ事になっている可能性の方が高いのは事実だけれど……それでも俺は、その結果に対して、ここまで責任を感じる事はなかっただろうと思う。
アディを説得できなかった後悔は残っても、その後悔は何もしなかった事への後悔に比べれば百万倍マシに決まっていた!
(わかっているのに、俺はいつも同じ失敗を繰り返してしまう)
なんだかんだと言っても今までは、俺の失敗を誰かがフォローしてくれたため事なきを得ていた事も悪かったのかもしれない。
でも、今この異世界には、俺のフォローをしてくれる人は誰もいないんだ。
(だって、俺が救世主だ)
ヴィヴォは、俺が好むと好まざるとにかかわらず、この世界を救うのだと、それが『神』の意志なのだと言っていた。
年老いた巫女の言葉を思い出す。
『世界に危機が迫り、救世主たるあなたは、いずれ己が行動に迷うじゃろう。――――お迷いなさるな。あなたが為すことは、全て『神』の決められた運命ですじゃ。あなたにそれ以外の道は無い。御心のままに動きなされ――――』
呪いのようだったその言葉。
俺の背中を押すために発せられたそれは……今間違いなく俺の背中をド突いていた。
(……怖い)
俺の怖がりは、そんなに簡単に治りはしない。
体が震えて、このまま逃げ出してしまいたい程に……怖い。
(でも――――)
そこしか道が無いのであれば、俺は、走れる。
(もう、これ以上後悔したくない!)
俺は、今この時に、考えられるたったひとつの道を走る決意を固める。
そのために……顔を上げた。
「ティツァ。俺を城に連れて行ってくれ」
そう告げた俺の声は、やっぱりみっともなく震えていた。
「ダメだ!」
俺の決意となけなしの勇気を振り絞った言葉は、声になると同時に却下される。
ティツァの返事は簡潔で、付け入る隙も無かった。
俺はゴクリと唾をのみこむ。
「……救世主としての命令だ」
それを聞いたティツァは、派手に眉をしかめた。
奇妙な沈黙が広がる。
『……救世主!?』
その中に、俺の言葉だけは通じるサウリアの驚いたような声が響いた。
俺はサウリアに弱々しい笑みを向ける。
『救世主とは「世界の終りに現れ、迷いし我らを救う」と伝わるあの救世主か?』
うん。
有鱗種の救世主伝説は地球の終末伝説に近いな。
金と銀のくだりは民間伝承に分離したんだろう。
「ちょっと違うけど、俺が『神の賜いし御力』ってヤツでここに居るのは間違いない」
サウリアは大きく目を見開いた。
「だから、俺は救世主としてみんなに命じる。俺の言葉に従ってくれ。――――これから全員で城に向かい、アディや他のみんなを救出する!」
獣人の能力は有鱗種より高い。
ティツァや彼の仲間達の力を借りれば、城に潜入しアディ達を助けることは可能だろう。
しかし、俺の命令に素直に「はい」と従う者はいなかった。
まあ、当たり前だよな。
「国王を救って、俺達にどんなメリットがある?」
壁にもたれたままピクリとも動かず、目線だけは俺を睨み、ティツァが聞いてくる。
ヴィヴォに言われて俺の守護者にはなっても、命令に完全服従ってわけじゃないってことだろう。
「有鱗種からの人間の救出への助力と引き換えに、獣人の解放をアディに約束させる」
ティツァの反応を予想して用意していた俺の答えに、獣人達の耳がピクリと動いた。
「そんなもの信用できるものか」
「大丈夫だ」
狐耳の獣人の吐き捨てるような否定を、俺はできるだけ自信たっぷりに見えるように頷いて宥める。
「確かに、今までの人間と獣人の関係ならば、人間のする約束を頭から信頼する事は危険だろう。……でも、情勢は変わった。今ここには有鱗種がいるんだ。――――有鱗種は人間の敵で人間は有鱗種を怖れている。ここで目に見える形で獣人が、人間を救け有鱗種を退ける事ができれば、人間は獣人との関係を良くしようと考えるだろう」
それは、容易に推測できる事だった。
心理学に認知的バランス理論というものがある。
AがBを嫌いで、CもBが嫌いなら、AとCは好意的になれるというものだ。
これは仲の悪いグループ内をひとつにまとめる時なんかによく使われる手法だったりもするんだが……要は敵の敵は味方だという事だった。
共通の敵があれば、仲間内で争っている場合じゃない。
有鱗種に捕まり奴隷に戻る未来と、獣人という奴隷を失いはしても普通に暮らせる未来のどちらを選ぶかと言われて、迷う人間なんているはずがなかった。
「人間には獣人の力が必要だ。その駆け引きの中で獣人の解放をもぎ取る事は決して不可能な事じゃない」
現にアメリカの奴隷解放も南部戦争の駆け引きの中で成功している。
「だから、まず俺を城に連れていってくれ。アディを救い必ず彼を説得してみせる。国王の約束があれば安心だろう?」
俺の言葉に、ようやくティツァは壁から背を離した。
「国王が獣人解放に同意するというのか?」
「間違いない」
アディなら必ずわかってくれるはずだった。
「――――わかった」
ティツァの言葉に俺は、腰が抜けそうな程安堵する。
しかし――――
「せいぜい頑張って国王を説得しろ。もしもお前が失敗したら――――俺達は、有鱗種と手を組む。……ああ、安心しろ。その場合でもお前だけは守ってやろう。ヴィヴォさまとの約束だからな」
――――それは、俺が一番怖れていた事だった。
流石、ティツァ。
俺なんかの言葉だけを鵜呑みにして従うなんて真似はしてくれなかった。
顔が良くて、力が強いだけでなく、頭も良いなんてできすぎだろう。
(イケメン爆死しろっ)
コクコクと頭を縦に振りながら、俺は心の中でそっと毒づいていた。
抜けそうになっていた腰に力を入れる。
俺は頭を上げて、歩き出した。
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