第2話 こんにちは異世界

フワフワとした夢かうつつかわからないような、そんな感覚を味わった経験を誰しも持っているんじゃないだろうか?

少なくとも俺には、結構ある。


(修論とか、いっつもぎりぎりの精神状態でやっているもんな)


まともにベッドで眠れずに、頭が朦朧とすることなんざ日常茶飯事だった。

いや、威張れることじゃないけどな。


で、今の俺の状況は、はっきり言ってそれと同じだと言えた。

頭がぼんやりして上手く働かない。自分がベッドか何かの柔らかなものの中で寝ているのはわかるが、目は開いているのかいないのかすらわからない状況だった。

周囲は薄暗く、でも何故か自分の近くだけはうっすらと明るく見える。


その明るさの中で、枕元にもの凄い美少女が居る事がわかった。

ホント、滅多にお目にかかれないような極上美少女だ。

やわらかそうな綿菓子みたいな白銀の髪に、透きとおる白い肌。

唇は赤くて、こぼれおちそうなくらい大きな青い目が心配そうに俺を見詰めていた。



(うん、間違いなく夢だ)



俺は確信する。

こんな可愛い美少女が、俺なんかを心配そうに見てくるなんて現実があるはずがない。

どう見ても彼女は看護師には見えないし、急に具合が悪くなった自分が病院に運ばれたって感じでもなさそうだった。


俺は真上にあるベッドの天蓋と思われる装飾豊かな芸術品をぼんやり見上げる。

木製の彫刻付きで、花鳥風月の絵の描かれた豪華絢爛なそれが病院の備品でないことだけは確かだと思えた。




――夢なら夢で良い。

こんな幸せな夢は、いつだってウェルカムに決まっている。

そうだ。

どうせ夢ならば。


そう思った俺は、恐る恐る自分の手をそっと美少女の方に伸ばしてみた。

病人が無意識に何かを求める風を装って手を上げる。

ハッとした美少女は、俺の想い描いた通りに俺の手をとりギュッと握り締めてくれた。



「お気がつかれましたか? 大丈夫ですか?」



(っ!!)


―――美少女、すげぇっ。

声まで可憐ってどういうことだ?


(あぁ。本当に正真正銘夢だわ)


悲しいくらい確信する。

こんな美少女が手を握って俺を心配してくれるなんて、絶対有り得ない。

例えその手がリアルみたいに柔らかくてほんわかあったかくても。


(100パーないな)


夢みたいに幸せな夢? に満足した俺は、再び意識を手放したのだった。


◇◇◇


「何故目覚めない! 異界渡りに危険はないと、お前たちは申したはずだろう!」


誰かがものすごい勢いで怒鳴っている。

どこかで聞いたような迫力あるバリトンボイスだ。

どうでもいいけど、耳元で怒鳴るのは止めて欲しい。

心からそう思う。


鼓膜が破れたらどうしてくれるんだ?

こう見えて俺は繊細な神経をしているんだぞ。

怒鳴られたらショックを受けるだろう?


(せっかく、もの凄い良い夢を見ていたのに)


眉間にしわが寄るのがわかる。



「うるせぇっ!」



だから俺は、なけなしの勇気を振り絞って抗議の声を上げた。

言葉遣いが乱暴なのは、まあ、あれだ。

うん。俺って寝起きが悪いからな。


「ユウ! 気がついたのか!?」


耳元で怒鳴っていた誰かがまた叫ぶ。

寝汚いぎたなく、もう一度目をつむって寝ようとした俺の肩がガシッと掴まれた。

ガクガクと揺すられる。


チクショウ。寝てらんねぇじゃないかよ。

あんまり揺さぶると、脳がやられて酷けりゃ死んだりするんだぞ。

まあ、それは乳幼児の場合だけどな。


仕方なく俺は、薄目を開けた。



「っ!?」



ぱっちり目を開ける。


………………?


「ああ。ユウの目はキレイな黒なんだな」


魅惑のバリトンボイスが、どこか感心したように呟いた。

その声の持ち主の目の方は、信じられないくらい綺麗な青だ。


(誰だ? このイケメン)


どこのハリウッドスターだと思われるような金髪のイケメンが、俺の顔を覗きこんでいた。


「ユウ、大丈夫か。どこも辛くは無いか? せっかく会えたと思ったのにユウは意識を失っていてそのままずっと目覚めないから、心配していたんだぞ」


見た事の無い金髪イケメンのハリウッドスター(みたいな奴)。

なのに何でだろう?


その話し方で、

心配そうなその顔で、

俺は、そいつが誰だかわかってしまった。




「――――アディ?」


アディは、華が咲いたように笑った。


俺がアディって呼んだ途端、ガチャッと金属と金属がぶつかるような音がして、何だか緊迫した空気が走って、アディが「控えよ」とかなんとか言ったけれど、俺はそんな事にかまっていられないくらい驚いていた。




(…………小学生じゃなかったんだな)


後日考えれば、たいへん失礼で不敬な事であったが――――それが、この俺、坂上 由が、ロダ帝国の若き獅子王、アディグラファ・ロダ・マーティにはじめて会った時の感想だった。


◇◇◇


ロダ帝国は、建国10年の若い国だ。

何でも初代の国王はアディのお祖父さんで、アディ達は海を越えてこの大陸に渡って来たのだそうだった。


「両親は航海の途中で亡くなった」


滅茶苦茶重い話に、俺はどう言っていいのかわからずに出されたお茶を一口、口に含む。


元々アディ達の居た海の向こうの国は、肌に鱗のある歩くトカゲみたいな種族が支配しているのだそうだった。


歩くトカゲってどんなファンタジーだよって思うけど、今現在の俺の状況がファンタジーそのままなもんだから笑うに笑えない。

駅前で待ち合わせをしていたと思ったら異世界の王様に引きずり込まれましたなんて、厨二病にしたってヒド過ぎる妄想だと思う。

俺は自分の身の丈にあった設定が好きなんだ。


若干混乱している俺が、アディのファンタジー過ぎる説明をお茶しながら呆然と聞いていたりするのも仕方ないことだろう。


アディの話によれば、身体能力の劣る人間は向こうの国では虐げられていて、追われるようにこっちの大陸に逃げてきたのだそうだった。


「有鱗種は水が苦手だからな。海を渡ってしまえば奴らは追いかけてこられない」


……いや、俺水の上を滑るように泳ぐヘビとか見た事あるぞ。

こっちの世界じゃ違うのか?

それともその有鱗種ってのは、サラマンダーみたいなものなんだろうか?


……ヤバい、変なゲーム知識で凄い生き物を想像してしまいそうだ。

アディの話に集中しよう。



船団を率いての航海は数か月にも及び、多くの犠牲を出しながら苦難の果てに辿り着いた新天地がこの大陸だった。

河口から少し遡った地に国を築いてロダと名付けたとアディは誇らしそうに話す。


アディのお祖父さんは、人々を率いて海を渡った責任者で、そのまま国王になったから国名もアディの家名のロダになったそうだ。


「国を興して10年。なんとか形になってきたところで祖父が急死した。仕方なく直系の俺が後継者となったんだが、俺は今までもっぱら国の外敵の排除にばかり力を尽くしてきていたから、内政などさっぱりわからなくてな。途方に暮れて巫女を通して神託を願っていたらユウに出会えたんだ」


嬉しそうにアディは笑う。



「……神託」



俺は二の句が継げなかった。


あれは神託なんかじゃない!

ネットのよろず相談だぞ。俺だってゲームの攻略相談だと思っていたから気軽に答えていたんであって、これがモノホンの国の内政だなんて知っていたら絶対相談なんか乗らなかった。


(怖えぇっ……)


そんな重要事、ネットで相談なんかするんじゃねぇよっ!


「……ひょっとして、上下水道の整備とか本当にやったのか?」


俺の恐る恐るの質問にアディはきっぱりと頷いた。


「あぁ。まだほんの一部だけだが施工した区域に住む住民からは感謝の声が上がっている。バスや電車というものがどんなものかはよくわからなかったんだが、馬車を大型化して定期的に運行させ低価で誰もが利用できるようにしたらみんな便利になったと喜んでいる」


俺の顔は、情けなくも引き攣った。


流石、専制君主国家……アディの実行力半端ねぇ。

俺がゲーム感覚で提案したあれこれが現実に国の施策となっているなんて、有り得ない。


「――しかし、あの『学校』というものは本当に必要なのでしょうか? 文字を書くこともなければ複雑な計算をする必要もない農民達にまで教育を施す利を何も感じられませんが」


そう言ったのは、アディの背後に立って俺を胡散臭そうに見ているおっさんだった。


「控えよ! エイべット卿」


エイべット卿というのはアディの母方のいとこだか、はとこだかで、アディの内政面の補佐……つまりは大臣のひとりらしかった。


彼はアディの叱責に黙って頭を下げたが、俺に向けられた視線には、はっきりと敵意がこもっている。


まぁ、当然だよな。

俺みたいな得体の知れない男に自分達の大事な王様がホイホイされているんだから、面白くないに決まっている。

しかも俺ってば、他人を畏敬させるようなオーラを何にも持っていないし。


だというのに、アディは熱く俺を擁護した。


「ユウは、俺を導き、先の疫病の際は死に瀕した我が国民を救ってくれた救世主だ。ユウの言葉に疑念を抱く事など俺が許さない」


俺はその言葉に頭を抱えたくなった。


(おいおい、それはダメだろう?)


俺はそんな救世主なんてものになりたくないぞ。




「アディ――」


俺が「アディ」と呼びかけた途端、エイベット卿の眉が深く顰められ、扉近くに立っているいかつい騎士達の手が剣にかかる。

俺が目覚めた時もそうだったのだが、彼らは自分達の王様を呼捨てにされるのが気に入らないらしい。


その気持ちはよくわかる。

俺だって本当は一国の国王を呼捨てになんてしたくないからな。

でも、アディ自身が今まで通りに呼べと頼んできたんだ。

これは絶対俺のせいじゃない。


だから俺はちょっとビビりながらも言葉を続ける。


「アディ、他人の意見を頭ごなしに封じるのはダメだ。特に大事な政策を決める際は、周囲の意見に耳を傾けてなくてはいけないと思うぞ。俺なんかの言葉よりこの国の人の声を大切にするべきだ。……それともアディは独裁者になりたいのか?」


俺はアディに心から忠告した。

……何より俺の精神の平安のためにぜひそうして欲しいと願う。


俺はイヤだぞ。

自分の言葉一つで、一国が動くような状況は。


アディはキラキラと輝く青い目で俺を見てきた。


「ユウ。やっぱりユウは俺の思った通りの男だ。ユウはいつでも俺に適切な助言をくれる。しかもそれをひけらかしもしない。ユウ、お前は俺の最高の友だ!」


感極まったアディは俺の肩をガシッと掴んだ。


(あぁ)と俺は思う。


それはどこからどう見ても、ネットで俺と相談のやりとりをしていたアディだった。



(……素直で、いい奴過ぎる)



こんないい奴が王様で、この国は本当に大丈夫なのか? と心配になってきた。

周囲を見渡せば、何故かエイべット卿も兵士も驚いたような顔で俺を見ている。


止めてくれ。

俺の顔はそんな注視に耐えられるような造りじゃない。


この状況を何とかして欲しいと思った俺の願が通じたのか、この時ドアをノックする音が響いた。

警護の騎士が慌ててドアの外を確かめてから振り返る。


「巫女姫さまが、陛下とユウ殿にお目通りを願っておられます」


「通せ」


短いアディの返事を受けてドアが大きく開かれた。



「っ!?」



入って来た人物を見て、俺は息をのむ。


白銀の髪。

赤い唇。

青い瞳。

透きとおるような白い肌。


それは、俺が夢で見た少女だった。

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