第9話 メイドさんはお嬢様の事を思っている

夜と夕方の狭間の時間.僕は公園に呼び出された.

「平良さん,来てくれましたか.」

呼び出してきたのは,お嬢様ではなく,終始,無表情のメイドの明度さんだった.


「まあ,重要な話とか言ってたので」

流石にそう言われて来ない訳にはいかない.


「そうです.重要な話です.」

彼女は,制服ではなくメイド服姿だった.本物だ.少し感動を覚えた.


「なにですか?わざわざ,赤坂さんがいないようにしてるってことはそれ関係ですか?」

いろいろ考えて,そこにたどり着いた.赤坂さんがいないタイミングって事は,彼女に関する何か重要な話だろう.


「そう言うところは察しが良いわね.」


「それで,何ですか?」

どうやら,当たっているらしい.


「実は,お嬢様には婚約者がいるんです.」


うん?あれ?うん?婚約者?そう言えば,そんなことを,婚約者?

「婚約者?それは現代の話をしてますか?高校生で婚約者?」


目をパチパチさせている僕を明度さんは,真っ直ぐ見て

「メイドがいるならそれぐらいありえるでしょ.」

そう言ってため息をついた.


「確かに.」

それは,仰る通りだ.


「それで,それがどうしたんですか?」

いや,どうしたもこうしたも,婚約者がいるなら,この状況は,ラブコメをしている状況はまずい気もするが.


「まあ,さっきは婚約者って言いましたけど.正確に言えば婚約者になる予定の人です.」


「つまり,どういうことだってばよ.」

全く意味が分からない.何がどういう事だ?シンプルに混乱していた.


「2か月後には,本当に婚約者になるってことです.真面目な話したいので,ふざけると,君の瞳にクナイ刺しますよ.」


「すいません.それをどうして僕に」


「頭悪いのかな?まあ,お嬢様の奇行は,あと2か月続きます.2か月はお嬢様のそれに真剣に付き合ってくれませんか?」

明度さんは,そう言って頭を下げた.


婚約者,婚約者か.

……つまり,婚約者が出来る前の想い出作り,普通の青春を送る思い出作りって事か……,それなら,

「……そんな大事なことだったら,僕で良いんですかね?相手役.」


「良いんじゃないですか?私は,悪くないと思いましたよ.普通で.それと200万円は,合計400万円は,受け取ってください.」


「何で?」

200万円がここで,また,出てくる?


「保険です.トラブル回避のためにって,そう赤坂家で決まったもので.」

……なるほど,多分,赤坂さんじゃないな決めたのは.彼女の細かな性格はよく知らないけど,そんなことをする人には思えない.

まあ,貰わない訳にはいかないだろうが,少し抵抗がしたくなった.


「……はぁ,そうですか.一つ条件を良いですか?」


「どうぞ.」

明度さんは静かに笑った.


「貰うのは2ヶ月後で良いですか?」

2か月間してから考えよう.少しでも抵抗しよう.


「……分かりました.まあ,上手く胡麻化して置きますよ.」


「ありがとうございます.では,まあ精一杯頑張りますよ.」

2ヶ月頑張ってラブコメの相手をしよう.出来る限りのことをしよう.明度さんは,何も言わないが,あまり良い話ではないらしい.まあ,僕が口出し出来る話ではないが.


「では,私はこれで.私も,休暇の時間が無くなるので.それにお嬢様が心配なので.」

明度さんは,表情を崩して小さく笑った.


「また,次会う日に.明度さん.」

立ち去る彼女に頭を下げた.


しばらく,歩いた彼女は

「あっ,そうです.ラブコメをするなら一つ,良いですか?平良さん.」

そう言っては立ち止まった.


「何ですか?」


「私は,ラブコメはハッピーエンドが好きなんですけど,どうですか?平良さんは.」

そう言い残すと明度さんは手を振りながら去って言った.


「……まあ,どうですかね.」

この場合のハッピーエンドがどれになるのか,僕には分からなかった.



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