第21話 あなたは私のものよ

「婚約破棄をされて社交界を追い出されたゾフィーア様は、家からも勘当されてから西に向かったらしいです。バルシュミーデ皇国の貴族の中では彼女の醜聞が広がり、プライドの高さから知らない地で生きようと思われたのでしょう。普通であれば女性が知らぬ土地を訪れるのは危険ですが、西は植民地ばかりの国です。バルシュミーデ皇国から来た、という身元であればそう危険な立場には遭いにくいでしょうね」

 何人かの従者がいても、知らぬ土地で女一人では、確かに危険が多いだろう。南や東ではなく、西を選んだのは賢い、とロルフは付け加えた。

「もしかして、ゾフィーア様はこの旅団に参加しているのかしら?」

 ヴェンデルガルトの言葉に、ロルフは頷いた。

「多分そうでしょう。ゾフィーア様は、ダンスが上手な方でしたからね。西のダンスを覚えて、この旅団に参加していると思います。勘当された身でお金を稼ぐには、得意な分野での方がいいでしょうし。祭りに参加した誰かが、ゾフィーア様を見かけてギルベルト様に報告したのかもしれませんね」

「呑気にお話してないで、ギルベルト様を助けに行きましょう!」

 ブーケを手にしたビルギットが、慌てたような声を上げた。その言葉に、ヴェンデルガルト達ははっとなりカリーナに視線を向けた。

「そうですね、こちらです!」

 カリーナが、ヴェンデルガルトのヒールを気にしながら急ぎ足で向かった。ロルフが、ヴェンデルガルトの腕を支えてカリーナの後に続いた。


「確か、ここの公園に入られたはずなんです」

 西の旅団のテント脇に、城の庭師も手入れをしている花であふれる公園がある。露店で買い物をしたものを、ここの公園のベンチで飲食している人々がいる。彼らはヴェンデルガルトに気が付くと、笑顔で手を振った。彼女は今、皇国の大切な聖女だ。みんなが慕っている。ヴェンデルガルトはそれに同じように手を振り返しながら、ギルベルトの姿を探した。

「いい加減にしてください、ゾフィー!」

 その時、公園の端に植えられている木の陰から聞きなれた声が聞こえた。ヴェンデルガルト達は顔を見合わせる。間違いなく、ギルベルトの声だ。少し怒りを滲ませ苛立ったギルベルトの声を聞くのは、ヴェンデルガルトは初めてだった。ロルフ達に向かって視線を送り、その声の方に向かって進んだ。

「あなたのあの小汚い包帯を解くまで、こんなに綺麗な顔を隠していたなんて知らなかったわ。この美しい顔と薔薇騎士団団長である今のあなたなら、私にこそ妻に相応しいわ。愛人を作るなんて言わない、私たちやり直しましょう」

 少し酒焼けした、ハスキーボイスが聞こえた。聞いたことのない声は、ギルベルトを攫ったゾフィーアのものだろうか。

「ギルベルト様!」

 ロルフ達を連れたヴェンデルガルトが声のする木陰に姿を現すと、胸元がきわどく開かれて豊満な胸を強調した西の国のドレス姿の女性に迫られている、困惑した顔のギルベルトを見つけた。女性に追いつめられるのは、ギルベルトにとっても初めての出来事だろう。

「ヴェンデル!」

「……へぇ、あなたが噂のヴェンデルガルト王女様?」

 黒く波打つ長い髪に、青い瞳。きつい顔立ちは、従姉妹だからかフロレンツィアに少し似ていた。かつては貴族だった名残はあるように見えるが、ジークハルトに婚約破棄をされたときのフロレンツィアのようなみすぼらしさがあった。憐みの目で見られることへの反発のため、きつい面立ちになってしまったのだろうか、とヴェンデルガルトは思った。

「ギルベルトは、私の婚約者なの。邪魔しないでね」

「ゾフィー! 私たちの婚約は破棄されています! 私は今、ヴェンデルに求婚しています。あなたと結婚するつもりはありません」

 木に押し付けられたまま、ギルベルトは諭すようにゾフィーアに言う。目が見えなかったギルベルトは、彼女の姿を初めて見て困惑しているのだろう。かつては婚約者だった彼女を、どう扱っていいのか分からないようだ。手荒な真似も、騎士としては出来ない。

「あなたは、薔薇騎士団団長たちをはべらして優雅に生活しているんでしょう? だったら、ギルベルト白薔薇くらいは私に頂戴。薔薇たちが全部あなたのものなんて、強欲すぎるわよ。私の従姉妹にも、随分な仕打ちをしてくれたみたいだし」

 ラムブレヒト公爵事件は、彼女の耳にも入っているようだ。憎むような鋭い視線で、ゾフィーアはヴェンデルガルトをきつく睨んでいる。

「あれは……ラムブレヒト公爵一族が悪いのです。皇帝を欺き謀反を考えるなんて、してはいけないことです!」

 ヴェンデルガルトはそう言ったが、言ってから少し後悔した。バルシュミーデ皇国も、謀反から出来た国だったからだ。しかしゾフィーアは黙ってヴェンデルガルトを見つめていたが、視線を逸らすと自分が木に押し付けているギルベルトに視線を向けた。

「あなたは、私のものよ」

 そう言うと彼に顔を寄せて、深く口づけをした。

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