第3話 ロルフの気持ち

 部屋に招かれた赤薔薇騎士は、二人。ロルフより上の位なのか、彼は敬礼をしてメイド二人と共に後ろに控えていた。


「実は、レーヴェニヒ王国の使者の事です。彼らは、ヴェンデルガルト様に会いに来られたのです。南の国のバーチュ王国の第三王子、アロイス様が目覚めた事を報告しに来られました。もし、アロイス様にお会いする気持ちがあるなら――バーチュ王国に嫁ぐお気持ちがあるのなら、お会いしたいと申されています」

「アロイス様が……!?」

 ヴェンデルガルトの脳裏に、もう来る事はないだろうと思った南の国が鮮やかによみがえった。戦があり、大変だった。だが、心から自分を愛してくれた龍の目を持つ精悍な青年を忘れることは出来なかった。


「お決めになるのは、ヴェンデルガルト様です。あなたが選ぶ道を、我がバルシュミーデ皇国は止めません。どの様な道でも――あなたは、バルシュミーデ皇国の花でございます」

 騎士はそう言って、「もし会う気持ちがあるなら、明日の昼までにロルフを通じて報告して欲しい」と言って部屋から出て行った。

「ヴェンデルガルト様……」

 動揺した顔になったヴェンデルガルトを心配して、ビルギットが椅子を勧めた。ヴェンデルガルトは大人しく椅子に座って、テーブルに飾られている綺麗な五色の薔薇を見つめていた。

「もう、会えないと思っていたの。でも――まだ私を必要としてくださっているなら……でも、この国の沢山の人も私を必要としてくださっているわ。どうしよう……どうしたらいいのかしら、私……」

 ヴェンデルガルトの言葉は、確かにそうだ。五薔薇騎士団長達が、どれほど彼女を愛しているか。皇国の民たちが、どれほど彼女を慕っているか。


 ヴェンデルガルトに、どう言葉をかけてよいのか分からない。ビルギットとカリーナは、顔を見合わせた。しかし、意外な事にロルフが口を開いた。

「ヴェンデルガルト様。大事な事は、一つです。『ヴェンデルガルト様は、何方と添い遂げるのが幸せなのか』ですよ。あなたに好意を抱いている人は沢山います。でも、ヴェンデルガルト様は『誰』と一緒に居たいのですか?」

 ロルフにそう言われて、ヴェンデルガルトはアロイスがヘンライン王国に向かう時を思い出した。たった一度の、掠めるような口付けを残して、彼と別れた。『ヴェンデルガルトを必ず守る』と、何度も口にして安心を与えてくれた。真夏の太陽のような、眩しいアロイス。


「私……会いたい……アロイス様に、会いたい……」

 ポロリ、と真珠の様な涙がヴェンデルガルトの頬を伝い零れた。

「この国を忘れて、アロイス様の所に向かう決意はありますか?」

 ロルフの言葉に、ヴェンデルガルトはビルギットとカリーナを見た。自分が彼の元に行けば、彼女達とも別れる事になるだろう。無理に、連れては行けない。

 アロイスの傍にいたいが、ビルギット達と別れて耐えられるのだろうか、と。南の国で一人だった時、何度ビルギットを恋しく思った事か。


「ヴェンデルガルト様の気持ちは分かりました。では、先ず今日は予定通り街を周りませんか? 最後になるかもしれない街並みを、見にいきましょう。さあ、ビルギットとカリーナも用意して」

 ビルギットとカリーナは、不安そうな顔をしていた。ロルフだけが、いつも通りだ。ヴェンデルガルトも不安そうな顔をしていたが、椅子から腰を上げて大人しくロルフの後に付いて行く。ビルギットとカリーナも、その後に続いた。


 ヴェンデルガルトが街に現れると、人々が歓声を上げた。姿を見たいと、皆がヴェンデルガルトを取り囲む。自分を慕ってくれる人たちに、ヴェンデルガルトはようやく笑顔を浮かべた。


 昼前迄ヴェンデルガルト達は街をゆっくり周った。「今日のお茶に」と、焼き立てのパイも買って帰った。ヴェンデルガルトは、この光景を忘れずにずっと覚えておこう。そう思い、沢山の笑顔で人々と触れ合った。

 二百年前に滅んだ王国も、忘れていない。バッハシュタイン王国とバルシュミーデ皇国は、ヴェンデルガルトの思い出の地だ。どこに行こうが、ここは『故郷』であると胸に誓った。


「俺は付いて行きますよ。ヴェンデルガルト様の護衛は、俺です。ヴェンデルガルト様がバーチュ王国に行くなら、誰が何と言おうと俺も行きます」

 昼食が終わりお茶の時間になると、市場で買ったパイとレーヴェニヒ王国の使者から貰ったお茶を前に、ロルフはそうはっきりと言った。

「駄目よ、ロルフ。あなたは赤薔薇騎士団の、五班の副班長になったばかりじゃない」

 冬が来る前の、ラムブレヒト公爵の陰謀事件。この時に、ヴェンデルガルトと共に証拠を見つけた彼は異例の昇進をしていた。

「貴族の地位と赤薔薇騎士の職務は、弟に任せます。俺は、ヴェンデルガルト様に忠誠を誓いました。あなたが行かれる地に、俺も行きたいのです」

 ロルフは、勿論バルシュミーデ皇国に忠誠を誓っている。しかし、それは『ヴェンデルガルトがいてこそ』の忠誠なのだ。

「ロルフ……有難う。心強いわ」

 ヴェンデルガルトは、やはり一人では心細かった。ロルフの言葉に、ヴェンデルガルトの瞳には嬉し涙が溢れた。

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