「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」(2022)

 2023年のアカデミー賞で作品賞を射止めたのは本作である。

 アジア人――それも中年の女性が主役の映画が作品賞をとるなど前代未聞なことで、世間を大いに賑わせたことはいうまでもない。しかも聞けば、並行世界を扱ったSFものだという。一体どんな映画なのか興味は尽きず、見れば納得の感動大作であった。


 クリーニング屋を切り盛りする主婦のエヴリン。仕事に生活となんでも完璧にこなしたい彼女は、家族関係が悩みの種。人はいいが頼りない夫のウェイモンド、痴呆症の父ゴンゴン、そしてレズビアンの不良娘ジョイ。ある日、国税庁に申告に向かう最中、とつじょ夫のウェイモンドから「強大な悪を倒すために君が必要だ」などと告げられ、多元宇宙に接続するヘッドセットを受けとる。そこから彼女の冒険が幕を開ける……。


 本作で興味深いのは「スキル」の概念である。並行世界に多数存在するエヴリンのなかから一人を選んで接続することで、そのエヴリンの持つ「スキル」を習得することができる。例えば、「カンフーの達人のエヴリン」と接続すれば、カンフーの達人となって敵と戦えるし、「足を手のように使うエヴリン」と接続すれば、相手の意表を付いた攻撃が展開できる。※ただし、スキルを学ぶために「謎行動」をしなくてはならない制約があり、それがもっぱら本作のギャグパートを担っている。


 この「スキル」の概念は、日本のポップカルチャーとも親和性が高い。カクヨムにも「なろう」にも「スキル」を扱った作品が無数にある。「エブエブ」の制作陣が「スキル」ものにハマっていたのかはわからないが、洋の東西はあっても趣向がにてきているのが興味深い。


 さて、本作を感動作たらしめているのは、「並行世界」という設定の妙を存分に生かした点にある。


 無限の可能性のなかの無限の自分と接続するなかで、エヴリンは、様々な可能性のうちにあった自分の人生を知ることになる。カンフーの達人の自分、ピザ屋で働いている自分、ダイナーで料理人をやっている自分……。そこには「絶対にありえない」と思っていた自分の姿も含まれる。それぞれに切ない事情があり、それぞれに解決すべき問題があるのを知る。やがてエブリンは意固地だった自分を俯瞰ふかんできるようになり、ものごとに寛容になる。そして、人として、妻として、母として成長を遂げるのである。


 他人のことならともかく自分のことであれば人は真剣になれる。ありえないと思っていた自分の姿を思い描き、そこにどんな問題があるかを考える。そうすればきっと人は寛容になれる。もしSF的な想像力に恵まれていないのだとしたら、とりあえずは憎たらしい相手に「愛している」と言うことからはじめてみよう――本作からはそんなメッセージが感じ取れる。

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