電子の狭間で

 都会の喧騒を抜け、一歩、足を踏み入れた瞬間、時間が違う速さで流れているような錯覚に陥った。この一角は、周囲の建物よりも一段低く、昔ながらの風情を色濃く残している。その中でも特に、目的の建物は、まるで時代から取り残されたかのように古びていた。この建物が、数多の物語を世に送り出してきた舞台だと思うと、胸が高鳴る。それと同時に、私の作品がこの長い歴史にどう受け入れられるのか、不安も募る。

 建物の外壁に這う蔦が季節の移ろいを物語り、古びた木製の扉はたくさんの人の手に触れられ、時間を感じさせる。この扉をくぐること自体が、私にとっては一つの儀式のようだった。一歩、足を踏み入れると、現代の喧騒から切り離された静寂が広がっている。空気には古書の香りが満ちており、それが私の鼻をくすぐった。この香りが、長年の夢を追い求めてきた証、そして新たな旅立ちの始まりを告げる合図のように感じられた。

「失礼します、原稿を持ってきました」

 心臓の鼓動を抑えながら、私は受付にいる女性に声をかける。その瞬間、建物の古さが新しい命を吹き込まれるような、不思議な感覚に包まれる。

 彼女は親切にも笑顔で応対してくれた。その笑顔が、私の緊張を少し和らげてくれる。

「編集部の田中です」

 そう名乗る男性が、奥から現れた。田中さんは、私の持つ厚い封筒を見て、一瞬だけ表情を曇らせた。

「原稿用紙での提出ですか……。今はすべてデジタル化しているので、ちょっと……」

 彼の言葉が、この古い建物と現代の技術が交錯する現実を突きつけた。しかし、その後彼は温かく、「問題ないですよ。私たちで何とかしますから」と笑顔を見せてくれた。

 私の原稿が、この古びた建物の中で電子の海に飛び込む準備をしている。その事実が、不思議と心を躍らせた。私の物語が、古と新の間を縫う旅に出るのだ。これは、ただの始まりに過ぎない。私は深呼吸をして、田中さんに導かれるまま、奥へと進んでいった。

 作業室に入ると、田中さんは私をスキャナーとコンピュータが置かれた机の前に案内した。彼は原稿の束を手に取り、スキャナーに向けて一枚ずつ丁寧にセットし始めた。この瞬間から、私の作品は紙の世界を離れ、デジタルの旅に出るのだ。

 田中さんはプロセスを開始する前に、私に向き直り、優しく説明を始めた。

「今から行うのはOCR処理です。OCRとは光学文字認識の略で、これにより紙の原稿をデジタルのテキストデータに変換します」

 彼の説明はわかりやすく、テクノロジーに不慣れな私にも理解できるよう配慮されていた。

「デジタル化された原稿は、編集や校正がずっと容易になるんですよ。さらに、私たちの次のステップにも不可欠なんです」

 田中さんはそう言うと、パソコンの画面を指差した。

 スキャナーが静かに原稿を吸い込む間、田中さんは次のプロセスについて説明を続けた。

「デジタル化が完了したら、『著作権守るくん』を使って、著作権侵害がないかをチェックします。これは、あなたの作品をデータベースにある膨大な数の公開された作品と照らし合わせ、類似する部分がないかを分析するソフトウェアです。もちろん、インスピレーションを得ることは大切ですが、あまりにも似ている部分があると、問題になる可能性がありますからね」

 私はこの説明を聞き、複雑な気持ちになった。一方で、自分の作品がこれほど厳密にチェックされるのは、安心できる部分もある。しかし、もう一方で、自分の創作物が無機質なプログラムによって、冷静に分析されるのは、少し寂しくも感じられた。

「心配しないでください。このプロセスは、あなたの作品を守るためのものですから」

 田中さんの言葉には、温かみがあった。

 「著作権守るくん」の分析が始まると、画面上で文字列が飛び交い、次々と処理が進んでいく。私はその様子を見守りながら、自分の作品がどのような評価を受けるのか、不安と期待が交錯する心境でいた。田中さんは時折、画面を見ながら頷き、私には解読できないデータの海を航海している船長のように見えた。

 分析結果が画面に表示された瞬間、田中さんの表情も僅かに硬くなった。彼は深く息を吸い込むと、ゆっくりと私に向き直った。

「結果が出ました。あなたの原稿には、残念ながら527箇所で著作権侵害が疑われる部分が見つかりました」

 その言葉が耳に入った瞬間、部屋の空気が凍りつくような感覚に襲われた。私の視界がぼやけ、田中さんの顔、机の上のコンピュータ、周囲の壁に掛かる絵画まで、全てが遠ざかっていくように感じられた。

 窓の外に目を移すと、曇り空が広がり、かすかな光がビルの隙間から漏れていた。その光が、今の私の心境を映し出しているようだった。希望を持って出版社に来たその足取りが、重たく沈んでいく感覚。部屋の隅で、ひっそりと枯れた観葉植物がその姿をさらしており、私の内面と同じように、元気を失っているように見えた。

 田中さんの声は遠くで響き、彼がどれだけ慎重に、同情を込めて言葉を選んでいるかは分かった。しかし、その言葉が心に届く前に、深い霧の中に消えていった。彼の励ましの言葉や、解決策について語る声も、遠く霞がかった音楽のように聞こえるだけだった。

 私の視線は再び原稿の束に戻った。それらはもはや、私の夢や希望を詰め込んだ作品ではなく、著作権の地雷を孕んだ、重い鎖に変わっていた。その一枚一枚が、重く、冷たく感じられる。かつての情熱が、この灰色の部屋の空気に吸い取られていくようだった。

「これだけの数ですと、書き直しをお願いするしかありません。もちろん、一つ一つ精査して、誤検出を除外する作業は行いますが……」

 田中さんの言葉は、どこか遠くで響いているように感じられた。


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原案・編集:葦沢かもめ

執筆:GPT-4

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