第5話 旅

 傭兵団で実戦の経験を積んでいるとはいえ、アルマークはたった9才の子供だ。


 北の土地での一人旅は想像を絶するほど過酷なものだった。


 しかも季節は秋を過ぎ冬になろうとしていた。


 飢えと寒さ、魔物、それに心の荒んだ人間たち。あらゆるものがアルマークの敵だった。


 彼は何度も命を落としかけ、その度に子供離れした剣技と強運によって窮地を脱してきた。


 時には移動中の傭兵団に入れてもらい、時には旅の戦士や魔術師と行動を共にした。


 彼が頼ったそうした人間たちから裏切られる確率は八割以上だった。


 そうして苦しい思いをし、心に傷を負いながら、アルマークは信用できる人間とできない人間を見分けるすべを学んだ。


 大陸北部と中原を隔てるメノーバー海峡を越える頃には季節は春になっていた。


 アルマークは北のもっとも過酷な冬をなんとか生き抜いたのだった。


 この過酷な旅のなかでアルマークの五感は研ぎ澄まされ、生き延びるためのたくさんの技能を学んだ。




 中原は戦乱の絶えて久しい豊かな地だ。


 そこはアルマークにとって生まれて初めての新鮮な感覚を与えてくれた。


 毎日の変わることのない生活になんの疑問も抱かず、暮らす人々。その日食べるものの心配をしなくてもいい生活。


 アルマークは不思議な気持ちでそれらを眺めた。


 そして、旅のアルマークに対して人々は優しく接してくれた。


 中原の人たちにとっては、わずか9才で北から一人旅をしてきたという少年はまさに超人以外の何者でもなかった。


 中原での旅でアルマークは、初めて旅の楽しさを知り、人々の優しさに触れた。そして戦乱のない国々の豊かさを知った。


 季節は十歳の春から夏を過ぎ、秋に差し掛かっていた。




 大陸南部に着く頃には路銀は尽き果てていた。


 アルマークは乞食同然の姿をして旅を続けた。


 季節は冬になっていたが、北の冬を越えてきた彼にとっては南の冬などどうということもなかった。


 毎日野宿をし、星空を眺めながらアルマークは、自分自身との対話の仕方を学んだ。




 季節は巡り、アルマーク十一才の春が来た。


 ノルク島は海を隔ててすぐそこだったが、彼は船賃を稼ぐために港で一月働いた。


 それが終わるとようやく、ヨーログとの約束から二年遅れて、アルマークはノルク魔法学院に到着したのだった。



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