第4話 滝塚市角端埠頭事件―⑥

【時刻:午後一時四十五分頃 視点:片桐紫苑】


ここは、過去に新興住宅街のモデルタウンとして発展してきた地方都市、滝塚市。その北部に位置する港区の倉庫街地下。じめっとしたレンガ造りの通路を、片桐紫苑は歩かされていた。

 その両脇には生臭い半魚人たちが二体。彼らは深きものどもと呼ばれる種族。手には銛を携え、紫苑の一挙手一投足に目を配っている。


「あの、私これからどうなるんですか……?」


 弱々しい声に答える者はいない。紫苑は俯いたまま歩き続ける。先程見せられた石造りの儀式場。あれは何を呼ぶ場だったのか。

 そしてしばらく進み、彼女は牢屋に入れられた。ぬるぬるした水かき付きの手が、器用に枷を紫苑の両手に嵌め、鎖を付けて壁につるした。

 紫苑はちょうど膝を軽く曲げた状態のまま、立たされ続けることになる。座り込もうとすれば、手枷が手首に食い込む仕組みだ。


「うっ、ううっ……」


 自然と涙が出てくる。鎖がじゃらじゃらと鳴った。


紫苑がしばらくそのままでいると、隣の牢屋に誰かが入れられた。

 おそらく兄の片桐敦だろう。逃亡失敗して捕まり、紫苑への見せしめに両足の腱を切られた敦は、その後も暴行を受け、息も絶え絶えだった。

 このままでは兄妹共々殺されてしまう。そんな絶望感が紫苑の心を満たしていく。


 その時だった。大音響が紫苑の鼓膜に届いたのは。


 激しい衝撃が倉庫全体を貫いた。紫苑は思わず体勢を崩した。手枷が食い込む痛みに悲鳴を上げる。だが、誰も助けに来ない。何とか立ち上がり、大声で助けを求める。


「ねえ、どうなってるの! 誰か、助けて!」


 返事の代わりに追加の爆音が響いた。地震と見紛う程の強烈な揺れ。天井からパラパラと細かい破片が落ちて来た。


「何が起こってるの……?」


 紫苑は不安そうに辺りを見回す。そうしているうちに、天井に黒い煙が漂ってきた。


「え、火事!?」


 紫苑は必死にもがく。しかし、鎖は外れることはない。次第に彼女の手首は擦り切れ、血が滲んできた。それでも煙は充満し続ける。次第に紫苑は咳き込むようになってきた。


「お願い……誰か、私とお兄ちゃんを、助けて……」


 三度目の爆発音。もうダメだと思ったその時、紫苑は夏の日差しに照らされていた。レンガ造りの天井ではなく、青い空。手枷はあるものの、鎖を吊るす壁はもうない。

 そして、その視界に白い絹のようなものが入ってきた。


                                  ――続く

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