第15話 旅立ち前夜

 私たちが夢幻学園を退学し、バイト生活を始めてから一年と数か月。今日は二〇二五年一月十二日、明日にはおさむさんと蜜柑みかんちゃんの成人式が行われる。まあ、修さんは地元大阪に帰りたくないから成人式には出席しないんだとか。


「それで、今の貯金は…」

「千八百二十一万円…。間違いなく、千八百二十一万円」

「夏に静岡まで旅行行った上で?」

「月に十万ずつのお小遣いだったのに?」

「翠さんの誕生日プレゼントのギターが七桁だったのにですか?」

「宝くじも全部外れだったのにか?」

「ふるさと納税も月に数十万円収めたのに?」

「全員でほぼ毎週土日とお盆と年末年始と休んだのに?」


 全員がそれぞれ疑問を口にする。そりゃ、私だってこんな額を貯金できているとは微塵も思わなかったから。

 多分、私のCDの印税もあると思うけど…。まあ、それで有り難がられると困るし、口に出さないでおこう。


「これで、【九の呪具】を探す旅ができるよ!遂に私たち【連合国調査団】、本格始動の時が来る!」

「ちょっと蜜柑ちゃん、近所迷惑。それで怒られるの、私なんだから勘弁してよ」

「ごめんなさい、雲母きららさん」

「…別に謝らなくてもいいよ。一年以上目標にしてきたことをやっと始められるんでしょ?そりゃ嬉しいに決まってるじゃん。こっちこそ、口挟んでごめん」

「ということで、私たちは出ていきます」

「ふーん。…え?出てく?つまり全国を旅しながらその【九の呪具】を探すの?やめといた方がいいよ。その人数の美少女を二人の男で守り抜ける?歓楽街のやっすいホテルに泊まるのは危険だよ?」

「え?逆に雲母さんは、私たちが出てった方が気楽でよくないですか?」

「いや、まあ、気楽っちゃ気楽だけど、家事の分担なくなるし、今ほど贅沢できなくなるし、一人で寝るの久しぶりすぎて落ち着かなくなるだろうし…。まあ、踏んだり蹴ったり?みたいな…。まあ、私に得はないかな?」

「あれ?雲母さんだったらもう少し言葉を濁すと思ってたんですけど、案外はっきり“寂しい”って言いましたね」

「さ、寂しいなんて一言も言ってないだろ!まあ、そう言ってるようなもんだけど…」


 お義姉さんと蜜柑ちゃんのやり取りを見て、私は微笑ましくも、少し寂しく思った。正直、この毎日はお義姉さんがいたから余計に面白く、楽しかったのだと私は思う。


「…あ、明日の朝ごはんは全員の好きなモン作ってやるから、それぞれ言ってって。成人祝いで赤飯炊くから、考えてチョイスしてね」

「じゃあ、玉子焼き」

「お味噌汁で」

「大根のサラダがいい」

「唐揚げ!」

「俺は五目煮を」

「デザートに何かフルーツ出せるか?」

「おいおいみんな。我が儘言うと雲母さんが困るだろ。雲母さんだって仕事あるだろうし」

「いいよ。明日は有給入れてあるから」


 そう言って立ち上がったお義姉さんは冷蔵庫を漁ると、何も言わず外へ出て行った。多分、足りない材料があるからだろうけど。


「そういえば、今日という今日まで【九の呪具】に関して詳しく調べてこなかったね」

「だって、ずっとバイトするか、休むかだったし、初詣に桜麗おうれい神宮に行った時も忘れきってたし」

「とりあえず直ぐには旅立たず、明日の昼から桜麗神宮で【九の呪具】について調べよう」


「え!?それって私に、母さんに『友達数人で押しかける』って連絡しろってこと!?」

「いや、連絡しなくていいよ。それで口が滑って【九の呪具】の話しちゃったら、それこそ出禁になるかもしれないし」


 …私たちの旅立ちは、まだまだ程遠いものだ。

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