新訳 第4話 生身で

「翠さん、よくあんな化け物の前に出ようと思ったね」

「それで守れる命があるならって。それじゃあ、戦おう」

「え?戦うって、生身で?」

「咲希ちゃんは魔法使えばいいじゃん。まあ、私は生身で行くよ」


 躊躇なく答える私に、咲希は心配そうである。そりゃそうだ。


「翠さんって武道の経験あるの?」

「え?ないよ。けど、やるしかないでしょ」


 テロリストに立ち向かおうと正義を燃やす私の中で、一つの幼い頃の記憶が蘇った。



 十数年前。まだ、両親が生きていた頃の話。顔を思い出すことはできないし、声も鮮明には覚えていない。そんな私が覚えている数回の会話の一つだ。


「いい、翠。何があっても、夜に走ったり、暴れたりしたらダメだよ?他のお友達とか、大事な物が傷ついちゃうからね」


 その言いつけを守ってきたけど、何故そんなことを言われたのかは知らない。あの日以降の育ての親である叔母さんもそれに関しては兄であった父から大雑把にしか聞かされなかったらしい。

 私と叔母さんは、その言いつけは特に不思議な意味のないものなのか、言葉通りの意味しかないものなのかも知らない。

 なら、破っても特に問題ないのでは?私だって、もう成長したし。状況的に、仕方ないよ。

 そんな考えが浮かぶ。


「じゃあ、行こう」

「うん」


 私と咲希は同時に駆け出したが、翠は自分の走りに違和感を覚えた。


「え?翠さん速くない?というか、速すぎない?オリンピック選手?」


 おかしい。何かがおかしい。


 そう思っているうちに私はテロリストたちの車に突っ込んでいた。痛くはない。


「おい、お前誰だ!?」

「い、今、この小娘、車のドアを貫通しやがったぞ!どうなってんだ!?」


 テロリストたちは、自分たちが今置かれた状況を忘れ、騒ぎ立て始めた。

 何かごめんなさい…。


「お前たち、落ち着け。我々の目的を達成するまであと十分無いのだ。ここで失敗するわけにはいかない。小娘はつまみ出せ」


 リーダーらしき覆面の男が、淡々と言い放った。

 男たちの一人が、私の左腕を掴んだ。


「嬢ちゃん、すごい力じゃないか。怪我したくなきゃ、さっさと車から出てけ。じゃねえと、おっそろしい目に遭うぞ?」

「うるさい」


 翠が男に腹パンを決めると、物凄い音がして、男は唸り声の一つも上げずに数秒間痙攣を続けると、動かなくなった。


「どうやら、痛い目見たいらしいな」


 リーダーらしき男がそう言い放つと、飛んできた魔法が車体を切断し、車は爆発した。


 翠は、咲希がやったのだとすぐに理解したが、やってしまった、という表情から見るに、私が乗ってしまっているとは思っていなかったようだった。

 ただ、私はまた自分を疑った。受け身など取ったことがないはずの私は何故か自然と受け身を取り、怪我なく爆発を凌いだのだから。前世はヒーローだったのだろうか?

 私って、一体何者?


「み、翠さん、そんなに身体能力高かったの!?」

「いや、そんなはずはないんだけど…」


 咲希も困惑しているが、最も困惑しているのは無論、私自身である。

 もしかしなくても、お父さんとお母さんはこのことを知っていて、走ったりするのを…


「そうか。小娘の分際でテロリストに歯向かおうとは何事かと思ったが…」


 リーダーらしき男が小声で呟くと、私と咲希の足許に魔法陣が展開され、重力魔法が発動された。


「悪いが、我々の計画を邪魔する者には消えてもらわねばならん」


 咲希は重力魔法に苦戦していたが、私は普通に立っていた。そんでもって歩ける。


「ほう、これを無効化するとは、相当な実力者のようだな」

「私は今限定でただ無駄に身体能力が高いだけで、普段からはこんなのじゃないよ」

「そうか。で、お前たちは何がしたい?あと5分で皆殺しだが、その前に我々を返り討ちにしようというのか?」

「返り討ちにする気はないかな。ただ、やられる前に殺るだけ」


 強気に言ってしまった。これで負けたら一生ものの恥だ。そして、テロリストのリーダーらしき男は高笑いを始めた。


「そうか!ならば、やってみろ!」


 男が叫んだと同時に、傷つき、血を流している仲間たちも銃を発砲するが、重力魔法に何とか抗った咲希が防御魔法で銃弾を受け止め、走り出した私はリーダーらしき男の右頬に左フックを決める。


 リーダーらしき男は数十メートル転がると、結界にぶつかって止まった。

 立ち上がり、折れた歯を吐き捨てた男は両手で大きなオレンジ色の魔法陣を展開し、ビームのようなエネルギー弾を乱射魔法で放つ。

 私は大きなジャンプでエネルギー弾を避けると、近くにいたテロリストを蹴飛ばし、パンチをもう一度リーダーの男に右フックを見舞うが、受け止められてしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る