第44話
「おい、そこの餓鬼。敵対しねぇなら、痛みを感じさせずに殺してやる……狂風琰月の構成員である以上、生かしてやるとは言えねぇがな」
青嵐は少年と同じ位置まで高度を下げ、風術で滞空する。彼の視線は何もない場所で当たり前のように立つ少年の足元へと向けられた。
(空中に立てる以上、あの餓鬼が風術士なのは確定……結界術だけなら俺と比肩している)
少年の姿形には一切囚われることなく、その術質や精度から相手の実力に関する情報のみを抽出して分析する。青嵐は年齢が術者としての才能には何ら関係がない事をよく知っている。そんな彼はその眼で視ただけで全てを察した。
少年の強さは生半可なものではない、と。
青嵐がすでに臨戦態勢に入っていると、彼と対峙する少年の方はふるふると肩を震わせた後、目を見開いて激昂した。
「僕は
どうでもいい反論だった。青嵐は嘆息した。
「あっそ。んなことはどーでもいいから教えろよ……安曇野刑は何処だ?」
「答える義務はないな。帰れ!!!!」
次の瞬間、青嵐の周囲で空気が騒めく。風術の気配を感じ取り、彼は僅かに後退する。裾風の風術は青嵐が移動してから数秒程のインターバルをおいて展開され、透き通った結界の中にあった物質を跡形もなく消し飛ばした。
(分子の消滅……こいつの結界はやっぱり俺のもんよりも精密度が高い。俺の目に狂いがなければ、細菌兵器レベルの攻撃も可能だな。その分、展開に時間がかかるってところか)
すぐ間近で空間が爆ぜ、存在していたはずの物質が消滅し、完全なる虚空が一瞬生まれたのを青嵐は見逃さない。そこから推測を立て、何が起きたのかを冷静に見抜いた。
裾風の方も自身の結界術がいとも容易く躱された事実に顔を顰める。
(僕の結界が完全に展開される前に感知されたのか……! 噂には聞いていたが、これが風術に己の意思を投影することで実現した超光速反応……ッ! やはりこの男は危険だ……ここで確実に始末しておかなければ!!!!)
決断と共に裾風が印を結ぶ。素早く組まれていく結界術の印を見て、青嵐は目を丸くした。
本来、印というものは次の手を開示する行為に等しいので隠して行うのが常識である。
しかし、裾風にはその常識に従う必要は全くない。
彼の結ぶ印は全て彼自身が編み出したものであり、その印に付与された効果を彼以外の者が知る術は何処にも存在しないのだから。
決して出鱈目にあらず。その意味を本人以外が知る由もないということだ。
無数に量産される結界が逃げ惑う青嵐を追い詰めるべく追尾する。まるで体の何処かにマーキングでもつけられているかのように、彼の動きを明確に捉えていた。
「キリがねぇな……」
風術で生み出した風の刃で結界を切り裂くも、それで終わりとはいかない。切り裂かれた結界からまた新たな結界が作られ、青嵐へ襲いかかっていく。矢継ぎ早に繰り出される結界は魚の群れのように進軍し、彼を押し流した。
(結界そのものの出来は、俺を閉じ込めたヤツよりかは下。威力も大したことはねぇ。だが、一撃でも受けて硬直すれば、間違いなくその隙を奴は突いてくる)
風の結界越しとはいえど、怒涛の勢いで展開され続ける結界の脅威はひしひしと感じられる。
塵も積もればなんとやら。質よりも量に特化していた。
風の刃で応戦しつつ、青嵐は視線を術者本人である裾風へと移す。結界の展開持続時間を持続させる為に、彼は印を絶え間なく結んでいた。
(この面倒くせぇ結界をどうにかするには、術者本人を叩くのが手っ取り早い……その対策をやってねぇ筈はないだろうが、なッ)
自身へと畳み掛けてくる大量の結界群を風の刃と風の鞭による超質量攻撃で迎え撃つ。その最中に一動作のうちで紛れ込ませて放った空気の弾丸が裾風の眉間目掛けて飛んでいく。
音の壁をも突き破る速度を体現していたものの、直撃する間際で裾風の眼前に突如出現した結界に阻まれた。
ところが、それは想定内。青嵐が見ていたのはそこではなく、不意をつかれた際の裾風の反応だった。全くの無反応。印を結ぶのに集中しており、攻撃に気付いてすらいなかった。
(やっぱり不意打ちも意味ねぇ。今のは完全に反応出来てなかった……自身を守るように自動での結界の展開が設定されてあるみたいだな)
暫くして、青嵐の中で倒せる算段はついた。あとは実行するのみ。
追い回してくる結界を風の結界で押し退け、超高密度の空気を薄く伸ばして作り上げた風の刃を振り翳す。防戦一方に追い込まれたフリをしながら、悟られないように敢えて時間をかけて研ぎ澄ませた一撃。
(逆に言えば、あいつ自身は俺の攻撃に反応出来ねぇってこった……ならとっとと終わらせるだけだ)
風圧で自身を吹き飛ばすが、風の結界のお陰でダメージは一切ない。ただ物理的に途轍もない速さで移動させられ、結界の射程圏から外れたのを見計らって手刀は振り下ろされた。
一直線に向かってくる風の刃。今までの威力とは比較にならず、裾風の展開する結界のどれもが通用しない。障子紙でも破くように全て突破し、ついには彼の眼前にまで迫っていた。
印に付随した効果を即刻取り消し、目の前に対する脅威に対処しようと裾風は新たな印を結ぼうとした————
「やらせねーよ」
「が……!?」
————が、彼の意識が自分から逸れた一瞬の間で死角へと回り込んだ青嵐の鋭い蹴りが少年の顳顬を蹴り飛ばす。
印は中断され、結界は展開できず。短い苦悶の声を上げた後、裾風の胴は首と泣き別れするのだった。
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