第42話

 日本で最も有名な霊山の頂上で瞑想し、集中力を極限に高めていく青嵐。

 必要な情報以外を肉体から遮断し、五感の枠組みから外れた感覚機能の感応能力を最大限に開く。その過程で霊山を巡る霊脈から発せられる霊気で自身の風術の出力を底上げし、風術による彼の探査能力を一つ上の次元へと押し上げる。


「……風術での探知に引っ掛からねぇ」


 それでも足りない。青嵐は更に自身の風術に対しての解釈を拡げる。

 空気の流れを掌握し、そこから更に発展させることで風から大気を支配。そして、空間そのものに自身の視覚を付与し、世界を俯瞰して見通す。数十秒かけた工程で行われた神業だったが、それでもなお襲撃者の足取りは一向に掴めない。


(どれだけ逃げようが、必ず痕跡は残る筈……だが、何もねぇ。こっちは次元の眼まで使ってるっていうのに、ここまで何も見つからねぇのは流石におかしい)


 今の彼には世界中で起こっている全てが視えている。それは即ち、世界の真実を暴いていることに他ならない。地球が生まれた日から現在までに起こった全てが手に取るように分かる。その辺の記者やパパラッチでは知りようもない光景さえ目撃している。

 その情報を売れば、大金が転がり込んでくるだろう。それこそ一生働かなくてもいい、巨万の富を築ける。情報屋達が喉から手が出る程に欲しがる情報を有しているのだ。

 それでも今の彼にとっては塵同然だった。金は好きだが、青嵐は別に金だけを目的に生きているわけではない。

 金はあくまでツールであり、刹那的に生きる彼を縛り止めるための鎖のようなもの。今の彼の主目的は狂風琰月の壊滅と安曇野刑の救出。それに繋がらない情報など眼前に大金を積まれて諦めるように乞われても、迷わず蹴り飛ばすだろう。

 ここまで手を尽くしても見つからない事実に焦ることなく、彼の考察は止まらない。


(となると……狂風琰月のアジトはこの世界には存在しないか、もしくは————この空間に干渉し、意図的に空間に歪みを作っているか。正直なところ、一術者が出来るレベルを超えている……が、切り札アリだったら俺にも同じ事が出来ると考えれば、あながち的外れってわけでもなさそうだ)


 思考を回し、それが可能かを脳内で理論を構築する青嵐。

 すぐに答えは出た。


(狂風琰月の連中の中にはこの俺にさえ気配を悟らせない奴もいた。風術による探査能力をも掻い潜るほどの術だというのは確定……だとしたら、それくらい術の性能がぶっ飛んでいた方が納得できる)


 これは自身の実力を高く見積もっているわけではない。青嵐が風術士の中で現代最強なのは自他共に疑いようもなく、その彼をも欺く結界が構築できるのだとすればむしろ正当な評価である。

 今の青嵐よりも、相手の結界術の方が上だと言っているのだから。


(なら話は早いな)


 しかし、青嵐が現代最強の風術士なのは術者としての才能が優れているからというだけではない。術者としての腕は今更だが、それ以上に知識量とそれを活用する能力も現存する術者達を凌駕しているからだ。

 いくら術者としての才能があったとしても、それを使うだけの頭が備わっていなければ宝の持ち腐れなのだ。


(相手の結界術の方が上手なのは間違いない。世界一つを構築するレベルの俺の風の結界以上にタチが悪いな。だが、だからこそ突ける隙がある……)


 青嵐は右手を掲げる。その手を覆うように規則正しい風の流れが生まれ、鋭く研ぎ澄まされていく。掌全体から指先に至る隅々まで風が循環し、速度を高める。時間経過ごとに加速していき、亜音速から音速へと達する。


(イメージ……イメージ……世界を……空間を……断つ)


 そして、青嵐の意思の強さと完璧なイメージにより、ついには光速へと到達した。本来ならば有り得ない領域だが、彼の風術に対する知識と絶対的な揺るぎない自身への信頼が不可能を可能にさせた。


(ここだ)


 直後、振り抜かれる青嵐の手刀。一瞬で移動したその一振りは空間に歪みを齎し、その影響を受けたことで彼の近くで聳え立つ霊山を巻き込んで悉く消し飛ばす。天まで届く土煙と塵へと変わった山の土砂やら木々が遠目で舞う中、青嵐の視線は目の前に固定されていた。


(風術士の俺の目から逃れる術が空間を歪める事なのだとしたら、その空間を正せば当然正した地点へと結界で覆われたものは現れる……予想通りだな)


 そこには簡素な扉があった。しかし、青嵐の気配察知能力は捉えていた。

 その扉の先から滲み出す禍々しい気配と覚えのある雷術士の微かな存在感を。


「見つけたぜ」


 青嵐は躊躇うことなくその扉のノブへと手を伸ばし、捻りながら引く。その瞬間、扉は音を立てて開いた。

 扉の先は黒一色で染まっており、何もない空間だけが途方もなく広がっている。侵入者対策用の罠も考慮したが、時間をかけるほど刑の身の安全が危ぶまれていくのは明白。


ようが潰してやるよ、天雲あまぐも


 扉の先へと踏み込んだ青嵐。ゆっくりと扉は閉まっていき、その存在は跡形もなく消える。

 残ったのは青嵐の一振りによって生み出された破壊の痕跡のみ。

 この後、ニュースや新聞で取り沙汰されるが、真実を知る者は本人を含めても数人程度に留まるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る