第8話

 暗闇の中から現れた二人の少女を見て、青嵐は密かに冷や汗をかいていた。


(おいおいおい、巫山戯んなよ……ッ!炎術士じゃねぇのに何なんだこいつらが宿す膨大な熱量は……!吸血鬼の真祖程じゃねぇにしても、術者として出会ってきた中では最高位の化物じゃねぇか……ッ!)


 薪火に呼ばれた二人は無表情のまま、無感情な足取りで歩み寄っていく。無様に尻餅をつき、顔中を煤まみれにした父を見ても彼女達の顔色は微塵も変わらない。


「た、助けてくれ! お前達の力ならあの悪魔も殺せるッ! なんせ私の炎術士の血に怪異の残滓を混ぜたことで生み出した最高傑作だ! さぁ、早く私の役に立て! その穢れた身を寵愛してやった恩を返せッ!」


 情けない顔で、情けない声を上げ、情けない要求をする薪火。つい先程までは無能者だと見下していた相手を事もあろうに悪魔などと同一視する始末。

 悪魔の強さと邪悪さを知る青嵐からしてみれば、何ともズレた発言にしか聞こえなかった。

 薪火が興奮したように青嵐を殺すよう命令を下すも、二人が動く様子はない。ただじっと薪火を見下ろしている。

 彼を値踏みするような視線だった。


「何だその目は……? 親の言うことが聞けないのか? 力を与えてやった私の命令に逆らうというのか……!」

『貴方はご自分が仰ったことを覚えていますか?』


 薪火が思い通りにならず炎術で脅そうとした瞬間、二人が同時に口を開く。まるでタイミングを合わせたかのように重なり合った静謐な声がこの場に響いた。


『強い者がこの世を統べ、弱い者は淘汰される……そう仰られましたね』

「それが何だ? 私は強い。本物の強者であるこの私を差し置いて、当主となった神道篝を始末するためにお前達を作り出したのだ……」


 聞き覚えのある名前が飛び出し、青嵐は僅かに肩を竦める。

 親よりも親として自分を見守ってくれていたと言える存在。そんな相手を殺そうとしている薪火に怒りは湧いたものの、追放された身である自分が苛立つのはお門違いだと嘆息を漏らす。

 その一方で薪火は少しずつ感情を荒立たせ、全身から熱気を立ち昇らせながら二人の少女を睨め付けた。


「無駄口を叩いている暇があったら早く奴を始末してこい! あの無能者を、あの弱者を、一刻も早く————」

『この場で一番の弱者は貴方ですよ、お父様』


 その時初めて二人の顔に喜悦が宿った。

 あまりにも醜悪で、冷酷で、残忍な感情が露わとなる。

 身の危険を覚えた薪火は距離を取ろうとしたが、その前に紫色の頭髪をした少女が肩に手を置いた。何をされるのかを理解し、彼は生まれて初めてみっともなく命乞いをしようとした。


「ま、待て……父を殺すのか? や、やめ————」

『貴方は私達のお父様ではありません。だってこんなに弱いはずがないですもの』

「ぎゃ……!? ま、まっへ……ま゛っへ゛く゛れ゛ぇ゛ぇ゛え゛゛゛゛」


 涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしたまま、薪火の全身は馬鹿げた火力を浴びせられた。死を回避するために自尊心を投げ捨てたというのに、一切の情けはない。むしろその行為を蔑視し、唾を吐きかけ、虫ケラでも踏み躙るように殺す。

 神道薪火の最期はあまりにも呆気なく、誇り高き神道家の炎術士としては最低最悪の死に様だった。

 紅蓮の煉獄に叩き落とされたかの如く、一瞬で燃え尽きた薪火を塵屑でも見るような眼差しで少女二人はせせら笑う。


『ほら、やっぱりお父様じゃなかった。私達の知るお父様はもっと怖くて、強くて、逞しいもの』


 恍惚とした顔で自らの肩を抱く同じ顔立ちの少女。まるで情事の最中のように息遣いを乱しており、頬を朱に染めていた。

 蚊帳の外に置かれていた青嵐はしれっと立ち去ろうとしたが、二人からの熱い視線を受けたことで足を止める。


「何だ? お前らは俺に敵意を向けてねぇだろ? 不意打ちで攻撃してくれば、多少の手傷くらい負わせられたかもしれんのにな」

『それは無理ですね。貴方は強い……無能者と罵っていた彼らよりも術者として格上。それに————貴方はまだ本気を出していないでしょう?』

「いんや、結構必死こいてたぜ。内心あいつらにいつ殺されるかってヒヤヒヤしてたよ」


 軽薄が服を着たような態度のせいで少女二人から射竦められても、青嵐の余裕は崩れない。彼女達を手強い相手だと認識しながらも、逃走一つに選択肢を絞れば容易く撒ける程度の相手なのを見切っていたからだ。

 確かに戦闘に持ち込まれると、切り札を開示するのも視野に入れなくてはならない。

 しかし、所詮は炎術士であり、火力はあっても術のキレそのものは薪火の方が上。怪異の血のせいで炎術の制御に手間取っているのだ。

 術者にとって怪異は敵であり、怪異にとっても術者は敵。

 決して交わることなく、分かり合えない存在なのだ。

 そんな十全に力を発揮できない術者を相手に風術士として大成した青嵐が遅れを取るわけがなかった。


「というわけだからそいつらよりも数段手強いお前らの相手をしてやるつもりはサラサラねぇ。タダ働きは真っ平御免だしな」


 術者ならば使命感に駆られ、目の前の存在を滅殺しにかかるだろう。そんな感情とは無縁の青嵐は暴風を巻き起こし、二人の視界を遮る。炎術で少女達が風術を破った時には彼の策略は終わっていた。

 姿を消した青嵐は風に乗せた言葉を二人へと伝える。


『また会えた時は軽く遊んでやるよ、オジョーチャン達』


 彼の言葉は夜空へと溶けていき、夜風がひゅるりと吹いた。もう彼の気配は欠片程も残っていない。すでにここにはいないという事だろう。身を隠していた風術士三名が暗闇の中から姿を現し、少女の前で跪いた。


「報告致します。神道青嵐、補足不能……申し訳御座いません。罰を何なりとお命じください」

『顔を上げなさい。貴方達は悪くありません。悪いのは、神道家の術者達虫ケラ共。あの男を相手するのにこの程度の戦力で足りるはずがありませんもの』


 淡々とそう告げ、彼女達は夜空を見上げる。 蠱惑的な光を灯した瞳が揺れた。

 その双眸に宿るのは純然たる殺意だった。


、貴方は必ず"狂風琰月きょうふうえんげつ"の名にかけて殺します』

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