第7話
運命の結果発表。
結果を待つ会場は妙な静けさに襲われ、私はその異様さに耐えきれずにいた。
「それでは次に二学年の伴奏者賞を発表します。」
みんなの視線はあなたを指していた。
「伴奏者賞は・・・」
息を飲む。
「二組、桜珈那さん。おめでとう!」
どんよりとした空気。その中に時たま聞こえるウシガエルの鳴き声。
何人かの生徒は未だにあなたをじっと見つめていた。
そして、湧き上がった歓声。ただ唖然とするいくつかの顔。
残ったのはそれほどまでにみんなが驚いたという事実。
先生たちが選んだのは私だった。
遊佐藍じゃなくて、桜珈那だった。
驚きを隠せない私の心には期待や少しばかりの怒りが詰め込まれているようで。
「藍じゃないの?」
というホールを突き抜けるような声がたくさん聞こえる。
なんていじわるなことを言うのだろう。
けれど、そうなることは私が誰よりも分かっていた。だってあなたは私よりも断然上手かったから。悔しいけれど認めざるを得ない。
どうして遊佐くんじゃないの?
だなんて疑問は私でも持ったし、何よりも私の音楽を否定されて辛かった。
「藍の方が上手だったのにどうして桜なんですかー?」
他クラスのいかにも中心にいるような男子が私をからかうように言う。悔やむ私の前でそんなに堂々としなくても。
「えーっとですね、。」
困った顔を浮かべる審査員を務めた先生たち。
「先生たちは伴奏者としては桜さんが一番優れていたと判断しました。」
遅い。
先生の弁解なんて私にはもう響かない。
伴奏者としては。それじゃあ、演奏家としては?
「大丈夫だよ、あんな野次なんて気にしないで。」
「そうだよ。珈那も全然上手だったし!」
「なんなのあいつ。じゃあお前が弾いてみろっつーの。」
私を励ます数少ない言葉もまた、やはり私には届かない。
落ち込む私を含むクラスメイトたち、その真ん中で
「順番なんじゃない?」
と透空が残酷にも吐き捨てた。
「順番?」
はてなマークを頭に浮かべたパートリーダーたち。
「そう順番。一年生の頃は遊佐だっただろ?だから今年は桜なんだよ。」
あぁなんだそういうことか。
私は遊佐くんを差し置いて一位になったんじゃない。遊佐くんは最初から殿堂入り。遊佐くんを除いた中で一位になっただけだったんだ。
クラスメイトたちの顔色がぱっと明るくなる。
「なんだそういうことかよ!」
「そっか!じゃあラッキーだったんね珈那。」
誰もが私に笑顔を向けた。
この小賢しい笑みはなんなのだろう。
クラスメイトたちも私のことを見下そうとして言っているのではないことぐらい分かっている。
でも、
「私ラッキーなんだ笑」
ラッキーなんて台詞、今は一番聞きたくないし使いたくない。
「みんなが思うほど簡単じゃないんだよ。」
再び光を失ったようなみんなの表情。
咄嗟に出た不満は、果たして聞こえてしまったのだろうか。
けれどもうそんなことどうだって良かった。
こんなことになるなら選ばれたくなかった。そんな最低な思いを吐き出しそうになるほど苦しかった。
最後まで私の欲しいものは一つも手に入らなかったんだ。
終わらせてしまいたくなるような絶望。
直後、みんなの視線が一点に集中した。
まだなにかあるの?
怯えながらもその先を見上げると、そこにはなんの落胆もなく涼やかな顔をした遊佐くんがいた。
あぁそっか、やっぱりこの人には何も響いていないんだ。
最優秀賞なんて始めからどうでも良かったかのように自らの演奏に自信を持っているんだ。賞は得られなくても自分が一番であることをもう既に知っているんだ。
この人の頭に私なんて入れやしない。
周りが遊佐くんに対して哀れむ気持ちとは裏腹に、何も感じていないあなたが恐ろしくも思えた。
あの日は私を一瞬にして崩してしまったのだ。
ずっと開けられないピアノの蓋を見つめながら、今日もどうすれば良かったのかをひたすらに考えている。
それはまるでただあなただけが可哀想だと思われたくない、そんなせめてもの抵抗のようだ。
もし私が遊佐くんの身近な人だったら今日のことも冗談のように笑えていたのだろうか。
もし私たちが双子だったら?
私たちのことは私たちでやってくれとみんなは思うだろうか。
つまり私たちに必要なのは近い距離感や信頼、誰にも負けないようなお互いを思う気持ちなのではないだろうか。
誰も割り込めないような近い距離感であなたといればいい。
お互いの言葉だけを信じ、他の誰の言葉も信じられないように洗脳されればいい。
お互いを何よりも大切に思い、相手を傷つけないように守り合える関係になればいい。
でもどうすればいいのだろう。
あなたにとってどの位置に立てばその役割を私にくれるのだろうか。
そしてたった一つの答えに触れてしまった。
私たちは双子にもいとこにもなれない。ならその代わりにあなたの一番大切な人になればいい。そうすればもう誰もあなたを可哀想だとは思わないし、私を悪魔だとも思わない。
その瞬間、彼女になりたいと初めて願ったのだった。
彼女になれば、それだけで私は遊佐くんの守りたい存在だから。誰かが私に刺すほんの小さな棘の一つ一つにも遊佐くんは自らの身体を犠牲にしてまで私を守り抜いてくれるだろう。
だって彼女だもん。
そんな無駄なシナリオを立てた私は、そのシナリオ通り恋に落ちた。
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