第2話

 一年生の頃の文化祭、そしてその目玉である合唱コンクール。

私が何よりも欲しかった伴奏者賞はあなたに取られた。

名前を呼ばれたあなたはしとやかな足取りで一段ずつ階段をのぼり壇上へ上がった。賞状を受け取る時の端正な姿でさえ美しく感じさせる。全校生徒を前にして無邪気に微笑むあなたはやりきれないほどに眩しかった。その眩しさは今でも私に突き刺さる。

表彰が終わると辺りは自然とあなたを褒める人々で溢れかえった。それぐらいに完璧で、私にはどうしても埋められないであろう差があった。

力強い和音が重なる音色はとてもダイナミックで、曲調に伴いテンポが速くなってもなお乱れない音の粒はきめ細やかで美しい。最後の和音を靱やかに鳴らしたあなたの両手は宙を舞う。まったく、非の打ち所がない完璧な演奏でみんなは一瞬にしてあなたの音楽の虜になってしまった。

肩を落として自分を責める私を見かねたのか

「珈那(かな)もとっても上手だったよ。」

「そうだよ。私たちのクラスの伴奏が珈那で本当に良かったと思ってるよ。」

親友の菫(すみれ)たちが励ましてくれたけれど、その度に私の胸はぎゅっと苦しくなるばかりだった。

悔しかった。私にはピアノしかないのに。

今までピアノと向き合ってきた日々はなんだったのだろう。大切な私の財産としてこれからも抱えて生きていけると思っていた。

こんなことになるなら初めから無ければ良かった。ピアノなんて、音楽なんて、私の人生にはいらない。後悔と無念が私の心を交差して消えてくれない。

「ありがとう。」

やっとのことで振り絞って出した言葉はどこまでも弱くて。なんでも持っているあなたに負けてしまうことがたまらなく許せなかった。

それなのにあなたは決して勝ち誇ったような顔はせず、ただ自分の納得のいく演奏ができたことに満足しているようだった。賞だけに貪欲になっていた愚かな私とはまったく違う。

どこまでもまっすぐで、その姿は演奏家そのものだった。

清々しい顔をしたあなたを遠目で眺め、見つめる。まるで少し憎んでいるかのように。

「あぁ桜さん。」

私から送られた醜い視線に気づき、それを受け取ったのだろうか。あなたは声を掛けてきた。

私は苦笑いを浮かべただ会釈するだけだ。

「あ、えっとー桜さんの伴奏、普通に良かったよ。」

普通に?

普通に良いってなんなの?

慣れていないのかあなたはどこかぎこちなかった。

「じゃあ遊佐くんはどれだけ良い伴奏なの?笑」

あなたの顔が一瞬にして曇る。

私も無意識に出た言葉であなたを刺してしまったようだ。

目を合わせられず俯きながら次の言葉を必死に探していると

「まぁ今年は俺だっただけだよ。来年はもっとお互いが楽しめたらいいな。」

あなたからだった。

ただの優しさとも苦い毒とも思えるこの言葉を私は毒だと捉えてしまった。

こんなに容易く見下すような言葉を吐けるだなんて。悪気がないからこそ余計に悔しい。

でもあなたから話しかけてくれるなんて思いもしなかったから

「そうだね。楽しんだもん勝ち!」

急いで在り来りな言葉を紡いだ。必死に取り繕った笑顔を全力であなたに向ける。

これはせめてもの足掻きなのだ。

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