共依存Ⅰ

タカナシ トーヤ

支配

曇りがかったある日の午後。

窓の外で轟轟と吹き荒れる風の音を打ち消すように、僕はテレビの音量を大きくした。


とある宗教団体に捜査のメスが入ったらしい。無精髭の怪しい中年男が警察に連行されている。


どうして人は誰かに依存してしまうのだろうか。


僕の古い記憶がフィルムのように頭を流れ始めた。



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4年生に進級して、玲とクラスが一緒になった。


玲は美形で、頭がよく、字も上手で、すごい文章を書く。家も金持ちで、いつもブランド物のかっちりとした服を着て、子どもらしからぬ発想をし、大人顔負けの発言をする。

テストでもいつもいい点をとり、先生に褒められていた。



当時、おとなしく、勉強好きな真面目な子に分類されていた僕は、自然と玲と仲良くなった。



5時間目の授業が終わって、玲が僕のところにきた。


「今日、放課後うちに遊びに来ていいよって、ママが。」

「え、でも僕、まだお母さんに話してないから、一旦家に帰らないと。」

「うちのママ、葵ならいつでも自由に来ていいって言ってた。」

「それもそうだね。玲のところならそのまま行っても怒られないか。」



僕が自由に行き来できる友達の家は、玲の家だけだった。



玲のママと僕の母は、仲が良かった。

なんでも話し合う仲だ。

、僕は玲となら自由に遊んで良い。


僕が玲に話した話は、玲のママに全部筒抜けだ。

それはつまり、僕が話した話は、僕の母にも全部筒抜けだということだ。

、母は僕を安心して玲と遊ばせることができたのだろう。


僕は玲と話していても、どこかで全部母に聞かれているような気がして、ちっとも落ち着かなかった。


でも、自由に遊べる友達は玲しかいないのだから、やむを得ない。



他の友達を家に呼んでも、母は、あの子はダメだ、この子はダメだ、友達の兄弟は勝手に連れてくるなとあれこれケチをつけ、挙げ句の果てには会話の内容にまで口出ししてくる。


「さっき〇〇くんの悪口をいっていたでしょう。お友達の悪口を言うような子とは、もう遊んじゃいけません。」



うんざりだ。

僕はその日から、家に友達を一切呼ばなくなった。



そんな僕の気持ちなんてつゆ知らず、母は僕に問いかける。

「クラスに仲良い子とかいないの?」

「お友達とお外に遊びに行ってきたら?」




僕は何も答えない。




—玲だって、いつもクラスメイトの悪口をいっている。

お母さんだって、お父さんといつも悪口を言い合ってケンカしているじゃないかー



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玲のママは、とても綺麗な人だった。

モデルのように背が高く、玲そっくりな美形。芸能人だといわれればそうなんだ、と納得してしまうような派手な顔立ちに、煌びやかなファッション、ピンと伸びた背筋。

元銀座のホステスとだけあって、その美にかける執念は凄まじいものがあった。僕が遊びに行くだけでも、メイクを完璧にしてからでないと絶対に家に入れてくれない。

うっかり予定より早くついてしまった日には、「待ってて」と玄関の外で化粧が終わるまでしばらく待たされた。


玲のママの顔とか、別に僕にはどうでも良いんだけどな…と内心思いつつも、待つ以外に選択肢はなかった。


玲にパパはいたが、家に帰らない人だった。小4の間、平日も休日も、頻繁に行き来していたが、1回しか見たことがなかった。


玲の家の中は、重厚感のある彫刻や、有名画家の作品が、まるで美術館のように広いリビングにセンスよく飾られており、いつ見ても完璧な状態だった。


一方の僕の家はいたって平凡だった。なんの変哲もない家庭。なんの変哲もない家。


なんで僕の母と玲のママが仲良くなったのかわからない。


真面目と努力だけが取り柄で生きてきた僕の母にとって、きっと玲のママのように強く自由に生きる女性は眩しく輝いて見えたのだろう。

母は「お互いにない部分を持ち、尊敬し合える仲」といつも言っていた。


玲のママは、僕や母に色々プレゼントをくれた。その数といい、金額といい、友達の親からもらう内容としては尋常ではなかった。


週末には玲の服を買うのに僕も連れ出され、お揃いのセーターや手袋を買ってもらったりした。


自分で選べる時はまだしも、玲の母が一方的に渡してくるそれはだいたい、僕にとって困惑する代物だった。


趣味じゃない服

謎の置物

派手な下着


母へのプレゼントも個性的だった。


手作りの服

高額な陶器の皿

写真館で撮った、玲のお祝いの写真が3枚入った豪華な写真立て


勿論、僕の平凡な家庭の経済力では、玲のママにお返しをし続けることは不可能だった。


僕にはそんな格差のある関係は全く心地よいものには思えなかったが、母は相変わらず、互いに尊敬し合う対等な関係であると主張し、気にとめていない様子だった。



そして母は、なんの躊躇いもなく玲の幸せそうな写真が入った写真立てを鏡台に飾った。



「ふぅん、僕たちの写真は飾ってないのに、玲の写真は飾るんだね。」



皮肉たっぷりに言った僕の様子に慌てた母は、写真立てを片付けた。

「自分の子の写真を写真立てに入れてプレゼントするなんて、びっくりよね〜。」



—あぁ、よかった。母さんに、まだ「おかしい」って気づいて、片付ける気持ちが残ってたんだ。


僕は少し安心した。



—玲のママにもびっくりするが、僕にはそれを当たり前のように鏡台に飾っていた母さんも、同じぐらいびっくりだったんだけどね。




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