第32話 ダブルデート

 下着店を後にして、私たちのダブルデートは続行となる。

 ただし――、


「あんた、まだついて来るの?」

「そちらこそ、ミュリナさんにベタベタし過ぎじゃありませんか?」


 なんて具合に、私はメイリスさんとレベルカさんから両腕をがっちりと掴まれたまま移動して行くことに。

 たしかにレベルカさんにも一緒にいてほしいと思っていたが、まさかここまでしてくるなんて。

 もしかして私、モテ期なの?


 苦笑いを浮かべるばかりの私に、二人はいがみ合いをやめようとしない。

 ちなみに、二人とも新しい下着をちゃっかり三着も買っていた。

 金持ちめっ!


「次はどこ行く? ミュリナの好きなとこに連れて行ってあげるよ。私と二人になれるところがいいな」

「ミュリナさん、貴族のメイリス様とではいけないようなところに行って、平民同士二人で遊びましょうよ」

「レベルカ、あんた失礼よ。不敬罪でひっ捕らえてもいいのよ?」

「そちらこそ、お貴族様だからと何でも上から目線で語らないで下さい」


 私を介して火花が散らせる。

 なぜ二人ともわざわざ相手を排除するような提案ばかりしてくるのか。


「さあミュリナ、どっちの方に行くかあなたが選びなさい!」

「ミュリナさん、言ってやって。平民同士の方がいいって」


 えええ!?

 しかも私が選ぶの!?

 これどっちを選んでも絶対よくない奴じゃん!


 喧嘩ばかりする二人に、私は怒ってしまう。


「むぅぅ、公園に行きたいです」

「……え? 公園?」

「こ、公園なんてやめようよ。二人で行ける場所に――」

「私はどちらかとじゃなくて三人で一緒に遊びたいんですっ! みんなで行ける公園じゃないと行きませんからっ! 【アクセルバーストォ】!!」


 私は二人を振り切って、加速魔法で一気に公園へと移動するのだった。


     *


 公園のベンチに座って待っていると二人が走って追いかけてくる。


「ミュリナ~」、「ミュリナさ~ん」

「むぅぅ」


 まだ怒っているぞと態度で示す。


「ご、ごめんって。そんなに嫌だと思わなかったから」

「そ、そうだよ。こうしてメイリス様と二人で来たから、機嫌を直して?」

「ぶー。もう喧嘩しないんですか?」

「しないわよ」「しないから、ね?」


 焦った二人の表情を見て、とりあえずこれで許しておくことにする。


「……仲良くするんならいいですよ。そしたら、公園でお昼にしましょうか。ちょうどそこにお弁当屋さんがありますし」


 笑顔を向けることで二人を安心させ、三人してお弁当をベンチで食べる。


「なんか不思議ね。この三人でご飯を食べてるってあんまり想像してなかったわ」

「そうですか? 私としてはここにエルナも混ぜたいくらいですが」

「エルナって誰?」


 レベルカさんから質問が飛ぶ。


「ああ、そう言えばレベルカさんは知らなかったですね。私が保護している魔族の女の子なんです」

「……魔族を、保護しているの?」

「ええ。道で捨てられていて、どうしても助けてあげたくて。今は一緒に暮らしているんです」


 レベルカさんから訝し気な視線を向けられてしまう。


「ミュリナさんはどうして魔族を助けるの?」

「どうしてって――」

「ごめんなさい。聞き方が悪かったわね。ミュリナさん、元々は魔族領にいた奴隷でしょう? なんで、魔族を憎んでいないの?」


 そんな問われ方をされて、胸に手を当ててしまう。

 たしかに昔の私なら、魔族を憎んでいただろう。

 でも、エルガさんやビーザルさんに出会った今は、そういう考えにはなれない。


「たしかに、私も魔族領では酷い目にあいました。物心ついたときからずっと辛くて、悲しくて、苦しいことばっかり。どうして神様はこんな不平等に世界をつくったんだろうって何度も呪いました」


 レベルカさんは何か思い当たる節があったのか俯いてしまう。


「何度も夢に見ましたよ。勇者様、助けに来て。私はここにいる、って。でも、夢から目覚めたときの現実はいっつも灰色に染まっている。世界に色があることにすら気付けなかった」

「じゃあ……じゃあどうして? なんでミュリナさんは魔族を保護なんてするの?!」

「人を助けるのに、理由なんて必要ありませんよ」


 そう述べると、レベルカさんが嫌悪感を露わにする。


「そんなの詭弁よ。それは――」

「そう教えてくれた人がいたんです」


 亡くなられたあの人を瞳に映しながら、その信念を握りしめる。


「悪意からイジメてくる人もいる。人を利用して害意を為す人もいる。でもそれって、人の一面に過ぎないと思うんです。人は優しくて、分かり合えて、助け合える。私はそう思えるようになった。だから私は勇者になりたいんです。勇者になって、そうやって人々を救っていきたい」


 そう述べると、レベルカさんはなにやら考え込んでしまった。

 代わりにメイリスさんが返答してくる。


「あんたって偉いわよね。その教えたくれた人に恩を返そうじゃなくて、自分もそうなろうとしてるんだもん」

「まだ、具体的には全然ですけどね。……なんだかしんみりしちゃいましたね。もっと楽しい話をしましょうか」

「ええ、そうね」

「……レベルカさん、大丈夫ですか」


 彼女は黙ってしまってから、ずっと地面とのにらめっこを続けている。

 しばらく彼女を待っていると、それをやめたと思ったら、途端に私の裾を掴んできた。


「私も……私もなの。私も同じ。苦しくて、辛くて、ずっと一人で、でもそんな地獄から救ってもらったの。それで、それで――」


 そこから言葉が続かなかった。

 どこか……私と、自分を見比べているような、そんな態度を取るレベルカさんは、やがて私の裾を放してしまう。


「……レベルカさん?」

「ごめんなさい、なんでもないわ。さっ、楽しい話、するんでしょう?」

「ええ、そうですね」


 その後、私たちは三人で食事しながら駄弁って、みんなでウインドウショッピングを楽しんで、夕方になるまで仲良く過ごすのであった。


  *


 ミュリナ、メイリスと別れたレベルカはサイオンとの集合場所へと移動し、彼と合流する。


「どうだ? なにか進捗はあったか?」

「申し訳ございません、目覚ましいものは……」

「いや、いい。今回の目的はメイリスの妨害だ。グレドの件で浮足立っていたからな」

「……ミュリナさんはグレド・レンペルードとは本当に何もなかったのでしょうか」

「あるわけないだろ。あのグレドがそんなことをするはずもない」

「不思議です。サイオン様はグレド様のことを信頼しているように見えます」

「信頼とは違うな。あいつがどんな思想を持ち、どんな行動を取るかがわかるというだけだ。それは逆も同じだろう。そういう意味では信頼と言えるかもな」

「そういうものなのですね」

「それで? ミュリナさんに関して、何か新しい情報や、彼女の思想に関する話はあったか?」


 レベルカは胸に手を当てる。


「……いえ、まだそこまで深く話せませんでした」

「まあ、さすがに一回目だからな。次回に期待しよう。いずれにしてもよくやった。てっきりメイリスが全力でレベルカを排除しにかかると思っていたが、今日という日を最後まで食らいついたじゃないか。さすがだな」

「いえ、それは――」


 レベルカはミュリナの顔を思い返す。


「ん? どうした?」

「ミュリナさんが、助けて下さいましたので」

「おお! そうか! すごいじゃないか! ミュリナさんとの距離感が詰まっている証拠だな」

「……サイオン様」

「どうした?」


 サイオンへと意見することへの躊躇いはあったが、レベルカはそれを口にしてみることにする。


「ミュリナさんへのアプローチ方法を変えませんか?」

「……どうしてだ? 現状の方法でうまく行っていると思うが?」

「彼女には……。誠意をもって接しても、応えてくれるのではと感じました」

「誠意ねぇ。その方法はうまくいかない。やめておけ」


 サイオンがあっさりと意見を切り捨ててくる。


「な、なぜでしょうか」

「人の誠意ほど信用できないものはないよ。彼女は絶対に手に入れなければならない。不確実な方法よりも、確実な方法を取るべきだ」

「で、ですが、このまま彼女との関係を継続したとして、どのように我々の陣営に引き込むのでしょうか?」

「それに関しては、僕に必勝の策がある。仕掛けるとすれば次の期末試験だ。まあ見ておけ」

「……わかりました」


 不敵に微笑む彼をレベルカはどこか寂し気に眺めるのであった。

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