第7話 しゃーないから俺の女にしてやんよ!



「あひっ!」


 ディールにその場から動くなと言われたアルは、腰を抜かした状態でへたり込んでいた。


 彼女に襲いかかろうとしていたオーガの鮮血が飛び散り、それが自分の顔面にかかった事で、彼女は思わず変な叫び声を上げてしまったのだ。


 彼女の座り込む下には、生暖かいものが流れ出していた。


 村まであと少しといった所の深い森の中で、5体ものオーガにいきなり襲われた二人だったが、ものの数秒で方は付いてしまった。


 3~4メートルは有る鬼5体を、青紫の閃光を放つ金属の砲で一瞬のうちに蹂躙したディールに対し、アルは初めて恐怖を覚えていた。


「おい!アル。怪我は無いか?」


「あっ、はい! だ、大丈夫です!」


「じゃあ、村まであと少しみたいだし、もう行くぞ! ......ん? どうしたんだ?」


「え、えっと......その......」


 アルの座り込む下から、湯気が立っている事に気付いたディールは、デリカシーの欠片もなく言い放つ。


「なんだ、これくらいの事でお漏らししやがったのかよ? 着替えなんて無いから、そのまま行くぞ!」


 ディールにそう冷たく言い放たれ、目に涙を浮かべるアルテミス。そんな彼女に対して、ディールは更に冷たい事を言う。


「動けないって言うんなら、ここに置いていくぞ? そしたら、今度こそオーガに全身を引きちぎられて、奴らの餌になるだけだけどな!」


 あまりにも酷い言い様に、流石に堪り兼ねたアルは叫ぶ。


「助けると言った人間を置いていくなんて、本末転倒じゃないですか!」


「助けると言ったのは、お前の村であってお前の事じゃないだろ?」


「ぐふぃ~! 腰が抜けちゃって動けないでしゅ!」


「ふぅ......じゃあ、乾くまでしばらくの間、待っててやるよ! ちっ、昼飯までには村に着いていたかったのにな!」


 そう悪態をつくディールに対し、アルは彼にとって痛い所を突くような事を図らずも言ってしまう。


「あんな化物達を一瞬で倒してしまったのには、確かにちょっとだけ恐いなって感じましたけど、そんな事を言っても、結局ディール様は優しい人なんですね? どうしてそんなに悪ぶろうとするんですか?」


「おま! 別に悪ぶってなんかいないぞ俺は! 普段からこんな感じだ! それ以上変な事を言うようなら、本当にここに置いていくからな!」


「もし、私の事を置いていって、オーガに食べられてしまうような事にでもなったら、ディール様の所に毎晩、化けて出ますからね! 一生幽霊として付きまとってやります!」


「ああ、わかったからもう怒るなよ......」


 面倒くさそうにそう言って話を切ろうとするディール。そんな彼に対して、アルは頬を膨らませながらジト目を向けていた。


 別に機嫌を直すというつもりでもなかったのだが、ずっと沈黙していて重苦しい空気が漂っていたのが嫌だったので、ディールは一つ彼女に質問してみる事にした。


「村まで近いっていうのに、オーガみたいな化物、普段からこの辺りによく出るのか?」


「いえ、この辺りに出る魔物といえば、ゴブリンくらいなもので、オーガなんて旅人からの話に聞くくらいで、私は今回見たのが初めてです!」


「そうか......ところでまさか、今回村を襲うって声の主が言ってた魔物は、コイツらだったりしないよな?」


「それだったら、話は一件落着で良かったって事になりますね?」


「本当にそう思うのか? もし、そうだったとしたら、益々お前、嘘つき呼ばわりされて、今まで以上に村の連中から苛められる事になるんじゃないのか?」


「その時はその時で、仕方がないです......とにかく村が救われる事の方が大事ですから......あっ、声がまた聞こえます!」


「今度は何て言ってるんだ?」


「はい! 村を襲う予定だったオーガは、コイツらだったらしいです!」


「マジか! 首から上、5体ともぶっ飛ばしちまった! 手だけじゃ証拠として薄いよな?」


「えっ!? まさか、手を切り取って持っていくとか?」


「当たり前だろ? 証拠が無けりゃ、お前本当に嘘つき扱いになっちまうだろ?」


「それはさっき言ったように、別に構わないんです...ただ、いくら魔物とはいえ、そんな事してるところを見るのが気持ち悪くって......」


「なら、見なきゃ良いだろ?」


「確かにそうですよね! それじゃ、見ないようにしますね! それと、私の事、そんなに心配してくれるなんて、やっぱりディール様は優しい方なんですね?」


 アルからそんな事を言われ、照れ臭くなったディールはそっぽを向きながら言う。


「別にお前の事を心配してるわけじゃないさ! せっかくわざわざ村を救いに来たのに、村の連中に感謝もされないんじゃ骨折り損だからな!」


 そんな照れ隠しを言うディールの心を見透かした(のは謎の声)アルは、ただ微笑みを浮かべるだけだった。


 アルの下半身が乾くまで待った後、五体分のオーガの手を次々と手刀で切り取ったディールは、作業が済んだ事を伝えると、彼女に対しすぐ出発するよう促す。


 それから30分も歩くと、アルの住む村に到着する二人。


 村に入ると何故か村の住人達は、二人に対して冷たい視線を向けるばかりで、帰って来たアルに対して声をかける者など誰もいなかった。


 二人は真っ直ぐ村長の家へと向かい、玄関のドアを叩く。



「何だアル。帰って来たのか」


 アルを見るなり、冷たい感じでそう言う金髪の中年男性。彼が村長だろうと思ったディールは、すぐに要件を伝える。


「この娘に救援を頼まれて来た者だが、村を襲う予定だった魔物は、ここに来る途中で倒してしまったぞ! これが証拠だ」


 そう言って袋に入れていたオーガの手を床にばらまくディール。


「こんな物が何だと言うんだ? 人の家の床を血で汚しやがって! そんなペテン師の言う事など信じられるか! どうせ嘘をついて、引っ込みがつかなくなったから村を出たんじゃなかったのか? そのまま帰って来なければ良かったのに、そこまでして村の者達に嘘を信じさせたいのか!?」


 あまりにも酷い言い様に、ディールは一瞬言葉を失うが、すぐに怒りが込み上げてきて村長に対し問う。


「どうして彼女の言っている事が嘘だって決め付けるんだ? こいつは村を救おうと必死で、リムダの町にまで行って、金も無いのに冒険者ギルドにかけあっていたんだぞ!」


「そこまでして村の人間に迷惑をかけたいのか!? 何事も無かったとしても、冒険者が動いたら多額の依頼料が発生するじゃないか! そうか、お前は村の人間に対し、嫌がらせがしたかったんだな!」


 村長の言い様に呆れ返るディール。もはやこれ以上話しても無駄と悟った彼は、オーガの手を袋に入れ直し言う。


「行くぞアルテミス!」

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