第5話 ステラとエミリーと 2

 アートレッスンの時間にステラが怪我をしたと言う口実で(本当に怪我はしたけれど)医務室に来た。


 薄暗い医務室。


 ステラはごろんとベッドに横たわり目を閉じた。

「あー、疲れた。ステンドグラス制作苦手なんだよなぁ」

「そう? ……あたしは楽しいけど。座学なんかよりずっといいわ」

「そりゃそうだけど。私は身体を動かしているほうがいいよ」


 初めて彼女を見たときはちょうど運動の時間でジャージを着ていたから男子が紛れ込んでると思ったわ。

 短い髪と華奢な身体に、バネのある動き。一目で好きになってしまった。


 私はステラが仰向けに寝転がっているベッドの縁に座った。


「ステラに授業を抜け出さないかって言われて、すごく嬉しかったのよ」


「……へえ、そうなの? 君、アマンダとダンスでもしてこいって言ったじゃないか」


「それは……あのときはまだ怒っていたの」


 抜け出さないかって誘われて、いやよって言うのがどれほど難しかったか……本当は人目をはばからず抱きしめたいくらい嬉しかったのよ。


「天邪鬼だもんね、エミリーは」


「そんなことないってば!でもすぐに許す気持ちにならなかったの」


「エミリー、大声出したらまずいぞ」


 そうだ、ここは医務室だった。


「ステラ、そろそろ戻らないとまずいかも。医務室の先生が来たら怒られそうだもん」


 まだ平気だよと彼女は言って、話を続けた。


「懐かしいと思わないか?ここに君と寝転がったよね」


 そう言って、ステラはベッドの縁に座っている私の腕を後ろへ引っ張った。


「わぁ!」


 お互い向き合うように横たわる。


 あぁ、もう教室に戻りたくない-。


 ステラはあたしの頭を腕の上に乗せる。腕枕をしてもらえるなんて、久しぶりだった。


「あのときは狭かったよね……」

 あたしはそう言って、更にステラの側に顔を寄せる。整った横顔を見つめる。


「そうだっけ?」


「今日は広く感じるわ。これくらいがちょうどいい」


「そうだね……あ、そうか。あのときは彼女もいたからね」


 前にここに来たとき、そういえば三つ編みの彼女もいたっけ。


 ステラとあたしと……三つ編みの彼女。あの頃、三人でいることが多かったわ。



****



「ねえ、ステラが気に入ってるの?」


三つ編みの彼女は唐突に話しかけてきた。驚いたあたしは人見知りが発動して、もじもじとしてしまう。

「あ、あの……あっ……」


「一緒に移動教室に行きましょう」


 そう言ってくれたっけ。そしてステラと三つ編みの彼女は、寮や学校を案内してくれた。二人はとても親密だった。私の後ろを二人が腕を組んで歩いている。


「ここはね、ステラが前に転んだところなのよ」

「へぇ……」

「ちょっと、そんな案内いらないだろ?」


 なんて……ステラとのエピソードもいれながら私に案内をしたくれたっけ。


「そうなんですね」

 私がドキドキしながら相槌を打つ。


「なんで敬語使うの?同級生なのに」

「エミリー、そんなに気を使わなくていいよ。このクラスはみんな仲がいいんだ」

 ステラもそう言ってくれた。


 そして私は急速に二人と仲良くなっていった。



「なんで私の前がマリアンヌなの?彼女、全く話してくれないし、いつもなにか書いてるの。不気味よ。あと変な絵も描いているし」


 席替えで彼女は大いに不満を言っていた。

あたしがステラの近くになったから、それも悔しいのかもしれないけど。


「エミリーは近くにいてよかったよ」

 私とステラは顔を見合わせて笑うと、三つ編みの彼女は寂しそうに俯いた。

 ステラは気にせずに話を続ける。


「ねえ、次の時間はなに?」

「やばい! ティーチャー・パンジーだわ」

 と三つ編みの子が言うと、ステラは頭を抱えた。

「うわぁぁ……最近赴任してきたあいつかぁ」


「ステラ……あたし実はなんだかお腹が痛いのよ」

 私がそう言うと、三つ編みの子が目を輝かせた。

「ねえ、医務室に三人で行きましょ」

「三人は多いわ……ねえ、ステラ一緒に付いてきてくれる?」


 それを聞くと三つ編みの子はずるいー、パンジー先生の授業エスケープするなんてと言ってくる。

 そんなつもりじゃないわ。


「本当に前の時間から痛かったの」

 あたしが懇願すると……。


「私だって本当に前の時間から痛かったの〜」

 おうむ返ししてきた。


 「…………」


 「いいね! 三人で行こうか」

 ステラは学級代表のジャスミンにわけを言って、頭を下げている。



 北の端にある医務室は薄暗い。


 ステラが使用名簿にあたしの名前を書いてくれる。


「医務室の先生、午後は出張ですって、ラッキー」

 嬉しそうに飛び跳ねて三つ編みが揺れている。

 

「エミリー、大丈夫かい?横になって」

「ありがとう……ステラ。そうさせてもらうわ」


「エミリー、顔が青いよ……大丈夫? ねえ、見てスーザン、エミリーの顔……青いよね?」


 スーザン-。

 そうだ思い出した。


「そう? お昼ご飯の食べ過ぎじゃない?」


「いたた……」

ステラはゆっくりとあたしの頭を撫でてくれた。そして毛布をかけて、あたしの横に自分も横たわった。


 心臓が止まりそうになった。ドキドキして、体温が上がってきているのがわかる。

「ちょっと腕が痛いな。伸ばしていい?」


 あたしの頭の下に自分の腕を通すステラ。

 必然的に距離が近くなる。

「あー、気持ちいいな。寝ちゃいそう」


「ちょっと!」

 三つ編みの彼女……スーザンの目が三白眼になっている。

 戦慄が走った-


 彼女はすごい顔でステラを睨んでいるのだ。

 ステラを……ではないか……。


「もう大丈夫よ。教室に二人とも戻って。二人ともありがとう」


「まあ、いいじゃないか。スーザン、君も横にになりなよ」


 そう言って、ステラはスーザンを引っ張った。私より丸っこいスーザンはころんと横になる。

「あっ、ステラ! ……もうなにするの」

「ほら、気持ち良いだろ?」


 三人だとさすがにシングルベットは狭い。あたしはできるだけ柵に身体をぴったりとくっつけた。


「髪型が崩れるわ」

 三つ編みを気にしている彼女。


 なんだか眠くなってきたと言って、ステラはあっという間に寝入ってしまった。なんという早さ。

「え? ステラ?………… ほんとに寝ちゃたわ」 

 私が言うよりも早く、ステラの寝息が聞こえてきた。

「ステラ? 起きないの? ……まじか……」

スーザンも呆れている。


 両脇にいる私とスーザンは狭いベッドで黙っていた。


どうしよう……。

 

 ステラが間にいないと、あたしとスーザンはこのところ上手く話せなかった。


スーザンが囁いた。聞こえるか聞こえないかという……消えそうな声で。

 

「仮病、上手いのね」


「え?……」


「わかってるのよ、エミリー……二人になりたかったんでしょ?ステラと……」


「……」


「転校生のくせに……仮病まで使うなんて」

「……まさか……そんなことしないわ」

 消えそうな声であたしも返す。


「実はね……エミリーのこと嫌いって言ってるわよ、ステラは」とスーザン。


「あはっ、そんなこと言うはずないじゃない」


 あたしは初めて彼女にはむかった。思わず鼻で笑ってしまった。


「なんですって?」

「嘘はつかないで、スーザン。邪魔はしないから、あたしからはね……」


 彼女はなにも言わない。言わないけど負の感情は彼女を見なくても、ベッドの上で十分に感じた。


「メリークリスマス!……寝てた!」


 急にステラがむくっと起き上がった。

呑気なものね。今の状況、なんにも知らないで。


「ねえ……ステラ……二人とも戻ってくれない?少し寝たいの。一人で寮に戻るわ。今は身体がだるいの」


 あたしがそう言うと、わかったよと言って、ステラはまた頭を撫でてくれたっけ。



****



「スーザン……」


 ステラがそう呟いて、涙を流した。涙は横向きにベッドのシーツを濡らしていた。三人でいたこと思い出しているのね。


 

 スーザンを見たのは、あの日が最後だった。

 あたしはさらにお腹が痛くなって、唸りながらぐっすり寝てしまった気がする。


 遅くに寮に戻って、付き添ってくれたお礼をステラに言いに行った。

 髪も服もびっしょりと濡れたステラが放心状態で部屋にいたっけ。


 スーザンにもお礼を言いに行ったら、先生たちが右往左往していて、スーザンは具合が悪いからって部屋につき返された。

 

 彼女と少し不穏になってしまったのが、今も少し心残りなのよね。だから思い出したくなかったけど、今となればたいしたことないわね。よくある焼きもち。


 今度会ったらちゃんと話せそう。

 名前もちゃんと言えそうだわ-。




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