第10話 俺は、春が・・・

「うわぁ・・・」

バスケットの蓋が開いた時、俺は思わず声を出した。


色とりどりの断面を見せるサンドイッチの三角形が並んでいた。

一つ一つが美味しそうで、子供みたいにワクワクした。


「これ、いいの・・・?」

オズオズと聞いた。


「この間のロールケーキのお礼だから・・・」

君は恥ずかしそうに俯きながら囁いた。


「あ、ありがとう・・・」

俺は泣きそうになる気持ちを押さえて声を絞り出した。


「プッ・・・」

君は噴き出す唇を手で押さえながら肩を震わせ始めた。


「えっ・・・?」

俺は訳が分からず彼女の笑いの発作が納まるまで待っていた。


「あっー・・・」

ようやく静まったのか右手で胸を押さえて彼女が大きく息を吐いた。


「だってぇ・・・」

見上げる瞳は笑いすぎたのか涙が滲んでいた。


「あっ・・早く、食べて・・・」

そう言いながら別に用意した水筒から熱い紅茶を紙コップに注いでいる。


「どーぞ・・・」

差し出されたコップからほのかに湯気がたっていた。


俺は半ば夢見状態でサンドイッチと紅茶を味わった。

こんなに美味しいランチは生まれて初めてだと思った。


ようやく落ち着いた俺は、恐る恐る尋ねた。


「あ、あの・・いつから・・・?」

その問いかけに彼女は再び噴き出した。


笑いの発作が納まるまで数十秒の間。

俺は細い肩に揺れる艶やかな髪を見つめる幸せに浸っていた。


「山田さんが会社のビルを出た時から・・・」

「えっ・・・?」


驚く俺の表情を楽しむように彼女は言葉を繋いだ。


「この間のお礼にランチを一緒にしようと思っていたのに、昼休み前なのに会社を出て行くから声をかけようと付いていったの、そしたら・・・・」


そこまで言いながら、彼女は堪え切れずに再び噴き出した。


「ふふふ・・あははは・・・」

ひとしきり笑った彼女の目尻に涙が滲んでいた。


そんなに可笑しいのかな?


「あ、あのぉ・・・」

嫌な予感のまま、俺は尋ねた。


「もしかして・・聞いていたの・・・?」

俺の「独り言」が彼女に聞かれていたのかもしれない。


「はい・・・」

躊躇いがちに彼女が答えた。


「ぜ、全部・・・?」

「はい・・・」


「さ、最初から・・・?」

「はい・・・」


「プクプクのホッペにチューも?」

「はい・・・」


「ママさんは・・あれは・・・」

「大丈夫ですよ、ふふ・・・」


「も、もしかして・・・?」

「はい・・ふふ・・・」


「あ、あれもぉ・・・?」

「はい・・・」


その時。

彼女は恥ずかしそうに俯いた。


俺は絶望的な気分だった。

山本さんを、彼女を好きだと呟いたことまで聞かれていたなんて。


折角の片想いが。

大切に育んでいた想いが。


今。

崩壊してしまうのか。


「あの・・その・・本当に・・・?」

「本当です・・・」


「ああぁ・・・」

崩れ去るように俯く俺に彼女は囁いた。


「私も・・好きです・・・」

「えっ・・・?」


呆ける顔で見上げる俺に。

彼女は励ますように声を注いでくれた。


「私も前から・・山田さんが、好きでした・・・」

煌めく瞳に呆然と口を開ける俺が映っていた。


それ以来。

俺は、春が好きになったのでした。

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