24.魔軍の長、アリア

 異様な空気に包まれた──港湾都市リーベ。魔物の軍勢が迫るこの街の目前に、そのおさ“アリア”が立つ。

 人間と似通った体を持ち、角と尻尾を生やした、人型の“魔物”。


 魔物というのは通常、獣のような姿をしている。例えば……狼のような姿をしたもの。あるいは、二枚の羽根を持つ鳥のようなもの。

 一応、“ゴブリン”と呼ばれる二足歩行の魔物は存在しているが……人間と比肩しうるほどの知能を持つ個体というのは、今まで確認されたことはない。


「……なるほど。姉様のお話通り……いかにも狡猾そうな“魔物”ですわね」


 そう言うティアマトの視線の先に居るのは、アリアだ。……魔物の軍勢の前に立ち……ただ騎士達を見ている。


「……で、やれますの? 騎士団長とやら?」

「……えぇ。我々とて、訓練を怠った日はありません。魔物の前に立ち、民を守るのが……我々の使命ですから」


 アーサーは、自信満々で……というわけでもなく、いつもの調子でそう告げた。確かに、騎士達の士気は高い。

 アーサーという人物の元に居るから……かは定かではないものの、騎士達は誰一人怖じ気づくこと無く、その剣と盾……あるいは弓や槍を力強く握りしめている。


 そんな……一糸乱れぬ団結の様子を、ドラゴン少女とジークは感心しながら見ていたのだが、この“竜”は違った。


「……その“訓練”とやらが、役立つ相手だと良いですわね」


 どこか冷めたような口調で、彼女はそう言った。──と。騎士の陣地でそんなやり取りが為されている間に……アリアが魔物の軍勢の前……より正確に言えば、騎士と魔物のちょうど中間へと来ていた。


「……来い、ということですか」


 アーサーは、“アリア”の意図に気づいたのか……その場から離れて、その人型の魔物の元へと行く。

 ジークとバハムート、そして騎士達からは心配と不安の入り交じる視線が送られてきていたが……アーサーが奇襲を受けることはなかった。


「こうして話すのは初めてかしら? ヴァリア騎士団団長、アーサー=ペンドラゴン」

「……えぇ。そうなりますね。魔軍将……アリア」


 ──沈黙。場に流れる無音の時間。緊張の糸という糸が張り巡らされている、“一触即発の巣”。

 魔物と騎士のにらみ合い。永遠にも続くかのように思われたその時間は──。


「──ッ!」


 両者が抜いた剣がぶつかる音によって、終わりを告げた。それが、開戦の狼煙となって──両陣営ともに進軍を始める。


「では、お先に。……姉様に傷でもつけたら、許しませんわよ」


 騎士の雄叫びとっていいほどの叫びが聞こえる中、淡々とティアマトは魔物の元へと消えていく。

 ジーク達も騎士に続いて走る。ドドドッ、という重い鎧を着た兵士が土を蹴る音。“白銀の塊”が陣形を取って──魔物へと突っ込む。


 ファランクス。前衛が盾槍を持ち……突貫する。シンプルながら、強力な戦法だ。そして──騎士と魔物がついにぶつかった。

 血。鮮血がしぶきとなって宙を舞う。人の血も、魔物の血も、全てが混じり合って“地獄”を形作っていく。


 その中心では──。


「ッ!」


 アリア、アーサー。険しい顔の両者が、命をかけて剣を交える。一瞬の瞬きすら許されない、まさに達人同士の戦い。

 魔物をなぎ倒すティアマトも、その戦いぶりに内心感服していた。アーサーの団長としての実力は、彼女が想像していたよりも確かなものだった。


「……拮抗……いや、あやつの力のほうが僅かに上か」


 バハムートは、騎士と一緒に魔物を屠りながらそう言う。彼女の得物である“拳”。そこに竜の力を込めて打ち付ける。

 並の魔物なら一発で砕け散るほどの威力だ。そんな実力者でもある彼女の……アーサーの評価。


 その時。


「──団長! 準備完了です!」


 騎士の塊の中でも、一人だけ異なる意匠の鎧を着た騎士が、そう叫んだ。そして──アーサーは笑う。


「……僕達の勝ちです、アリア。──第二陣! 突撃せよッ!」


 騎士の長は高らかに剣を掲げて叫んだ。それに呼応するように──魔物達の“背後”から、第二陣の騎士達が流れ込む。

 魔物達は、まさに阿鼻叫喚。予想もしていなかったであろう展開に、アリアも驚きを隠せない様子だった。


「……チッ」


 舌打ちしながらも、アリアはアーサーとの戦いを続ける。だが……戦場全体の様相としては、圧倒的に魔物側が不利。

 アーサーの策が見事に成功し、打撃を与えられた魔物は次々と倒れていく。


「……人畜無害そうな顔をしおって。意外とやるやつじゃな、あやつ」

「……そりゃ、騎士団を任されてんだ。所属するヤツの命もな。よっぽど強くなけりゃ……なれない立場だろうよ」


 ドラゴン少女とジークも、勢いに乗って魔物を切り倒していく。ティアマトは言わずもがな、といった感じで、無数にも思えた敵を着実に減らしていった。

 だが──。魔物も、ただしてやられるだけではない。


「──」


 ──瞬間。アーサーの目前から、アリアの姿が消失した。文字通り、その姿はそのまま消え、アリアを斬ろうとした騎士団長の剣は空を裂いて終わる。

 その様子を──ジークは見逃さなかった。


 バハムートから聞いた、アリアの能力。それは、周囲の“影”を操る──。


「アーサ-! 影だッ!」


 ジークは、声帯がすり切れそうなほどに、腹に力を入れて叫んだ。その声はアーサーに届いたようで──。


「ッ!」


 影。アーサーの影から姿を見せた“刃”を、すんでの所で男は止める。得体の知れない力を前にして……騎士団長は後ろへと飛び退いた。

 地面の影から、“人型”の黒い影がぬるりと飛び出す。それは紛れもない、アリアの姿。



「──この影全部、貰うわよ」


 そこで、アーサーは魔物の意図に気がつく。だが──もう、遅かった。


「──影穴シャドウ・フォール


 ──アリアがそう呟いた瞬間……リーベの前に地獄が生まれる。魔物も人間も区別の無い、殺戮。血しぶきが飛ぶ。

 “影”から無差別に生まれた刃が、全てを襲っていく。


「くっ……竜娘!」

「防ぎきるのじゃ! 力を全部出し切れ!」


 二人も、自分の身を守るのに精一杯だった。そんな──地獄の中に。ただ静かに、ただ冷静に……“アリア”の影を見るティアマトの姿があった。

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