16.人を喰らう竜

 古代村。リーベ近郊にあるこの村の周辺に──鈍い音と共に地響きが鳴り響く。大地が揺れ、草木は右へ左へと首を振り、動物たちは一目散に逃げ出してゆく。

 天高く陽が昇るなか──ヴァリア大陸に“恐怖”が闊歩していた。


「──全員囲めッ!」


 野太い男の声と共に──“それ”を囲むように大きな盾を構えた騎士が展開した。それに続いて、槍や弓を持った兵士達がその後ろに付く。

 成人男性の身の丈ほどはありそうな盾は、どんな攻撃を寄せ付けることも無く、頼りになるものだ。


 だが……今回に限っては、違う。


「射手──放てェ!」


 指揮官と思われる者の声によって、射手の持つ弓から無数の矢が“それ”に向けて放たれた。だが、空を裂き、一直線に目標へ向かう弓矢は……その“ドラゴン”の堅い鱗に弾かれ、その場に落ちる。


「……なにいッ!」


 困惑する指揮官の声。そして続いて──弓兵隊の前のファランクスが──人食い竜へと向かっていく。まさに……泥沼の戦い。

 そんな、悪夢のような場所に向かう人影が……二つ。


「──あれかっ!」


 男──ジークの声。彼の視界にあったのは……多くの騎士と戦闘を繰り広げる“人食い竜”の姿だった。その巨躯が動くだけで兵士達はなぎ倒され、少しずつ……けれど確実に劣勢に陥ってゆく。


 だが、ジークの、そしてその横を走るドラゴン少女の頭の中には……“疑問”が浮かんでいた。それは……目前に迫る“竜”の姿が、とても今まで絵画などで目にするものとは全く違うものだった、と言うものだ。


 本来ならば、背中に生えているはずの翼はなく、それは退化というより、最初から無かったものであるかのようだ。その巨体もただ大きいだけで、ドラゴンのように細長い身体では無い。


「……なんじゃ、あやつは」


 バハムートは、思わずそんな言葉を口にした。竜と呼ばれているのに、竜にはとても似ていない存在。それは少女にとって──あまり気持ちの良いことでない。


「気に入らぬ」

「何がだよ」


 少し息を上げながらも、ジークは少女に言葉を返した。対照的に、余裕そうに走るバハムートは。


「あのようなヤツが“竜”と呼ばれておるのが気に入らぬ」

「……そうかい」


 “またいつものアレか”──と冒険者が考えていると、その手を少女が握る。突然の事で立ち止まるジーク。それに合わせてドラゴン少女もその場に止まる。


「お、おい」

「……じっとしておれ。少し痛むがの」


 その言葉の通り──冒険者の手には何かに刺されたような痛みが一瞬だけ来た。だが、それはすぐに引いていく。


「……また変なことしやがって」

「ふん。妾からの施しじゃぞ? 感謝せい」


 ふんっ、と言ってみせる少女。そのまま、人食い竜が暴れる方を向く。


「お主がやれ。妾がやれば目立つじゃろう」

「……」

「……嫌か?」


 自信なさげに言うバハムート。ジークはひとしきり考え込んだ後、


「分かったよ。やるだけやってやる」


 そう言う冒険者。乗り気では無い言い方だが……実際の所、彼は自らの身体に力が満ちていくのを感じていた。

 バハムートが何をしたのかは定かでは無い。しかし……“何か”をジークに行ったのは確かだ。


 それが魔法なのか、あるいは何かの術なのか。いずれにせよ──人食い竜を前にしては──そんなことを考えている余裕も無い。


「──っ」


 人食い竜が叫ぶ。新たに現れた人間の気配を察知したのか──身体を大きく動かして、そちらへ顔を向けた。

 “翼の無い竜”の瞳に映ったのは──自らの眼球めがけて剣を持って飛び込んでくる……“人”の姿。


「うぉぉッ!」


 ジークはありったけの力を掌に込める。いや、掌だけじゃ無い。全身に力を巡らせ、身体全てを使って“竜”へと斬り込む。

 そして──再び、竜の叫ぶ声。


「──グガァッ!」


 耳が割れそうになるほどの大きな音。竜の片目から鮮血が吹き出す。滝のように流れ出るそれは──冒険者の半身を赤色に染めた。

 人食い竜は、その体だけで騎士を倒せるほどに力は強い。しかし、体が大きいということは、それだけ動きが重くなる、ということでもある。


 だからこそ──“意識の外”からの攻撃には、弱い。


「──」


 続けて……まがい物の竜の額に……“跳び蹴り”が飛んできた。小さな体から繰り出されたとは思えないほど強い力で頭を揺さぶられた反動で、竜の体がよろめく。


「今──だ……」


 ジークの追撃を呼びかける叫びは、かき消えた。ジークが竜に吹き飛ばされたからでも、バハムートが何をしたからでもない。

 かき消したのは……“人食い竜”の断末魔。


「な……」


 思わず……ジークは息を呑む。目の前にいる……いたはずの竜が、“真っ二つ”になっていたからだ。文字通り、半分に。

 彼らの計画では、動きを止めて全員でたこ殴りにする、そういう手はずだったのだが──。思わぬ存在によって、そのプランは破綻してしまった。


「──他愛の無いこと」


 まがい物の竜の死体。その上から……凜々しい女性の声が聞こえてくる。凜々しさの裏に棘を隠しているかのような……そんな声色。


「……一体……誰だ」


 ジークは──その手に握る剣を、その女性へ向ける。女性というよりは……むしろドラゴン少女に近い年齢だ。それよりも、少しだけ上。

 黒色の長い髪に、緋色の瞳。その身に纏う、見たことのない意匠の服。そして……手に握る、しなる刃を持つ剣。


「……そちらこそ……って」


 その女は、ジークの後方に居る……バハムートの姿を目にした途端。


「──姉様っ!」


 人食い竜の上からジャンプして……ドラゴン少女の方へ飛び込む。が。


「うおっと」


 少女は半歩後ろへ下がり、それを躱した。地面へ顔をぶつけた謎の女は……そのまま額を上げる。


「あぁ、そういうところも変わりませんわね、姉様」

「……まさかと思うが……お主」


 バハムートに指を差される女。彼女はその場で立ち上がり……胸を張って口を開いた。


「──私はティアマト。バハムート姉様の竜の姉妹ドラゴン・シスターにして最もあなたを敬う竜ですわ」


 その女性──“ティアマト”は深々と礼をして、バハムートの手を取る。……ジークの方には目もくれずに。

 そう。向けていたのは、視線ではない。


「──っ」


 ジークの息を飲む音。瞬間──その場に緊張した空気が流れる。人食い竜を両断したその鋭い剣は……冒険者へと向けられていた。

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