第8話 初めての出動

「ふーん…… 彼女と駆け落ちってわけじゃないよな? 思春期によくあることだぞ」


 自席に腕を組んであきれた顔をする石川、彼の机の上には口が開いた缶コーヒーが置かれている。石川と机を挟んでレイと甘菜が立って居る。基地に戻った二人は隊長である石川に悟が行方不明になっていることを報告した。二人の背後でヤマさんと未結が座って三人の会話に聞き耳を立てている。未結の席はヤマさんの隣だ。ヤマさんは腕を組んで難しい顔をして、未結はは心配そうに二人を見つめていた。

 石川の言葉に力強くレイは顔を横に振った。


「いいえ。悟ならばあちゃんに黙って消えるはずはありません。きっとあいつは…… 何か事件に巻き込まれて……」


 気を付けの姿勢で机の前に立つレイは、拳を握って力を込め小刻みに震える。彼の様子を見た石川は静かにうなずき机に手をついて席を立ち顔を斜めに前に向ける。


「未結ちゃん。帰宅困難でシェルターに行った人たちの中に杉田悟、成瀬美波がいないか調べてくれ」

「はっはい」


 顔を右横に傾け未結に指示を出す石川だった。未結は返事をしてすぐにパソコンを使って何かを調べ始めた。傾けた顔を戻し前を向いてレイに向かって石川は微笑む。


「隊長……」

「レイがそこまで言うなら事件なんだろう。まぁこれで二人の非番は終わりだ。悟君たちが見つかるまで待機だぞ」

「「はい!」」 


 同時に返事をするレイと甘菜だった。返事を聞いた石川は机に置いてあった缶コーヒーを持ち上げ口へ運ぶ。


「それと…… レイ! 出撃になったら甘菜ちゃんは初めてだ。フォローを頼むな」

「はい。了解」


 右手を上げレイは返事をして甘菜に顔を向けた。甘菜は嬉しそうに微笑むのだった。

 五分ほど後、未結が立ち上がり隊長に顔を向け口を開く。


「隊長。シェルター避難者に杉田悟さんはいません。あと成瀬美波さんは…… 一ヶ月前に死亡届が提出されてます」

「えぇ!? 死んでるって!?」


 悟の彼女はすでに死んでいると聞かされ、レイが思わず声をあげる。


「難病で半年前からライザー記念病院に入院してたみたいですね。死亡届もそこの医師が出してます」


 パソコンの画面を見ながら淡々と未結は報告をあげていく。レイは声を上げた後は黙り、未結の報告を聞いていた。未結の言葉が終わると三人の視線は隊長の石川に向かう。


「なるほど。死んだ彼女に学生が行方不明…… レイの言ってたことが正しいかもな」


 顎に手を置き石川はつぶやく、少し前を開けて黙って考えこむと、急に未結へと指示をだす。


「未結ちゃん二人の情報を本部に伝えて捜索するように伝えてくれ」

「わっわかりました」

 

 未結がまたパソコンを操作を始める。石川はさらに指示を続ける。


「ヤマさんは加菜ちゃんにいつでも出撃できるように準備しておくように連絡してくれ」

「了解です」


 卓上に置かれた電話にヤマさんが、手を伸ばし加菜へ連絡をいれるのだった。

 石川が指示を出してから十数分後。事務所の壁にかけられたスピーカーから警告音が鳴り響いた。


「こっこれって……」


 レイの隣に座る甘菜が不安そうに彼を見た。


「あぁ。結界警報だ…… 魔の巣が町に向かって来たんだろう」


 うなずいたレイが甘菜に答える。

 ツマサキ市の防衛で大事な物は二つ。一つはレッドデビルズと人間の国境として設置された、房総半島を横断をする、高さ二十メートルの分厚いコンクリートの分離隔離壁。もう一つが結界、エーテルによって作り出される薄い青い光の壁で、レッドデビルズを降らす雨雲魔の巣を町の上空に侵入するのを防いでくれる。結界は魔の巣が町へ近づくと、エーテルと対話できる、一族から選ばれた巫女が、祈りを捧げて展開される。結界警報は町への魔の巣が近づくことを知らせるためのものだ。

 レイは机の下から手を伸ばし、不安そうにしている甘菜の手を握ったのだった。

 警報が鳴ってからしばらくして、時計が二十三時を指そうとしていた。未結の机の電話が鳴った。


「はい。特務第十小隊如月です…… はっはい! わかりました」


 電話を置いた未結、その場にいる皆の視線が彼女に向かう。未結は石川に顔を向け口を開く。


「町の東部にある資材置き場に複数の侵入者がいるもようです。その中に成瀬美波、杉田悟、両名と思わしき人間も確認されました。同時に本部から特務第十小隊に資材置き場の侵入者に対処するように指令がででました」

「わかった」


 うなずいた石川は、机に手をついて立ち上がり、顔を前に向け口を開く。

 

「みんな聞いての通りだ…… 特務第十小隊。出動だ。全員で資材置き場へ迎え」

「「「「はい」」」」


 四人同時に返事をし立ち上がり、事務所から出て外階段へ飛び出して行った。石川は四人を見送ると席に座って自席の電話に手をかけるのだった。


「雨か……」


 外へ出たレイのわずかに水滴を受ける。外は細かく音もない雨、いわゆる霧雨が降っていた。魔の巣の降らす雨とは違うとわかっていても、レイは出動前に降る雨がなんとなく嫌な感じがした。彼は不安を振り払うように頬についた雨を拭い走って階段を下りていくのだった。

 階段を下りてガレージに向かった四人、ガレージに停車してある軍用車両に乗り込む。車両

 基地の海岸沿いに巨大な格納庫がいくつも並んでいる。未結はシャッターには、黒く太い線で円とその中に特十と書かれている格納庫の前へと車を走らせる。この格納庫は特務第十小隊で使用している格納庫で、パワードスーツと専用の輸送機などが保管されている。

 車が近づくと格納庫のシャッターは自動で開く。中はティルトローター機のV428と長方形のコンテナをけん引する巨大なトレーラーが置かれていた。トレーラーはすでにエンジンが始動しており、その前に青いつなぎの作業着を着た数人の整備士と加菜が待っていた。


「来たね。もう積んであるから乗りな!」


 車両が加菜の前に停車した。加菜は背後のトレーラーを右手の親指で指して叫ぶ。四人は車両から下りてトレーラの後部に回りスロープを伝ってコンテナの中に入る。中には四体のパワードスーツがスタンドに吊るされていた。


「乗ったね。三分で届けるからさっさと準備しな」


 コンテナに中央の天井に設置されている、古い学校にあるような四角いスピーカーから加菜の声が響く。照明がついてトレーラーのスロープがせりあがり扉が閉まる。扉を閉めてる途中でトレーラーは動き出した。

 甘菜は手前に置かれた、彼女のパワードスーツの前にやって来た。レイはパワードスーツを見つめる、彼女の後ろから声をかける。


「姉ちゃん。大丈夫?」

「大丈夫だよ。ちゃんと訓練したもん!」


 力強くレイに答えた甘菜は、パワードスーツの背後に回り込む。


「えっと…… 左手を首筋にかざして……」


 つぶやきながら甘菜は、パワードスーツの後頭部付近に自分の左手をかざす。カチッと音がしてパワードスーツの背面が開く。

 レイ達の左手と首筋にはマイクロチップが埋め込まれていて、かざして認証させることで兵器や基地の機械にかざすことで動作させることができる。


「まず足を入れて…… 次に腕…… 頭を取ってかぶる……」


 足をいれ両手をパワードスーツの中へいれる。ヘルメットを取ってかぶると自動で上半身の装甲が動いて甘菜の体を包むパワードスーツが装着された。同時にスタンドからパワードスーツが外れた。


「オハヨウゴザイマス…… カンナ」

「シンシア! おはよう! よろしくね」


 AIのシンシアとにこやかに挨拶をかわした、甘菜は弾んだ足取りで隣のレイの元へと向かう。


「ちゃんと着れたよー」

「よし。えらい」


 すでにパワードスーツを装着していたレイは甘菜を褒める。笑った彼女はトレーラーの見渡す。外観は通常のコンテナと変わらないが内部は改造され武器や様々機械など置かれてた。


「飛行機に乗れると思ったのに…… ちょっと残念」

「結界展開中は町の中は飛行禁止なんだよ。巫女に負担がかかるからね」


 V428ではなくトレーラーでの出撃に残念がる甘菜だった。初出動でも緊張した様子を見せない彼女にレイは少し安堵した。


「ほら次は装備の準備だよ」

「はーい」


 両手をあげ元気よく返事をした甘菜はスタンドの横に置かれた彼女の武器の前に向かう。甘菜が使うのは一メートルの柄から伸びた鎖の先に、棘がたくさんる鉄球があるモーニングスターだ。鉄球の下にはスラスターがついており振る際に威力を増幅できるようになっている。


「先に…… こっち!」


 甘菜はモーニングスターを確認し、横を通り過ぎ壁に向かう。壁には二メートルはあろうかという長方形のシールドが置かれている。金属のややそったシールドは構えた状態で前面が見えるように、上部の一部が長方形の透明な防弾ガラスになっている。T字の持ち手の左右には上下にU字型のフックが並んでいる。甘菜は盾を持つとモーニングスターを拾い上げ、鎖を柄に巻き付けると盾のフックに柄を差し込み収納した。

 装備を持って甘菜はレイの元へ向かった。装備の準備をすでに終わらせていたレイの前に甘菜が立つ。


「これでレイ君のことを守るからね」

「あぁ。頼むな」


 レイに盾を見せて微笑む甘菜、レイは小さくうなずくのだった。


「二人とも準備はできたな? そのまま到着まで待機だ」


 向かいのヤマさんがレイ達に声をかける。彼の横にはパワードスーツを着た未結が立って居る。

 ヤマさんのパワードスーツはレイと甘菜の一式とも未結が使う三式とも違う二式。二式は番傘衆でもっとも多いパワードスーツだ。装甲の色は青でヘルメットは一式と同じで、左の前腕部に丸い盾が固定装備とされている。右肩が薄い長方形をしていおり装備が乗せられるようになっている。左腕の盾での生存率の高さと、右手と右肩の装備を任務によって変更できる柔軟性が特徴だ。また、一式や三式と違い高いエーテル反応強度は必要ないのも特徴だ。ヤマさんは右手に銃身の下にグレネードランチャーが装備されたアサルトライフに肩には二門の薄い長方形の小型ロケットランチャーを装備している。

 レイ達の体が右に少し引っ張られる。トレーラーが右折し基地の外へと出た。車線をまたぐ巨大なトレーラーが夜の町を進むのだった。

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