第4話 新しい日の始まりに

 十年前に雨雲によって世界は滅んだ。

 突如あらわれた魔の巣と呼ばれる不気味な紫色をした卵型の雲から、雨とともに、ゴブリン、サイクロプス、ドラゴンなどのファンタジー小説に登場するような魔物が降りそそいだ。大地を覆った魔物達は人間に襲い掛かった。降り注いだ魔物達はレインデビルズ雨から生まれた魔物と名付けられた。各国の軍隊はレインデビルズに対抗したが、彼らは銃弾を弾き、ミサイルの爆発の中でも涼しい顔をする。通常兵器が通じないレインデビルズに人類は抵抗むなしく蹂躙され、わずかな期間で人口と支配地域の九割を失ってしまった。人類はレインデビルズにより絶滅させられる寸前へと追い込まれたのだった。

 だが…… ライザー財閥の製薬会社に勤める、科学者が海から作り出したとある物質を開発した。その物質は滅亡を待つ人類の光となる。青い粉状でエーテル名付けられたその物質は、武器にコーティングすることでレインデビルズへダメージを与えることができるのだ。対抗策を得た人類は絶滅の一歩手前で踏みとどまった。

 ここは現在の千葉県房総半島の先端にあるツマサキ市という都市。房総半島の先端から北へ十キロほどの範囲と周辺にある小さな集落が、日本で人類に残された領域である。この町をレインデビルズから守るのは、レイ達が所属するライザー財閥傘下の民間軍事会社『番傘衆』だ。

 そんな番傘衆の朝は早い……


「うーん」

 

 四畳半の部屋に机とベッドが並んで置かれた部屋。机の横には小さな本棚が置かれたごく普通の学生の部屋という様子だ。机の上に実物の拳銃と学ランの横に戦闘服がかけられている以外は。

 ベッドの上で灰色のパジャマを着た、レイが壁に顔を向け横向きに寝ている。彼は十四連続の勤務が終わって静かに眠りについたばかりだ。しかし、学業との両立のために彼は、そそろそろ起きて学校に行かねばならない。


「うーん…… はっ!?」


 眠りが浅くなったレイは背中が暖かく違和感を覚えた。目を開け飛び上がるように体を起こし、布団を見つめる。彼が寝ていたベッドの半分が不自然に膨らんでいた。何者かがベッドに潜り込んでいるのは明白だ。レイはすぐに布団をつかんで布団をめくった。そこには……


「はぁ。姉ちゃん…… またかよ……」


 ピンクでもこもこした生地のパジャマを着た甘菜が、レイのベッドに胎児のように両手を胸の前にだし、膝を曲げ寝ていた。首を横に振ったレイは、不機嫌そうに目を細め、甘菜の肩に手をかけて揺すって起こす。


「姉ちゃん! 起きろ!」


 目を開け甘菜がレイを見た。レイを見た甘菜は嬉しそうに笑う。レイはその笑顔を見ると、先ほど不機嫌そうだった顔がわずかに緩み頬を赤くする。


「ふわあああ。おはよう。レイ君」


 体を起こし背伸びをしてあくびをする甘菜だった。若い男子であるレイは、突き出された大きな胸に少し見惚れたたがすぐに我に返る。


「おはようじゃないよ! いつもいつも勝手に俺のベッドに忍び込むなよ」

「えぇ!? だってレイ君とくっついてるとあったかいんだよ」

「そうじゃなくて…… もう!」


 慌てて甘菜に背中を向ける、彼女は首をかしげるのだった。恥ずかしそうに頬を赤くして顔だけレイは振り返る。


「とっとにかく寒くても一人で寝てくれよ」

「えぇ!? もう…… 前はお姉ちゃんに抱き着いてないと寝れなかったのに……」

「それはガキの頃だろ!! 今は一人で寝られるよ」


 必死になレイを少し寂しそうに見つめる甘菜だった。直後…… 部屋の扉が静かに開かれ一人の女性が顔をだす。


「なんだい。うるさいねえ」


 割烹着を着た女性があきれた表情をする。ショートカットの茶色の髪の女性は、目は丸く大きく瞳は薄いピンク色をしている。面影がどことなく甘菜に似ていた。女性は温守夏美ぬくもりなつみ、四十二歳。甘菜の母親でレイにとって母片の叔母に当たる。両親をレッドデビルズに殺されたレイを引き取り甘菜とともに面倒を見ている二人の保護者だ。彼女の夫で甘菜の父親も、レッドデビルズに殺されている。

 夏美は部屋の様子を確認し、扉をあけ部屋に一歩はいって、ベッドの上にいる二人を見つめため息をつく。


「はぁ。甘菜…… あんたまたレイのベッドに忍び込んだのかい!」

「うん!」


 無邪気に笑って甘菜は少し得意げにうなずいた。娘の様子にあきれながら、夏美はレイを見る。


「あのねぇ。レイは年頃の男の子なんだよ。あんたが部屋に入り浸ってるとだすもんも出せないんだよ。ねぇ?」

「おっおばさん!」


 振り向いて叫ぶレイ。視線をレイの腰に当たり向ける夏美、彼は股間を手で隠し慌てる。それを見た夏美は甥っ子の成長を確認しニヤニヤと嬉しそうに笑うのだった。甘菜は意味がわからず首をかしげている。


「はははっ! ほら! 朝ごはんにするよ。起きなさい」

「はーい。待ってお母さんに行く! ほらレイ君も!」


 笑った夏美は扉に手をかけ出て行こうとする。甘菜はレイの手を取り、引っ張り夏美の後を二人で追いかけるのだった。二人が廊下にでると少し先にいた夏美が振り返る。


「それと…… 甘菜! レイと一緒に寝てもいいけどあたしはまだ孫はいいからね。まだまだ若い夏美おばちゃんで居るんだから!!」

「孫…… えぇ!? そんなこと私と…… レイ君が!? えっと……」


 顔を真っ赤にして動揺する甘菜、夏美は満足そうに笑うと前を向いて歩き出す。レイを横目で見る甘菜。さっきからかわれた彼は、夏美の言葉がどうせ軽口だと特に気にすることもなく。頭に両手を置いて口をとがらせていた。


「おばちゃんでもばあちゃんでも略称は結局ババアだけどな」


 背中を向けた夏美にボソッとレイがつぶやく。彼は夏美の耳に届かないと思っているが、えてしてこういうつぶやきはなぜか当人の耳に届くものである。眉間にシワを寄せ夏美は振り返った。


「聞こえてるよレイ!!! あんたは朝ごはん抜きね」

「そっそんなぁ。うそ! おばさんは美人! 若い! 二十代!」


 慌てて取り繕うレイだったが、夏美は彼を睨みつけると黙って前を向いて廊下の先にある階段へと向かうのだった。

 レイ達が住む家は一階が店舗で二階は居住スペースとなっている。夏美は一階で和食を中心とした料理屋を営んでいた。客席は五人がカウンターと四人ほど座れる座敷が一つほどの小さな店だ。木でできた古いカウンターの客席に。座ってレイと甘菜は朝食をとる。朝食のメニューは和風な小料理屋と違ってトーストにベーコンエッグだった。


「今日は私のマジックフレーム2の最終調整だよ。覚えてるよね?」

「あぁ。そうだったな…… じゃあ放課後……」


 二人の会話にカウンターの奥で、店の仕込みをしていた夏美が振り返った。


「こら。二人とも! 家の中で番傘衆の話はしないのが約束でしょ」

「ごっごめんさない」

「ごめん……」


 夏美は二人が謝ると前を向いて仕込みに戻る。二人は気まずそうに見つめあって食事を再開する。

 レイと甘菜の二人が番傘衆になることを夏美は反対だった。二人は彼女にとって大事な子供だ、町を守る立派な仕事とはいえ、危険な番傘衆にしたくなかった。特に二人とも番傘衆になってしまうと、同時に命を落とすことさえあるのだ。すでに家族を失っている夏美にとってそれは耐え難いことだった。

 まずレイが最初に番傘衆になることを希望し、反対する夏美を説得した。レイと一緒に居たい甘菜がそれに続いた。レイと甘菜は必死に夏美を説得し、根負けした夏美は家の中で仕事の話をしない、高校に通うという条件で、二人がともに番傘衆になることを認めた。

 食事を終え学校へ向かう準備ができた、二人は仕込み中の夏美の元へと戻って来た。甘菜はセーラー服、レイは学ランに見を包みカウンターの奥に居る夏美に声をかける。


「おかあさーん。今日は十八時には帰ってくるからね。行ってきます」

「行ってきます」

「あぁ。行ってらっしゃい。二人とも気を付けて」


 二人に振り返り右手をあげ優しく微笑む夏美、彼女にとって二人を見送る時が一番寂しいが精一杯の笑顔をつくる。二人は軍人でいつ呼び出しがあるかわからない、今日も無事に帰って来るという保証は誰にもできないのだから……

 引き戸をあけ二人は家の外へ出た。


「じゃあ行こうか」

「はーい」


 レイ達の家から高校までは徒歩十分。家を出て右に出る白い真四角な小屋が並ぶエリアに出る。この辺りはかつて畑だったが、町に避難民をいれるために建てたのが小屋だ。短い期間だったがレイ達もこの小屋に住んでいた。

 白い小屋のエリアを抜け少し大きな道路に出て左に曲がると二人が通う高校が見えて来る。

 二人が通うのはライザー第三高等学校。学業だけではなく、週に何日かは職業訓練を行っている。レイ達が住むツマサキ市での成人年齢は十五歳。大学もあり希望者は高校や大学へと進学できるが、中学卒業と同時に成人となり、全員に町での職業が課せられる。高校と大学では学業を行いながら、各自に職業訓練という名の実務を課される。もちろん職業訓練でも給料は出る。さらに日用品の配給などもあるので、中学卒業後は進学組でも、就職組でも強制的に自立した生活をさせられる。

 校舎は二つ長方形の建物を、二階の渡り廊下でつなげた上から見ると、アルファベットのエイチの形をしていた。渡り廊下の真下にそれぞれの校舎へ玄関がある。正門から入るとすぐに校舎があり、渡りの廊下の下をくぐって置くに校庭があり、校庭の左手に校舎からつながった体育館がある。

 二人は登校時間でたくさんの生徒が行き交う正門をくぐって敷地内へ。歩いている背後から学ランを着た生徒が駆けてきてレイに近づく。

 

「よぉ! レイ!」


 背後からレイの肩に手を回して声をかける陽気な声の男子生徒。彼は細身で背が高く、明るい茶髪の少し長い髪にぱっちりとした目に黒い瞳をしていた。


「悟!? 久しぶりだな」

 

 顔を後ろに向け笑顔で男子生徒に声をかけるレイだった。男子生徒の名前は杉田悟すぎたさとるという。レイの同級生でツマサキ市に避難をしてきた頃に知り合った。レイと同じで両親をレッドデビルズに殺され祖母と二人でツマサキ市に避難している。境遇の似ていた二人はすぐに意気投合し、以来十年近くを一緒に過ごして来たレイにとって親友とも呼べる存在だった。

 手をはなして悟は、レイの背中をたたきながらいたずらに笑う。

 

「二週間も休みやがって良い身分だな」

「うるせえ。仕事だったんだ。学校の方が楽だぞ。やってみるか?」

「いやだよ。あぶねえじゃん。お前の仕事!」


 顔をしかめてレイから離れた悟はすぐに笑う。レイも悟に笑顔をむけるのだった。二人の横にいた甘菜が悟に挨拶をする。


「おはよう。悟君」

「おはよう。甘菜姉ちゃんも久しぶりだね。元気だった?」

「うん。私はまだ出撃がないから元気だよ」


 嬉しそうに笑顔でうなずく甘菜、右手をあげて彼女の挨拶に答えた悟は、少し寂しそうにその様子を見ていた。ふと二人を見ていた悟は、何かを思い出したようで話をつづけた。


「そうそう。俺も仕事が決まったんだ。やっと二人に追いついたぜ」

「へぇ。何をやるんだ?」

「兵器工場でドローンを作るんだ」

「そうか。悟は俺と違って手先が器用だったもんなぁ」


 得意げに二人に自分の仕事を話す悟だった。悟と合流したレイと甘菜は一緒に玄関へと向かう。ガラス戸を開けレイと悟は同じ列にあるロッカーに向かう。学年の違う甘菜は二列ほど離れたロッカーへと一人で向かう。

 ロッカーを開けたレイは履物を取り換えると、拳銃を取り出してマガジンを抜き、ロッカーの下段に保管する。校内で番傘衆による武器の携帯は許可されているが、事故防止のため弾は別に保管するように指示されている。


「レイくーん。先に行ったらダメだよ。待っててね」

「待ってるから大声を出すな!」


 ロッカーの向こうから甘菜が大きなレイに声をかける。レイは恥ずかしそうに周りを見ながら返事をする。数人ほど一緒になった同級生達がレイを見て笑う。なかでも一番の笑顔を向けるのは隣にいる悟だった。悟はニヤニヤと笑いながらレイをからかう。


「奥さまに愛されてうらやましいねぇ。レイくーん」

「あのな。俺と姉ちゃんは姉弟みたいなもんで」


 からかってくる悟にレイはうざそうに答えた。レイの回答に悟は心底あきれた様子で口を開く。


「えっ!? あの…… そういうのいらないんだよね。面倒だから! さっさとくっつけ!」

「なっなんだよ」


 口をとがらせ不満そうにする悟、レイは面倒になりロッカーの扉を勢いよく閉め玄関から校内へ向かう。


「うん!?」


 ロッカーを出たところで立ち止まったレイ、後を追って来た悟が急に立ち止まった彼を不審に思って声をかける。


「どうした?」

「いや…… 向こうの方にいる奴らがこっちを睨んでたような……」


 ロッカーから出た玄関は右手に階段、左手は広い多目的スペースになっている。多目的スペースに五人ほどの男子生徒がおりロッカーの方をチラチラと見つめている。悟は男子生徒達を見て納得したようにうなずく。


「あぁ。三年の人たちだろ。お前と甘菜姉ちゃんが一緒にいるから気に入らないんだろう」

「はぁ!? なんだよそれ……」

「お前なぁ。甘菜さんは人気あるに決まってるだろ。美人だし優しいし面倒見もいいし……」

「何言ってんだ。姉ちゃんのどこがいいんだ? 子供っぽいしトロいし」


 笑いながら甘菜がモテる理由をあげる悟だった。子供っぽくてトロい彼女が、人気でモテることに驚くレイだった。

 

「ふん。旦那からの上から目線ののろけなんていいんだよ。高校生活の癒しだったクラスメイトを急にお前に奪われたんだぞ。少しは恨まれるのは覚悟しろよ」

「はぁ!?」

「うるさい。先輩たちの青春を壊したんだ。あきらめろ」

「はぁ!? 知らねえよ。勝手に人んちの姉ちゃんを青春に組み込んだやつらが悪いんじゃねえか」

「なんだと!? このー!!」


 レイの首に手を回わしてヘッドロックをかける悟だった。レイはされるがままだったがなかなか離さない悟にいい加減にしろと彼の手をつかみ強引に外した。


「やめろよ! もう!」


 悟の手を投げ捨てるようにしてはなしたレイ、悟は不満げに口をとがらせ腕を組んだ。


「ふん。自然にモテるお前とレッドデビルズは人類の敵だな」

「おっお前…… そこまでいうか! この」

「なんだと。この! 軍人のくせに民間人に手を出す気か」

 

 悟にレイがつかみかかり、彼の首に手をまわしヘッドロックをかける。負け時と悟もレイの腹に拳をうちつけ応戦する。互いに本気ではなくじゃれあう二人、レイにとって学校とは同年代の人間と素で触れあえる貴重な場所なのだ。

 甘菜が出て来てロッカーの前で、つかみあってじゃれ合う二人を見て笑っていた。


「おい! うるさいぞ! 何をしている?」


 レイと悟を誰かが怒鳴りつけた。二人は声に反応し手を止めた。同時に甘菜も視線を声がした方へと向ける。ロッカー右手の階段から一階へと誰かが下りて来るのが三人に見えたのだった。

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