第7話 498人目

 コロンコロン・・・


「え?」


 突如としてテニスボールほどの大きさの球が氷戈たちの周りに転がってきたのである。見た目は青いビー玉がそれに近く、数は7、8個、彼らを囲むようにされた。


「いつまでも同じ場所にいてくれるなんて、なってないねぇ!さあ、ケージアップ!」


 謎の女の声が聞こえてきたと思ったのも束の間、「ケージアップ」という言葉と共に青い球が光り出し、変形したのである。


 彼らが目を開けると、どこからどうみても閉じ込められていた。青い球は変形し、鳥籠のような「檻」となったのだ。

 しかし、ここまで冷静に状況を理解できているのは氷戈だけであり、他の4人は混乱している。


「アッハハ!まっさかこーんなに簡単に捕まってくれるとはなぁ。ねぇ、クトラ?」


「はしゃいでないで、さっさと対象を回収しやがりますよ。ジェイラさん」


 氷戈が目を開けたその時から、彼女たちはすぐ先に立っていた。もちろん、檻を挟んだその先にだが。

 一人はジェイラと呼ばれた「ケージアップ」と唱え、この檻を出現させた張本人であろう女。身長が高くスタイリッシュ、赤髪ポニーテールに黒い眼帯と軍人らしい見た目である。

 もう一人はクトラと呼ばれた、背はこちらも並以上あり、黒髪ショートヘアの女である。


「さあ、始めますからジェイラさんは離れやがってください」


「へいへーい」


 ジェイラがクトラから離れると、クトラは目を瞑り、難しい表情をする。何かをするために集中しているのだろう。


 ここまで来てようやく氷戈が切り出す。


「おい、お前たち一体何者だ。そんで俺たちを投獄してどうするつもりだ」


 クトラは相変わらず難しい表情をして黙っているが、奥にいるジェイラが代わりに答えた。


「おおっと失礼、自己紹介がまだだったかな?アタシはジェイ・・・」


「名前は聞いてない。『何者か』と聞いた」


「へぇ、怖いねぇ。そうだな、強いていうなら君たちを『迎えに来た者』かな。安心してもらっていいよ、悪くはしない」


「迎えに来た、悪くしない、か・・・保護してくれるのか分からないけど、なら初めから話し合いで勧誘するべきでしょ。そうしないで、こんな無理矢理を通してくる時点で何か『裏』があるとしか思えないんだけど」


「おいおい、にきてまだ1時間も経ってないとか本当かい。こりゃが欲しがるわけだ」


 ー否定はせずに、寧ろこちらを称賛したってことは何か『裏』があることは確定か。ならここから脱出するのが先決。ー


 一瞬でここまで思考を巡らせた氷戈は、地面に落ちている石を拾って檻に向かって投げつけた。


 ジリィィィ・・・


 しかしその石は檻に当たった瞬間に粉々になった。音やエフェクトを見るに、この檻にはかなり高圧な電気が流れているようだ。


「・・・」


「無駄に決まってるだろう?元素術やカーマを使っても壊れやしないのに」


 ー分かってはいたがこの檻には触ってはいけない。だとしたらこちらが起こせるアクションはこれしかない。やらないよりはマシだ!ー


 氷戈はそう思考を巡らせ、再び足元の石を拾い上げる。

 そして檻へ目掛けて・・・


「・・・いっ!!」


「クトラ!」


 氷戈の投げた石は、クトラの肩へと直撃した。

 流石のポーカーフェイスも痛みに顔を歪め、よろける。それをみたジェイラが急いで駆け寄る。


 ー流石に人に石を投げるのは躊躇いがあったけど、事が事だ。それにこんな芸当ができる奴らにも投石でダメージがある事が分かった。つまり身体能力や体の強度は俺たちとさほど変わらないー


 この刹那の思考の後、クトラは低い声で


「やりやがりましたね、このクズ虫が」


「アタシも油断してたぜ。まだ何にもできないとはいえ、基礎能力は上だったもんな、こいつら。仕方ねぇ」


 そう言ったジェイラは片手をこちらに向けて


「いいか、お前は罪人だ。自分痛い目に遭わないと思ったら大間違いだからな。おいクトラ、今のうちだぞ!」


「分かってます」


「死ぬ寸でまで痺れさせてやる。プリズナム!」


 ジェイラがそう唱えると、青い檻から青い電気が放たれ、一斉に氷戈たちを襲う。


「きゃあああああ!!!」

「うがあああああ!!!」

「いやあああああ!!!」

「ぐああああああ!!!」


 なす術なく、痛みにもがく一同。おそらく、本気で致死量手前の電圧が彼らに襲いかかる。


「・・・は?」


 しかし、氷戈だけは違かった。

 痛みがない。いや、それどころか痺れや、刺激すら感じない。

 これに驚いた氷戈はつい抜けた声をあげてしまった訳だが・・・


「なんだって!?」


 この状況にジェイラも驚き、声を上げる。


 だが、氷戈にとってそんなことはどうだって良かった。


 痛みがなく、痺れがないからこそ、幼馴染の4人の悲鳴が、苦痛に歪む顔がより鮮明に映る。


 自分のせいで、自分がこいつらを怒らせたから。

 何もしないでどこか連れて行かれるより、何か行動を起こして逃げるチャンスを作りたかった。そのチャンスが、どんなものか明確に定まってもいなかったのに。


 ー俺の浅はかな、行動のせいでー


「うおおおおおおお!!!」


 氷戈は思考を辞め、ジェイラへ向かって突撃を開始した。

 周囲には致死量レベルの電気、目の前には石を一瞬で粉々にする檻がある。

 氷戈にはそんなこと、どうだって良かった。理屈じゃない。


 ただただ、この事態を招き、苦痛にもがく仲間を見ているだけの自分と仲間を痛ぶるジェイラが許せなかった。


「やめろおおおおおお!!!!」


 氷戈と檻が接触する・・・はずだった。


「なに!?」


 なんと氷戈の体は檻をのである。

 これにジェイラは驚くが氷戈は構わずジェイラの間合いに入り・・・


「止めやがれぇ!!!」

「しまっ!ぐあっ!!」

「ジェイラさん!」


 氷戈の渾身の右ストレートは見事にジェイラの腹部を捉え、彼女を吹き飛ばした。この異常事態を察知し、クトラも目を開け彼女の名を叫ぶ。

 途端に悲鳴が収まり、放電が止まった事がわかる。


 全て一瞬の出来事だった。

 氷戈はその場に立ち尽くし、後ろを振り返るがここからでは力己たちの安否はわからなかった。


 仲間の無事を確認しようと檻に向かって歩き出そうとしたその時


「おい、てめぇ。よくもやってくれたなあ・・・」

「!?」


 ジェイラの声。

 まずい、と思い急いで振り返る。しかし彼女はもう目の前で拳を構えており・・・


「間にあっ・・・」

「おねん寝してなぁ!」



「はーい、そこまでー!」

 パァアン!

「えっ・・・」


 謎の男の声、ジェイラの打撃を受け止めた者、そして氷戈の腕を掴み後方へと連れて行った者。


 今の氷戈にはこの出来事の連鎖を冷静に把握する余裕はなかった。

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